表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/216

第三十二話 ジューンブライド

 

 六月…この季節は気が滅入る。なぜならば猫も杓子も結婚に漕ぎ出す地獄の一カ月だ


 俺とイズミは実際に血の繋がりを持った兄妹な為、結婚する事は叶わない。ただ自分達に必要なのは形式的な契りではなくいつまでも、健やかなる時も病める時もお互いを愛しあう事だけだからだ。



『さて、次は明るいニュースです。六月になった瞬間に入籍する方々が急増して…』



 くだらないくだらない…そんな紙切れに判を押さなければ愛しあえない意志の弱い生き物たち…



『そうですね、二人で決めて…この日に籍を入れようと…』



 法的拘束力に縛られなければ二人で生活する事もままならないって告白してるようなものだろうが…恥を知れ恥を



『三人で、はい…赤ちゃんが『さぁぁー!こちらのフードコートの方では北海道産のウニが…』



 うん…ウニか…今日は海鮮丼でも食べようかな。でもイズミの分も考えると…北海道か、ジンギスカンも店から取り寄せたりして…



「兄さん、どうしてチャンネルを変えたの?」


「えっ…チャン…なんですか? ちゃんねる…?」



「見てたんだけど。今の」


「いまの…居間の…?」



「結婚の」


「あぁ~…はいはい…」


『名前はもう決まってます…』



 やっぱり気になるんだイズミはぁぁぁぁ…気になるよなぁ…元々女性は子供を産むのに制限時間が有る為、年齢を重ねるごとに細胞から警告が来ると言われている。二十代の頃に子供や結婚に興味がなくとも三十代というある一つの区切りを迎えると急激に結婚願望が芽生える人はとても多い。


 そして人生で一度も結婚という選択肢に揺らぎを見せない人の人生を辿ってみると、多くの選択肢が男性的であるという事まで統計が出ている。なぜこんな事が起きるのか?男性も制限時間が有るではないか?と言われるが、最近の研究で子孫を作る為に男性は必要ない、という研究結果が出たからだ



 元々子供を身籠っている最中に子宮の中で赤ん坊が形成され始める時、性別は全員が♀というスタートラインから始まるのだと。という事はある段階から男性へと変化していき、精巣は卵子から精子を作る構造に代わっていくのだ。


 ではその構造を人の手で再現する事が出来るのであれば、卵子を精子に変換する事も可能である。更に現在この仮説は実験によって証明済である。



 つまり今後の医療の発展次第で、女性同士で子作りが可能になる時代というのも決して夢物語ではないのだ。個人的にはそれでいいと思います。男は奴隷のように働くので出来るだけ目の前でイチャついてて欲しい…女性同士で恋愛はとても素晴らしい事だと思います!



 話が大幅に脱線してしまったがつまり男と女では"子供"というものに対する価値観がそもそも異なりすぎているのだ。イズミが子供を欲しがるという事は必然、細胞に刻まれている人間として当然の欲求なのだ。これは割り切るしかない…何度でも頭を下げよう、すまないイズミと



「やっぱり最高ね…この時期は」


「そ、そうか…」


「負け犬共がどんどん役所に駆け込んで人生を終わらせる瞬間を見られる。最高の娯楽だわ」


「え???」


「ここに居る女は全員、兄さんという優秀な雄を勝ち取る事も出来ずに有象無象を選ぶしかなかった負け犬共なのよ?それなのに幸せそうに紙切れに判を押して…滑稽だわ、最高の優越感よ」



 妹が悪魔みたいな事を言っている、俺が『最強頭脳軍団(日本人のみ)VS最強美女軍団(イズミ不在)のクイズバラエティ』見てる時と同じような事を…それでも子供は欲しいんじゃないか…?と恐る恐る聞いてみる



「子供? 誰の? 兄さんの子供…? 邪魔じゃないの。どうして私以上に兄さんに愛されるかもしれない生き物を家の中に置いておかなければいけないの? 兄さんは私だけを愛していればいいのよ」



 愛が深すぎる イズミの愛が 嬉しい こんなにも愛してくれているのが嬉しいよぉ…


 生物学的に子孫を残さない事が罪だと言うならば、俺達は大罪人でいい。言われてみれば確かに、俺に息子が出来たとしてイズミに甘えてたら無意識にぶん殴ってしまうかもしれない。 というか母乳なんか飲もうものなら殺してしまうんじゃないだろうか?こんな危険人物たちの間に産まれる子供なんか幸せな訳がないだろう。


 よかった、産まれた瞬間から不幸になる子供なんて居なかったんだ。子供を作らない判断というのは勇気が要るが一歩踏み出してみよう、それが命を救う事に繋がるのだから…



 心がすっきりしてから見るこのニュースは確かに面白い。隣にイズミが居るのは俺だけなのに、俺にしか許されていない権利なのにもかかわらず、こんな幸せそうな顔で「そうだ女と結婚をしよう!」と思った君達の心中をお聞かせ願いたい


 どうなん?その隣に居る人イズミじゃないけど?どうなん?と考えながら、昼間っから酒をググイー!!っと飲み干すと最高に美味かった。新しい娯楽を見つけられた事をイズミに感謝する、やっぱり最高の女だ



 そのままのテンションで独身彼氏なしの大田さんに次回の撮影について連絡するととても心配された


『お二人は良いかもしれないですけど…お母さんは孫の顔見たいんじゃ…?』


 反射的に電話を切ってしまった。そうだ、朝陽さんからすると俺達が子供を連れて来なければもう二度と孫を拝むことは出来ない、最後の最後に多くの家族に囲まれて死にたいだろうに…


 冷静な頭になってとても申し訳ない気持ちになる。さっきまであんなにも愉快に見えた画面はとても不快に見え、さらに酒は不味く感じた…



「別に母さんに孫なんか見せる必要ないでしょ。親なんか子供より先に死ぬべきなんだから」



 なんて逞しいんだ我が妹よ。ただそれは実の母親という精神的アドバンテージが有るからではないか?俺はとてもとても…朝陽さんの寂しそうに死んでいく顔を想像するだけで夢に出てしまいそうだ…



「もしもし母さん? 私達子どもなんか作らないから孫の事なんか期待するんじゃないわよ? え? SEXはメチャクチャするわよ」



 イズミぃ…俺の事をそこまで考えて…ていうかSEXしないよ…?なんでそんな自信満々なんだよ、もう毎晩しまくってる奴の面構えじゃないか



「他に何か心配事でもある?」


「うぅん…ないかも…」


「そう」



 頼りになるなぁ…イズミと二人で生活するようになってから、案外自分の心の中に脆い部分が有るのだと知った。あんなにも豪胆で、多くの異国の地を渡り歩いて来れたのは当時は自分の中に弱点が無かったからだろう。


 俺にとっての弱点は家族との別れだ、義理の両親をみすみす死なせてしまった事を心の中では後悔しているのかもしれない。そして二度と味わう事の無いと思っていたあの気持ちは、イズミと一緒になる事で再び俺の心に根を張った



 ラガーマンの様な体格の男三人に囲まれた時も何も感じなかった。そして実際返り討ちにした


 マフィアに襲われた時も心拍数は日常となんら変わりなかった


 ただ、今この瞬間にも朝陽さんやイズミの居ない生活考えると胸がざわつく。会った事すらない、尊敬してもない自分の父親が作った家族だというのに、気付けば自分の中で亡くしたくないモノになってしまっている



 その日の晩御飯は少し奮発した肉にした。ステーキを焼いてやると雰囲気作りの為に用意したナイフとフォークを一枚目の肉で投げ出し、包丁で切った肉をどんぶり飯に乗せてかっ食らう姿がとても愛おしかった。この先の人生に憂いは何一つない


 今まで愛していた妹に 今俺は恋をし始めているんだ



 この日の夜配信では子持ちの視聴者に生活の変化について聞いてみる。主婦が多かったり、遅い時間になると子持ちのパパも帰ってくるので想像していたより多くの意見を聞く事が出来た



【朝起きたらまず子供を起こす事から始まる、それが無いと体に力がみなぎらない】


【子育てなんか悩んでるのは母親だけ。旦那なんて金稼いで来たらあとは知らんぷり】


【共働きだからお互いが休みを合わせた方がいいのか、バラバラでも子供との時間増やした方がいいのか悩んでいる…】



 子持ちの家庭と言っても様々あるようだ


 育児という未知の経験には羨ましさを感じる、ただ継続的に愛を注げるかと言われれば…まぁ分からないが想像は出来ないな。なんなら金を持ってる分ベビーシッターに任せっきりになってしまうかもしれないし、恨むだろうなぁ子供は



 酒とつまみを持ってきてくれたイズミを抱き寄せ、頭に頬擦りする。これだけで十分だ

 今までの人生が駆け足すぎたんだろう。なんでも早い事が正義だと思っていたからなぁ

 歩くくらいの速さでいい。時には立ち止まっても、その時間がイズミとの時間になるのなら構わない



「別に幸せだけどね」


「俺も、そう思ってる」



 心の底から出た言葉だった。朝陽さんにはまだ申し訳ない気はしている…後日、介護の勉強はしておくからと連絡しておいた。もちろん『まだそんな歳じゃない!!』と怒られたが


 大田さんにも結婚観を聞いてみると、イズミと同い年なのだからまずは恋愛を経験してからだろうか、と頭を抱えている


 翌朝のおかずは一品多く作ってみる。せめて二人だけなら日常の中に変化を付ける楽しみ方も出来るだろう。イズミは気付くかとそれとなく顔色を窺ってみても、いつもの様に食べている。結構楽しい物だ


 その日の夜、いつもよりつまみが多い様に感じた。まぁ気のせいだろう

 隣でイズミが少し笑った気がした



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ