第三十三話 機械乗りの少年タイガ
「あぁーあ…ある日巨大なロボットが空から降ってきて住んでる街破壊されて剝き出しになった地表から古代兵器見つけて大いなる意志に選ばれてぇ~…」
「また始まった…」
妄想常習犯の大我が、今度は放送中に世界を救う機械乗りになりたいなんて言い出した。こういう話で盛り上がるのはいつも男達だけである。イズミも女性視聴者も呆れているが、男にとってロボットとはガラスの靴なんだ、分かって欲しい
「声がするんだよなぁどこかから、ロボットから淡い光が漏れ出していてその光の所に向かうとコックピットが開いて乗るんだよ。 そしたら見た事もない文字が書かれていて、でも頭の中に流れ込んできた情報でなんて書いてあるかわかるんだよ。『これが…電源かぁ…!』って人生で一回は言ってみたいセリフだわ」
「炊飯器にでも言ってればいいじゃない」
「国連軍はまったく歯が立たないんだよ! なぜなら外宇宙からの侵略者なわけだから、地球の兵器じゃ通用しないの! それで密かに憧れてた同級生の、あぁ~…イズミでいいか、イズミがあと少しで敵の兵器に殺されちゃうって所で俺が登場するんだよなぁ…」
「そんな適当な選ばれ方して死にかけるってたまったもんじゃないわよ」
「まぁまぁ、後でイズミも乗る事になるから…」
「私も乗る事になるんだ…」
ロボットの大きさで視聴者とは大きく揉めた。大我は100m級のロボット一機のみで地球を救いたい派の人間だった。人類にはあまりにも強大すぎたその力を制御出来るのはタイガ少年とイズミだけだ。 本来は二人乗りだったと物語の中盤で明かされたこの機体は古代に起きた宇宙戦争で傷付き地球に逃げ延びた神の作りし機体で、搭乗者は言わずもがなでアダムとイヴだ
そしてこの機体には大きな秘密がありその秘密を開くカギがイズミの記憶の中に眠っている。それはパンドラの箱なのであろうか…という所まで一息で説明すると熱量を持った男性視聴者達から様々な意見が寄せられた
【そのデカさだと制作会社が作画で手抜きするから高速軌道の小型にしろ!】
【ガチャガチャしてて美しくない!スリムなロボットの方が見たい!】
【一機だけだったらどうせ無双するだけの糞アニメになるから味方追加しろ!】
【国連が秘密裏に開発していた五機で一組の特殊部隊出せ!】
悔しい事に視聴者の言っている事がどれもよく分かる。一機だけだと舞台が宇宙に移った時に地球がガラ空きになってしまい、どれだけ熱い展開でも(ところで地球平気なのかな…?)と頭によぎってしまう。だが心配しないで欲しい。
国連の基地戦艦だから
隊員『ちくしょうッ! あの少年がいない間に本陣を狙ってくるとは…司令! もう持ちません!』
司令『総員…第一種戦闘配備だ…』
右腕『第一種戦闘配備。繰り返す、第一種戦闘配備』
隊員『な、なんだこの地鳴りはぁぁぁぁぁ!!??』
バゴゴゴゴゴゴ・・・
隊員『こ、これは…この基地自体が巨大な戦艦だったのかぁ!?』
司令『宇宙人め、人類を舐めるなよ…』
「ですわ!!」
コメント欄が大いに沸いている。まるで本当に人類が救われたかのような盛り上がりだ、しかし全て妄想なのにいい大人が何をはしゃいでいるのか。イズミには理解できなかった
「なにがですわなの…最初の襲来の時になんで出さないのよ。危うく死にかけたじゃない」
「まだその時じゃなかったんだ!」
「どう見てもその時だわ」
そしてイズミの中に眠る鍵の正体って言うのがその古代戦争の時の記憶で、実はそのアダムとイヴって言うのがタイガとイズミ達だったんだ。ただこの『ヴィルマヴァジュラーダ』の防衛機能によって『ヴィルマヴァジュラーダ』の傷が癒えるまでの時間軸まで二人は意識ごと跳ばされてしまったんだよ
「濁点の量がえげつないわね」
「ヴィルマヴァジュラーダとは古代語で『未来』を意味してるんだぜ?」
「ダセェ…」
そしてヴィルマの隠された武装『バイス・ギア・ヴァイス』も覚醒して敵の船団を一瞬にして壊滅させてなんとか追い返す事に成功するんだけど、その時タイガの身体に異変が起きるんだ、そう…
「『死の波紋』だな」
「見てよこの鳥肌。エグイわよ」
「まだヴィルマは不完全なままだから『バイス・ギア・ヴァイス』だったんだけど本来は『ヴァイス・ギア・ヴァイス』だから。それはまた後程」
「もう滅びてしまえ」
『死の波紋』はタイガの体を蝕んだ、度重なる物量攻めで疲弊していくタイガ達…あまりにも戦力が違いすぎる…このままではタイガ君の身体が持たない、地球の運命もここまでか!?どうなってしまうんだ!? そんな時にヴィルマの身に異変が起きた。装甲はひび割れ武装は剥がれ落ちる、そして一回り小さな機械とも呼べぬ姿をしたそれはまさに"神"と呼称するしかない様相だった
『ヴィルマヴァジュラーダ・ヴァイスベルベット』それがこの機体の真の名だ
「なんなのよその濁点推しは」
「『ヴィルマヴァジュラーダ・ヴァイスベルベット』の『ヴァイス・ギア・ヴァイス』で『ブラダマンデ』の『ヴォルケイン・ヴィ・ブラヴァディ』は異次元に飛ばされ神の下に帰る事になるんだよ」
「もう飽きてるでしょ兄さん」
「いっつもここらへんで飽きちゃう…」
最初の方こそは地球を救うために物語を考えているのだが後半になってくるとそれ以外の要素に加えて整合性なんかも考えだすともう「なんか違うんだよなぁ…」となってしまい結局飽きてしまう。長続きしないからこそたまに思い出した時にやると盛り上がるんだろう
大我の妄想シリーズはこの他にも【おねショタのお姉さん最強属性選手権】や【百合シチュエーショングランプリ】など様々な物が有るが発作は突然来るので事前にエントリーする事は難しくなっている。というか大我以外参加者は居ない
こういう所でもイズミは大人で、昔からお人形遊びやおままごとの類はしてこなかったという。大人のフリをしていたとかではなく面白さが分からなかったらしい
寝る前とかに妄想しては結局世界を救えないまま眠ってしまう男子の気持ちは分からないのだと
でも幼少の折に少しハマっていた遊びなら有るというので教えてもらう事に
「へぇ~おはじきか、なんか女の子らしいかも」
「紙でも箱でもいいから持ってきて。これを並べて…」
それはたくさんある障害物を避けつつ対岸にあるおはじきまで辿り着くという遊びだろう。なんというかこんな子供らしい遊びをイズミもしていたんだというのが知れて嬉しい気分だ
そして昔の感覚を確かめるかのようにイズミは指のはじき具合を確認している、なんか変な構え方というのは感じたがそれがイズミスタイルなのだろう。黙って見ている事にした
すると中指を手の甲に着くまで限界まで引き絞り指の腹でおはじきを押し出した。その珠は弾と化し、並べていた障害物を弾き飛ばして対岸のおはじきを吹き飛ばした。子供にしては野蛮すぎる遊び方だがイズミはこのゲームを『おはじきはじき』と言っていたらしい。このネーミングセンスからすると本当に子供の頃からやっていたのだろう、怖いよこの子
人気者だったイズミは別に遊びたい気分の時は他の子達の輪の中に入って遊んでいたのだという。あの幼少期の定番遊戯ドッヂボールもやった事が有るのだという、不登校児からすると童話と同じ様な感覚だがいつかやってみたいとも思う
こういう遊びはやはりイズミよりも大田さんや、機械が無かった時代に遊んでいた朝陽さんに聞いた方がいいんだろう。いつかは二人で出来る定番の遊びで競いたいものだ
始まりは大我の些細な妄想だったが、その取っ掛かりでこれだけ話せるからこそ配信は楽しい。好き勝手話して話題に飽きたら別の話題に、それで誰が攻める訳でもない。皆もなんとなくそんな感じで見に来てるだけだからだ
それでも政治の話や事件、事故などのマイナスな話はなるべくしないよう気を付けている。そんなものが見たければテレビを付ければいつでもやっているし、それが退屈だからみんなもネットを見ているんだろう。二人もそういう理由で配信しているからよくわかる
今日も寝る前にニュースサイトで明るいニュースを見ながらゴロゴロ、パンダの赤ちゃんだとかコアラの寿命が更新されたとか。あぁ、またあの猫カフェに行きたい気分になって来た…プライベートでもいいから行っちゃおうかな…
あぁ…イズミが部屋に入って来た…寝ちゃう…意識が遠くに…
* *
ここはどこだ?荒廃した茶色がかった土…火星か?遠くには鳥が飛んで町もある…いや村だろうか?まだゴツゴツとした岩が目立ち開拓は済んでいないみたいだ。というか重力的にここは地球という事でいいんだろうか?ひとまず誰かいないかと俺は歩いて町を目指す
驚いた、そこには自分と同じ様に二足歩行で歩き言葉を交わす人々がいた。たとえ違う惑星だとしても意思の疎通は図れるだろう、見た所武器らしい武器は持っていないし話しかけてみよう
「失礼、旅の者なのですがここは一体…」
そう尋ねた俺にどこか聞いた事のある言語で返事が有った。英語でも日本語でもないが確かに聞いた事のある言語で、それも逃げろと言っている。
インドだこれ
間違いなくヒンディー語で話しかけられた。確かにここに居る人達はテンプレの様に頭にターバンを巻いている。でも本当にインドだとは思わないじゃないか…そして一発の銃声が鳴って動物や人々は逃げ惑う。銃とサーベルを持った荒くれ者がこちらに向かって来る。俺は咄嗟に構えてその男たちに向けて渾身のダンスを披露した
そしてそのままドンドン俺の後ろには人が増えていく、男も女もその武装集団に相対して踊った。そのあまりの迫力に押され荒くれ者たちは捨て台詞を残して去っていった。
ボリウッドだこれ
インド発の様々なテーマの映画の中にダンスや歌が盛り込まれており、数多くのテーマにも上手くダンスが絡む世界観が人気であると共に、その情熱的でハイクオリティなダンスは老若男女問わず見る物を魅了する、そう
ボリウッドだこれ
なんだか意識がハッキリしてきた…はは~ん、夢だなこれ?しかしなんで昨日のあの話からボリウッドなんだ、インドどっから来たんだよ。しかし世界を救うチャンスを見過ごすのは男の子としてどうなのよ?俺は先程の荒くれ達を追ってアジトにたどり着いた。この夢展開早いな
そして奥深くに飛び込んだ俺は親玉と対峙する
イズミじゃねぇか
なんでよりにもよって敵側の親玉なんだよ、せめて誘拐とかされててくれよ…しかしここまで来てしまったのだから仕方がない。例によって俺はイズミとダンスで対決する事に
機敏で関節一つ一つの動きに筋肉を感じさせるキレのある動きがイズミの視線を釘付けにする。そう、インドにおいてモテる要素とは体がデカくダンスの上手い男…俺はこの世界でも完璧なのだ!どうだイズミ!
少しくらっとしたイズミだがそのよろめいた体を利用し腰をくねらせ俺の事を誘惑する。ちくしょうなんてセクシーで悩殺的なんだ…というか衣装がくっそかわいい…なんだそれ反則だ…!
負けじと俺もダンスで応戦する、二人の情熱的ダンスはギャラリーを巻き込み背景には曼荼羅が浮き上がり二人を中心に皆で仲直りのダンスを踊り大団円。俺はその国の王になりイズミは俺の妻となった…
「ボリウッドじゃねぇか!!!」
目が覚めると朝になっていた。まさか昔から妄想していたロボットでも勇者でもなくボリウッドで世界を救う事になるとは…人生とは分からない物である
俺の声で起きてしまったイズミに夢の内容を話すと『まずボリウッドってなによ…』と言われてしまった。面白いので今度一緒に見ようと思う
もちろんこの日は昼食にインドの本格カレーを食べた。いつかは別の形でまた世界を救ってみたいと思う大我だった




