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第三十四話 梅雨前線進行中

 

 突然ですが、梅雨です。毎日ねっとり雨が降り続ける一年の中で一番嫌いな季節。


 家の中の湿気は限界を突破する。買い置きのお菓子は湿気りイズミの髪はレザー素材のライダースーツみたいになって張り付いてる


 そしてそんな状態で俺にべっとりと張り付いている どうやら俺に嫌がらせするのがたまらなく楽しいらしい



「イズミ」

「ん」


「離れて」

「や」


「イズミ」

「ん」


「大田さん呼んで」

「ん」



 緊急要請により現れた大田まさみは驚愕した。おそらく超高額な家賃を支払っているだろうこのマンションの一室がこんなにも湿気で溢れる事が有るのだろうかと。入った瞬間サウナの様に一気に空気中の水分が襲ってきて、服がべったりと肌に張り付く感覚が酷く不快だった



「なにやってるんですか!? 除湿器くらい買えるでしょう!」


「イズミ」


「兄さん除湿器使うと体調悪くなるのよ。去年それで一週間声出なかったから」


「いいやつ買えばそれなりに加減してくれるでしょうに」


「十五万の買っても相変わらずボロボロよ」


「なにがそんなに合わないのか…お兄さん水なんじゃないんですか…?」


「大田さん」


「はい?」


「・・・・・」


「いやなんか言ってくださいよ!!」



 という訳で大田まさみの如月家除湿大作戦が始動した。とにかく大我の喉を壊さずに除湿する事が目標なので、強力な文明を与えてしまうといけないらしく…まずは簡単なところから手を加える事に



「ちょっと窓開けさせてもらいますねー」



「あら、雨が入って余計湿気ってしまうんじゃない?」



「いえ、実は湿気って空気中の水分というよりそれが部屋の中で循環している事が問題なんですね。なので雨が降っていても網戸とかで開放する事って結構大事なんですよ!うちの道場も木造なんで腐敗防止で開け放ってる事多いんですよ~」



「生活の知恵ね」



「あはは…まさかこの時代に役立つとは思わなかったですけどね」



「ところでその…どうしてお兄さんに張り付いてるんですか…?」



「面白いのよ。弱ってる兄さんが」



「イズミ」

「ん」



「勘弁して」

「や」


(か、神田さんがかわいい…///)



 大田さんに救いの目を向ける大我にへばりつくイズミを見る大田さん。という妙な三角関係が出来上がっているが確かに大田さんの言ったように少し室内の空気さっぱりとしてきた。じめっとする物の正体は室温で暖められた嫌な温度の水分だったんだろう。そこですかさず大田さんは電子レンジからある物を取り出した



「はいどうぞ! これを置いておけば安心です!」



「なによそのスポンジ」



「これが除水ボールと呼ばれる物でして、実は除湿器なんですよー。まぁ本来はクローゼットとかの狭い空間に使うんですけど…徐水力もそこまでではないのでお兄さんの喉にも優しいかと!」



「なによりもこの除水ボール、中に水がたまった後でもレンジでチンするだけでお手入れ要らずで使いまわせるんですよ!経済的で重宝しています」



「へー、これがねぇ」



「もうお好きな所に安全な個数置いていただければ、除湿器と違って水が溜まっても音が鳴らないので寝室とかでも使えるのが魅力ですよ!」



「あら、じゃあ寝室には多めに置いておこうかしら。ね、兄さん?」



「いいよ」



「えっ/// あっ、あの/// その…///」



「…寝苦しいから変な時間に起きないようにってだけよ。何考えてるの?」



「そそそそ!!/// そんないかがわしい事なんてそんな!!/// あははははは///」



「普通にティッシュ使ってるもの」


「えっ」


「イズミ」


「冗談よ」



「あっ…/// あははは…/// そうですよね…///」


(どういう冗談なのかが分からないよぉ…///)



 心なしかイズミのべたっと張り付いた長い髪にもふんわりとボリュームが戻ってきた気がする。気がするというのは近くには湿気に抗えずダウンしている大我が居るので、実際の湿度よりも余計に湿気が有るように見えてしまっている



「あとは適当に扇風機で風を送ってあげれば、新鮮な乾いた空気が室内を巡ってお兄さんも元気になると思いますよ!」


「そう、ありがとう大田さん」


「どーも」


「じゃあ私は帰りますね。そろそろ暗くなっ…て」



「あら、とんでもない雷雨ね。梅雨というより台風かしら?」


「あー」


「どどどどうしよー!! こんな中で外歩いてたら変人だと思われちゃう…」


「気にする所そこなの?」


「まぁ…何か飛んできても最悪投げればいいので…」


「たくましいわね」



 とりあえず雷が落ちたら流石に危ないし、風邪を引いても困るという事で今日は泊まって貰う事にした。この季節は天候も不安定で事故も多いので念のためだ


 晩御飯当番の大我はこの状態の為、今日はイズミと大田さんで夕食の支度をするので配信はお休みになりそうだ。流石にイズミ一人で配信する様子は想像できない



 一応夕食は大我も食べるのだがさっきから一向に動かないし、声も発さない為大田さんの中では存在していないに等しいらしくすっかり女子会モードだ。CA時代は基本お酒を飲むのはお店で済ませていたため、女子会というものを経験した事が無かった。憧れは有ったので知識だけはかなりある



「晩御飯どうしましょうか?一応中の物は好きに使ってもいいとお許しはいただいたんですが…」



「私は適当に肉焼いて食うから。ご自由にどうぞ」



「えぇ~!! せっかくの女子会なんですから同じの食べましょうよぉ~…」



「じゃああなたが私に合わせなさいな。一応ホストなのだから」



「ゲストに合わせてくださいよぉ…お肉だけだったら太っちゃうし、神田さんはお野菜食べられないし~…あっ! これスキレットってやつですよね! キャンプとか行くんですか?」



「あぁ、去年一回行っただけね。私が寝床に文句言って結局日帰りだったけど」



「片付けかなり大変そうですね…あっそうだ!じゃあアヒージョなんかどうですか!?お肉もたくさん入れられますし、残った油をバゲットに塗ればお腹も膨れますよ!」



「いいけど…じゃあ私は土鍋で作るわよ?」



「どっ、土鍋ぇ!?」



「そんな小さいので腹なんか膨れないわよ」



 まぁ"アヒージョ"というおしゃれな名前に助けられてはいるが、言ってしまえばにんにく油鍋なので難しく考える事の無い安全で雑に美味しい料理だ。このオシャレ感は女性がニンニクを摂取する大切な口実でもあるので世間的にもこんなデリカシーの無い事は言われない


 大田さんはなんというか"THEアヒージョ"といったようなキノコやプチトマト、貝類にブロッコリー。色とりどりでいかにも女子って感じだ


 それに比べてイズミはと言うと…牛ステーキ肉に鳥の胸肉、ベーコン、ソーセージ、覇王にのみ許された贅の極みをこの現代日本で成し遂げようとしている。恐ろしい女だ



「うわっ…高そうなオリーブオイル…これ使ってもいい…んですか?」


「えっ?」



 一瓶320ml3000円のオリーブオイルを二本土鍋に注ぎ込んでいるイズミを見て大田さんも少し思い切りよくオイルを使うことができた。まずはニンニクと鷹の爪を入れて弱火でふつふつとするまで暖める、そしてニンニクの香りが出てきたら火の通り辛いものから順に入れていき後は待つだけ。簡単すぎる


 その間にバゲットを表面がカリッとなるくらいオーブンで焼き上げる。イズミの方はフランスパン一本持っている。どれだけ食う気なんだ…



 ふつふつと音の鳴るスキレットとグラグラと煮える音のする土鍋のギャップは凄まじいが、紛うことなくどちらもアヒージョである。そして大田さんの方はもう出来上がりだろうか、マッシュルームを取り出しバゲットの上に乗せる



 通常の鍋とは違い、熱の逃げることがない油の中にいたのだから具材を冷ますには少し時間を要する。多少の熱さよりも食欲が先を行ってしまうこのニンニクの香りがどれほどの火傷患者を生み出しただろうか…大田さんも例に漏れずその患者の仲間入りをした



「あふっ! ひょっ! ひょっほ…! んぅっ…はあっでも美味しい~!」



 ザクザクと小気味いい食感に上品な小麦の香りを感じるこのバゲットも普段では中々食べられない値段の物なんだろうと大田さんはしっかりと味わっている。その隣では牛ステーキ肉を角切りにして油の中にブチ込んだ男らしい料理を頬張ってるイズミがいる。


 肉を口に放り込んですぐさまバゲットで追撃する、毎度のことだがこの子だけ戦場で食事をしているのかと錯覚する食べっぷりだ。そんな事を考えているうちに鶏肉が油の中へ放り込まれている



 ニンニクの香りに俺の胃も食物を求めている。飼い主の体が動かないことを不満に思っているようで、先程から何度も催促の音が腹から漏れ出している。気怠い体をなんとか起こし台所に向かうと乾物を保管している棚の中からスルメとジャーキーを取り出し這いながら元のポジションに帰る。


 大田さんのおかげでなんとか動けるところまで回復しているらしい。お礼の意味も込めて差し入れを持っていってやる



「大田さん」



「ふぁ、ふぁい?」



「あるよ」



「むっ……! むふぁぁ!!」



 これが欲しかったのよ、と目を煌めかせて少しだけ高級な白ワインを受取ると鮮やかな手付きで栓を開封した。アヒージョにはこれなんだよ 酒飲みだけが知っている最高の人生の過ごし方、オシャレだからではなく美味しいから飲む時のワインは泥酔必至。止まるわけがない



「くっは~! 美味しい何このワインー! 一口飲んだだけなのに油がどっか行っちゃったぁ…」



「シャルドネのいいやつじゃない。魚介と油料理に合う辛口の白ワインだから当然ね」



「か、神田さんもお酒飲まれるんですか!?」



「飲まないわよそんな不味いモノ。ソムリエの資格を持っているだけ、兄さんのためにね」



「か、かっこいい~///」



 イズミはおつまみ担当大臣と言われているが、なんの実績もなく選ばれているわけではなく昨年日本酒とワインソムリエの資格を取得したほど酒の味には敏感なのだ。


 食事に関しては味音痴と言っても差し支えないほどのイズミだが、味が嫌いだからこそ酒類には敏感らしい。年中発泡酒でも構わない大我にはもったいないほど酒飲みにとっては優秀な人材なのだ



 寝ながら乾物を喰む大我の事など気にも留めずに女子二人は次々とアヒージョを食し遂には残ったものは油だけになった。明日はこれでペペロンチーノでも作ろうかと考える大我だった。


 ──体が動けばの話だが



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