第三十一話 家族
二十年前の日本、イズミは産まれたばかりで覚えていないだろう。だが自我の芽生えが早かった俺は四歳の頃にSF小説を読み耽っていた
なんとなくこの時期の創作にSF物が多いのはノストラダムスの大予言だの、二十世紀問題だとかの終末感が漂っていた背景もあるだろう。その時期に生み出されるものはどれも悲観的で人の不安感を煽るものが多かった
一緒に住んでいた義理の両親も備蓄を用意していたが、結局何もなかった後にはその備蓄の事も忘れてしまうくらい刹那的な終末感だったのを覚えている。そんな話を放送中にしたものだからなんだか昔を懐かしむノスタルジックな時間を求めてしまった。昔といえば朝陽さんだという事で、物置の奥から引っ張り出してくれた物を一緒に見る事になった
「大我ちゃんこれ知ってる~? 生まれる前だったかなぁ?」
「はぁ、これが噂に聞くポケベルってやつですか…」
「そうそう、コギャルがいっぱい持ってたんだよぉ~」
「こ、コギャル…?」
「え~! コギャルって言わないんだぁ~!!」
朝陽さん、いやおばさんがイキイキしているのは良いのだが、知らない事に何でもマウントを取ってくる所が年齢を感じさせて少しキツイ。俺も朝陽さんの大嫌いなカマドウマの体表の模様の種類とかでマウントを取ってやろうか?いや、俺は大人なのでやめよう
それにしても見てて懐かしい物もチラホラだ。この二つ折りのパッケージに入ってる小さいCDもよく見かけたが生産終了のお知らせ、とかではなくて本当に気づいた時に無くなっていた。どこに行ってしまったんだ君は。
それとたまごっち、母親がなんだか流行っているらしいからと買ってきたがその単調とも言えない、時間に縛られながらボタンを押すシステムにとても耐えられるものではなく少し触っただけで思い出も何もない。ただそういう風に考えると今のソシャゲの先駆けなのかもしれないな
「あとこれこれ! この写真、ルーズソックスなんか履いちゃってぇ~…若いなぁ~」
「でも最近も時々見ますよ、ただだらしないだけなのかもしれませんが」
「うっそぉ~! まだやってるのはヤバいね~!」
なんだろうこの親世代の人が少し前に使われてた若者言葉を使った時のなんともいえない感情は。不快とかではないんだけどついつい愛想笑いをしてしまう感じ。地味な転び方をした人と目が合った時の様なものを感じる。
「あと携帯電話もねぇ~、パカパカって開くのこれは見た事あるよね? 懐かしいなぁ~…初めて持った時にiモードのテトリス何時間もやっちゃってパケット料金かかりすぎちゃってぇ~! その頃まだボーダフォンだったんだけどね~」
もうずっと古代言語を使ってるなこの人…iモードでパケット料金がボーダフォン?流石にどこにも出歩かなかったから携帯なんか持ってなかったし訳分からん。イズミは最初から興味がなさそうだったので少し遠くにいるが楽しそうに当時のグルメ本なんかを読んでいる。俺もそれ読みたいな
「ここら辺から慶二さんとお付き合いしてたんだけど…まぁ確かにこの頃の私って他の子からしたら地味だなぁ…へそ出しとか厚底なんか全然してないんだもん」
「慶二さんもねぇ腰パンとかしないし髪も染めたりしてなかったから、そういう人嫌いだったみたいなのよー」
「まぁ…分からんでもないですね」
朝陽さんとイズミを見るに女性の好みは俺と真逆だったんろうが、清潔感第一という所は似ていたんだろう。当時ネットが有れば『流行に流され情報に抱かれる女が浅ましく見える』とかネットで言っていたんだろう。ほぼ俺だ
それから2000年代前半までは姿のあった慶二だがそれ以降はやはりというべきか…被写体はイズミと朝陽さんのみだ。自分が会えていたとしても十歳にも満たなかった頃か、それでは特に親に対する有難みなんかも感じないだろうし生意気だったころの俺に時間を使わずこの家で余生を送ったのは良い判断だったなと子供ながらに思う。
イメージには無かったが当時の若者らしくプリクラも撮っていた様だ。今の機械に比べて修正が緩やかというか気持ち悪いくらいに目が巨大化するなんて事も無く、実物と見比べても『あぁ~、写真映りいいんだねぇ~』ってなるくらいちょうどいい修正加工が施されている。まだこの頃は若い事もあり朝陽さんもキレイに見えた
自分も写真でしか見た事のない物もあったが、それでも自分も懐かしいと感じる物が沢山見れたのでなんだか少し若返ったみたいだ。久しぶりにカレーでも作って食べよう、あの匂いを嗅ぐとそこまで好きだった訳でもないのに無条件で子供の頃の記憶を呼び起こされる
朝陽さんもそろそろ仕事の時間なので俺達は朝陽さんが不要だと言うものを何点か貰い、家に帰って配信する事にした。これで視聴者層の選別でもしてやろうか
* *
大我ちゃんもイズミも帰っちゃってなんだか部屋が広く感じるわ…遊びに来てくれるのはとっても嬉しいんだけどたまには泊まり込みで来てくれてもいいんじゃないの!なんて子供みたいなワガママを言ってみようかしら。だめね、二人とも優しいから本当に来てくれちゃうもの
「…それにしても懐かしいわぁ、まだ公衆電話使ってる人もいる。今は意識して見ないとどこにあるかも分からないものねぇ…」
「ふふっ…ポスターなんか貼っちゃって。好きでもないアイドルでもとにかく貼っちゃえっていう時代だったわねぇ~…それにこのプリクラ…」
慶二さんとデートに行った時のだ
あの頃は渋谷とか新宿に今ほど人は居なかったと思う。それでも多分当時の方が騒がしかった気がする。それくらい元気が有り余った若者が多かったんだろう
待ち合わせ場所に着くのはいつも私が後だった。いつもどのくらい早く来ているのか気になって何度か早く来た事があったけれど、一時間前に来ても居た時は驚いた。私が男の人に絡まれたりしたら助けてあげられないから、なんて言っていたけれど慶二さんあんまり強そうに見えなかったから、誰かに絡まれないか私の方が心配になってしまった
慶二さんは食事の時も常に私を楽しませようといつまでも私の知らない話を沢山してくれて、だから慶二さんの注文したご飯はいつも私が食べ終わるまで残っていた。『大丈夫です! こんな時の為にビビンバにしましたから!』なんて自慢げに言っていたのは今でも覚えている
お給料の良い会社の管理職のポストに若くから成りあがって、いわゆるエリートだった慶二さんは私に何でも買い与えようとした。ただ、どれだけ良いバッグも、靴も、服でさえも興味が無かったものだから…私が断る度に慶二さんが頭を悩ませていたのを今でも申し訳なく思う。子供時代から欲が無かった事もあって、きっと一緒に居ても面白くないんだろうなとこの頃の私は思っていた
そんないつものデートの最中に珍しく私が足を止めた場所を、慶二さんは忌々し気に睨んでいた
「まったく…頭の悪さを周知させるのがアイデンティティになっている馬鹿どもが…」と心底嫌そうな顔をしていた。
当時のゲームセンターといえばゲームをするというより、若い人達のたまり場の様になっていた印象が有って、そういう人達の事が嫌いな慶二さんは一度も足を踏み入れた事が無かったらしい。今でいうタピオカみたいな、若者の間で一気に人気になった事も気に入らないみたいだった。こういう所が大我ちゃんに似ている所だと思う
それでも最近出たプリクラというものが気になっている、と私が言うと何度も唸ってから周囲を警戒し、人通りが無くなったタイミングで私を押し込むようにプリクラ機の中に入っていった。二人とも触った事が無かった物で何度もどちらかがフレームに納まらなかったり、目線がどこかにいってしまったりと散々な物だった。
そして結果的に成功した写真は、免許に使えそうなほど固まったまま正面を見つめる2人の写真だった。それでも私は嬉しくて早速手帳に貼ると慶二さんは恥ずかしかったのか何とも言えない表情をしていた
懐かしいなぁ…あの人がもし生きていたらと今でも思わない事は無い。仏壇に手を合わせる事はあの人の為ではなく、私が忘れない為のおまじない。イズミが家を出た後にあの人と出会ったスナックに戻ったのも、きっと寂しさから
あの日に縛られているなんて思わないけど、どうしようもない寂しさに襲われた日は二人の配信を見て心を暖めている。大我ちゃんと会えていたらどんな事を言っただろうとか、今のイズミを見てなんて言うかとかもね。涙はもう枯れてしまったのか不思議と出てこなかった
今日も仕事場でお酒を飲みながらゲームをしていると、珍しくこんな時間に大我ちゃんから電話が来た
『もしもし朝陽さん~? 今度動画でゲーセン行くんですけど、こいつら朝陽さんも出せってうるさいからー! 嫌だったら全然断って貰っていいから! 本当に! 忙しいだろうし! えっ無理かもしれないって? それなら仕方ない!』
「行く~♡」
『なんでぇ!! 一回出たからって変な癖付けるんじゃないよ! 俺達居ない時に配信とか始めるのやめてくださいよ? なんか配信で敬語使ったりするの本当は恥ずかしいんだからぁ…』
と言っているけど後で配信を見てみると、私でも出来そうなゲームを見ている人達と一緒に考えてくれていた。こういう文句を言いながらも人の為に動ける所があの人に似ている、だから家からイズミが居なくなっても寂しくないんだろうか?距離は離れていてもいつでもあの人の面影を感じられるから
私もお客さんからゲームセンターの話を聞くとUFOキャッチャーだったり馬を走らせたりも出来るらしい。凄いんだ、最近のゲームセンターは。でも私のお目当てはそれよりも…
「はいじゃあ撮りますよぉ…補正ちゃんと切れてるのかなぁ…」
「ちょっと母さん、あんまり兄さんに近づかないでよ。加齢臭が服につく」
「ひどぉ~い! そんなに歳行ってないも~ん!」
二人はプリクラに来た事が無かったみたいで、先輩として落書きの仕方を教えてあげた。自分達の名前を書くだけだったあの日から進歩している所を見せる為にお花のスタンプを散らしてみた。出来上がったプリクラを携帯に貼ってみると二人とも少し恥ずかしそうにしていて、貴方の子供だからよく似ている
この子達に慶二さんとの思い出はないけれど、代わりに私が慶二さんの分まで作りたいなって。それが今の私の目標
それに二人とも私達の可愛い子供だから。きっと、私の様に慶二さんの事も愛してくれています
「あのね? 帰りに仏壇にお供えする物買っても良いかな…?」
「あぁ旦那のですか? どうせ死んでるんだから何も食わんでしょ」
「同感ね。腐らせるくらいなら私に寄越すべきよ」
「二人とも酷ぉ~い!!」
──今日も私達の子供は、あなたと同じくらい大切な宝物です




