番外編 大田まさみその後
先日のお兄さんとの争いから何日過ぎたでしょう、梅雨はすっかり過ぎ去り本日も晴天なり
それに引き換え私の心はどんより雨模様…今日も誰も来ない道場で座禅を組む日々
あれ以来お仕事もしていません。アルバイトとして雇われてカメラを回していた日々も今は懐かしく感じます
それでもあれだけの啖呵を切ってしまったのだからもし連絡が来ても絶対に応じるわけには行きません。恋敵に雇われるなんてまっぴらごめんです!それにどうせあのお兄さんのことですから、カメラ越しにわざと神田さんとイチャついて挑発してくるに決まってるんですから!
「おいまさみ、今日もボーッとしてるんだったら手伝ってくれ」
「父ちゃん…手伝うって何を?」
「あぁ、現場の方で人手がなくてな。最近の男衆よかお前のほうが力もあるだろ! バイト代も出るっちゅうからな、最近バイトも行ってなさそうだしよぉ」
「むっ…分かった…」
『バイトに行っていない』という言葉に反応してしまった。最近の私は少しでもお兄さんの顔が頭によぎると意地になってしまう…
道場も門下生が居なければビタ一文の儲けにもならないので父ちゃんは暇を見て土木の仕事をしている。最近ではこっちの方が本業になっているみたいだ
下水の掻き出し作業や木材の運搬、土嚢の積み上げを半日こなして8000円…ですか…少し前までカメラ回しているだけで数万円貰っていた私は人生の厳しさを思い出す
これでいい、このハングリー精神こそが人生経験に乏しいボンボンのお兄さんと違った魅力を引き出すきっかけになるはず…待っていてください神田さん、あなたに見合うだけの素敵な王子になってあなたを白馬で迎えに行き
「おい嬢ちゃん! いつんなったら持ってくんだよ! 手ぇ足りねぇって言ってんだろォ!!」
「あっ、すいません!」
「大田さんの娘ってぇから働けてるけどよぉ! 仕事ほしい連中なんか山程いるんだからなぁ!」
(人手が少ないから働きに来てるんだけどなぁ…)
「そんなタラタラやってて仕事になるのなんか水商売くらいだからよぉ、あんま仕事舐めんなよ!」
「す、すいません…」
「これだから女は仕事もできねぇくせに文句ばっかり言ってよぉ!!」
カッチーン…!
「好き勝手言わせてればぁッ!」
えぇっと…クビになってしまいました…あんな言い方されたら誰でも頭に血が上って投げ飛ばしてしまうでしょう!どうしよう、私のせいで父ちゃんも職失っちゃったよぉ…
「まぁ仕事なんか選ばなきゃいくらでもあらぁな! おぉ! 宅配なんかもいいかもしんねぇな…何十年も住んでるんだからこの街なんか俺の庭みてぇなもんだからよ!」
「・・・・」
「…ふむ」
「なにくよくよしてやがんだよぉ!人生終わったわけでもあるまいし、若い頃の失敗なんか当たり前なんだからよ。オメェは入門希望者が来るまで道場で座っててくれりゃいいんだよ」
入門希望者…うちの道場なんかに入ったって、なんの実績もないし今の御時世痛いことしてお金を稼がなくても色んな選択肢もあるし…こんな事なら前の仕事辞めるんじゃなかった…
最初は自分にもなにか、人生の岐路があるんじゃないかと思っていたけど…あったのは厳しい現実と嫌な自分だけだった。たった数ヶ月でこんなにも人生が変わるんだ
「ねぇ父ちゃん…私やっぱり普通に…」
「俺はよぉ…お前が帰ってきた時、嬉しかったよ」
「自分の一人娘がよぉ、家出て普通に仕事しててな…あんな事件に巻き込まれてって知ったらそりゃ不安にもなるだろぉ…それだったら理由は何でもいい、自分の目の届く所で健康で居てさえくれりゃあよ…」
「父ちゃん…」
そうか、自分の中では実感なかったけど…私ってもう死んじゃっててもおかしくなかったんだ
日本に帰ってきて本当にやりたいことを考えて、その結果うちの道場を…神田さんと出会ったことはあくまでもきっかけにしか過ぎなかった。私は心の底から…
「父ちゃん私行く所あるから先に帰るね!母ちゃんにご飯いらないって言っといて!」
「お、おーいまさみ! 転ぶんじゃないぞー!」
何を意固地になって…自分一人の力で生きようとするのが立派な事だって思ってた、それで自分の人生に価値が生まれるって本気で考えてた。バカだよ私
テレビで見ていて格好良かったからって、自分も真似したら同じ様に称賛されると思ってた。自分を追い込めば逆境なんだって、違う
一生懸命生きて、それでも一人で生きなきゃいけないような環境を乗り越えた人が立派なんだ。困った時に頼れる誰かが周りに居るなら頼ってみなきゃ、これは誰かに見せるための演劇じゃない。たった一度しかない大切な自分の人生なんだから!
「あ? 大田さんからだ。バイト続けさせてください…? イズミー? 大田さんにクビとか言ったっけ?」
「いえ、私連絡先すら知らないもの」
「あっ!! そういや大田さんにイズミの連絡先渡してない! これじゃフェアじゃないだろぉ…えっと、今から家に来れる?っと」
「なにもそこまで正面から叩きのめすこと無いじゃない」
「後悔する気すら起きないほどに失恋させないと。いつまでも大田さんと一緒に居られるわけじゃないんだから、別れる時は後腐れないほうがいいだろ?」
「まぁそれもそうね」
息を切らしながらインターホンを押すその指に迷いは一切なかった。
あの二人は自分が考えるよりももっと豊かな人生を生きてたんだと理解したから
他人の目なんか気にしないで自分たちの世界を持っていた
だからこそお兄さんに嫉妬して、神田さんに憧れたんだ
私もそんな人間になりたい、胸を張って生きていきたい
そのために時間が必要なら、いくらみっともなくても
「お兄さん! 企画持ってきたんですけど買ってくれませんか!」
──スネ、かじらせてもらいます!!
いつもご覧いただいてありがとうございます
第二部が少し長くなってしまいましたがここでまた区切りとなります
まだまだこちらの作品を書かせていただきたいと考えているので、もしよろしければブックマークや評価の方もよろしくおねがいします!作者のモチベーションになりますm(_ _)m




