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第二十七話 母の日の朝陽

 

 お母さんの朝陽です、今日は母の日だから大我ちゃんとイズミが何かしてくれるかもしれないと思ってウキウキなお母さんです!


 朝の生放送で何か言ってくれるかな?と思って見ていたけど、もしかしてサプライズなんか考えてくれちゃってたりするのかしら?もしかしたらお昼くらいに…でもまだ連絡も来ないし、なんだか今日は二人共いつもより仲が良さそうだったし、あれは何か隠し事をしている雰囲気…お母さんの勘だけど何かは絶対にあると思っています!



 それから時間が過ぎても、待てど暮らせど連絡は来なくて、夕方になっても何も…



「あっ、朝陽さんから電話だ。イズミ出る?」


「別にいいわ。大した用事じゃないでしょうし」


「まぁそれもそうか。もしもし? どうし…本当にどうしたんですか!?」


「なんでぇぇぇ!! なにも言ってくれないのぉぉぉぉ…;;」



 そうか今日は母の日か、暦なんか見ながら生活していないので失念していた。俺達みたいな人間こそ朝のニュースで今日は何の日?とかやっているのを見なければいけないなと反省した


 泣きじゃくる朝陽さんを慰め、後で家に寄ると伝えると晩御飯の買い出しに向かう。今日は普通に親子丼にでもしようとしていたが、少し豪華な食事にしようかと思い直す




 今まで義理の両親にも特別なギフトなんか送った事が無かった為、こういう時にどんな贈り物が最適かイズミに相談する。すると少し考えた後に帰りにもう一軒寄り道する事にした


 そこは花屋だった。そう、イズミが過去に就職を考えていた花屋



 あれ以来訪れた事は無いと言っていたが、外装は変わりなくまだ営業もしている様だ。過去の苦い思い出にも物怖じする事なく向き合えるのがイズミの凄い所だと思う。本来なら意識的にここの近くすら通りたくは無いと感じるはずだが…しかし短いながらも世話になった場所に貢献したいと考えられる妹を、心の底から誇りに思う



 中から老齢の女性が顔を出す。一目見た時にイズミだと気づいたんだろう、優しく微笑むと手招きしてある物を手渡した。それは色褪せてしまっているがキーホルダーの様だった



「神田さんがね、最後にうちの店に来た時に忘れてったままだったんだよ。渡しそびれててね…元気そうで何よりだよ」


「あぁ、これ大田さんの…」



 中学校時代、大田まさみから受け取ったキーホルダーは自宅の鍵を無くさないようにと受け取った物だが…その物自体を無くしてしまっては意味がない。イズミも今の今まで忘れていた様だ


 それに六年ぶりに会ったというのに、この店主がやけに落ち着いている事も気になったが俺の顔を見ると兄だという事も知っていた。どうやら俺達の放送を見てくれているそうだ



 あの時は突然の事態に混乱していたが、時々思い出しては本当に残念だったと胸が締め付けられる思いだったという。決して愛想がいい訳ではなくとも愛嬌は有ったらしく、人から好かれる才能を感じていたんだそうだ



 そんなある日に俺達のチャンネルを見つけたらしい。イズミは昔からすると表情は険しくなったが、楽しんでいる様子は比べようもないと言う。昔は働く事に義務感を持っていた風に見えたらしく、当時の事を振り返るとイズミは確かにそうだったと 母の事や自分の事を考えるとそれ以外に道は無かったように感じると言っている。そんなイズミを優しく見つめる店主は今の方がずっと素敵に見えると笑った



 月並みだがこの店でカーネーションを買い、その花束をイズミ自身で作らせてもらった。本当ならこの店で、今もこうしていただろうと情景が浮かぶ。手際がいいのはイズミがいかに優秀でこの店で必要とされていた人材なのかという事を示している


 手持無沙汰だった俺もなんとなくバラでも買って帰る。イズミに渡すなんてキザな事は出来ないが少しでもこの店の空気感を長く味わいたいと思ったからだろうか。自分の知らないイズミがいた空間を



 それから朝陽さんを自宅に迎えに行った。今日は早とちりで休みまで取ってしまったらしく、大我達の家に招いて少しばかりのパーティーでもしようかという話になった。


 もちろん放送はいつも通りに行うので、出来ればカメラの前には出てこないで欲しいとお願いする。若く見える為もしかしたら朝陽さんに興味を示す視聴者も居るかもしれないが、自分の放送が義理の母の婚活の場になったりしたらとても耐えられそうになかった…



 家に着くと料理の下準備をする。朝陽さんの好きな牛肉をふんだんに使ったフルコースだ


 圧力鍋でローストビーフを作りながらすき焼きの材料を切る。といっても若干二名は野菜なんか食べないので北海道で親しまれているらしい"豚すき"なる物の為に豚と牛の肉を切っているだけなのだが…


流石にどうにか誤魔化しながら野菜を食べさせられないかと一生懸命考えた結果がポテトサラダである。マヨネーズとハム、ジャガイモはとてもヘルシーには思えないが本当に微量な玉ねぎとニンジンで野菜食べたよね?という意識だけを持たせる。頑張ってくれプラシーボ効果



 牛筋も煮込みつつ家族の様子を見ていると、予想外の出来事に危うく腰を抜かしてしまう所だった。なんとイズミが勝手に放送を開始して、カメラの前で朝陽さんに母の日のプレゼントを手渡していた。どうしよう、めちゃくちゃ朝陽さん泣いてる。そうだよな、あのイズミがまさか部屋から出られただけでなく、自分にプレゼントをくれるなんて…それもあの二人で行った花屋さんで買って来たんだもんな。 違う、朝陽さん。カメラの前に出るんじゃない!どうして言う事を聞いてくれないんだ!



 それとなくイズミにジェスチャーを送る。朝陽さんをすぐにカメラから避けろ!独身で身バレなんかしたら危ないんだからなるべく早くフレームアウトさせるんだ!と必死に手を振る。


 するとイズミはこちらに気付き、さっき俺が言っていた事を思い出したのか、申し訳なさそうな顔をしてカメラから見えない場所に姿を消すと、大我の買ってきたバラの花を朝陽さんに渡したのだ。違うそうじゃない「自分だけの手柄にしてごめん…」じゃないんだよ!朝陽さんに買った物でもないし!『大我ちゃんもありがとう;;』じゃないんだよ早くカメラの前からどけてくれ!



 感動ポルノが好きじゃないのもあるが、酒を飲んだ朝陽さんはイズミに抱き着き、その年齢を重ねほどよく肉の付いた豊満な体が、まだ若く張りのあるイズミの胸に押し付けられ形を変える。もう普通のポルノ映像になってしまっているのがそれ以上に気がかりだった。



 手早く準備が終わりすき焼きの鍋を手にそそくさと二人の元へ向かった。案の定コメントでは朝陽さんを性的な目で見始めている不届き者も多かった為、朝陽さんにもそれとなく注意すると年甲斐もなく頬なんか染めて『こんなおばさん誰も相手にしてくれないわよぉ…///』なんて何よりも効くセリフまで吐きやがった。分かってやってるだろこの未亡人



 すき焼き…とも言えないただの肉煮込み鍋を準備して再びキッチンに…もう諦めて出来るだけ大人しくしてて欲しいと朝陽さんにお願いするとキッチンではローストビーフが出来上がっていた。圧力鍋の良い所はこういう時間のかかる料理がちょっとの待ち時間で簡単に作れる事だ


 文明の利器に感謝しながら綺麗なルビー色の断面をしたローストビーフを一口食べてみる。筋っぽさのない牛肉の赤身はどうしてこうも美味いのか。噛めば噛むほど肉汁が溢れ、野性的な味わいだ。はやく食べさせなければまた余計な事をしだすだろう、急いでテーブルに運ぶ



 ほら見ろ。朝陽さんはイズミの頬にキスの雨を降らせている。いつもなら払い除けて頭を叩いているだろうイズミもされるがままだ


 そして見かねた俺が引き剥がすとカメラにもイズミにも見えない角度で、朝陽さんの表情が一気に変わった。いつもは八の字に垂れ下がっている目を吊り上げて、満面の笑みを浮かべ三日月型になった瞳と口が朝陽さんの顔に張り付いていた。その口は声を発さないままにゆっくりと動く



 ──ど こ ま で ? 



 そう言ったのだろうか、一瞬にして元の表情に戻り自分以外は知る由もないあの圧力。気付いていたのか…?それとも今気付いたか…先日初めてイズミと接吻を交わした事に…?



 ──そうか、イズミがキスを払い除けなかった事で気付いたんだ。



 流石に親というべきか…自分の娘がいつもとは違う事を敏感に察知して、あまつさえどこまで進展しているのかというデリカシーの無い質問まで…これだから子作りなんか出来てしまう人間は嫌いなのだ!と大我は歯噛みした。


 もちろん視聴者にも知られていない二人だけの秘密を"ノンデリカシー"である朝陽の口から話されてはたまったものではない…大我はこの日、朝陽に脅えながらほとんど喋る事なく放送を見守る事しかできなかった。



 いつもより早めに放送を切り上げると空いた皿を片付け始める。この人には早く帰って貰おうとそれとなく明日の仕事の時間を聞いてみる。午後七時は全然泊まって帰れる時間だ、ちくしょう。


 しかもニヤニヤ…いや、ニヨニヨといった表情でイズミと俺の顔を見比べては酒を飲んでいる。娘の情事を酒の肴にしやがって…と思っているとスッと立ち上がり、わざとらしくあくびをした



「ふわぁ~…なんだかお母さん眠たくなって来ちゃったからイズミのお部屋で寝るわねぇ~…二人とも同じ部屋で寝て貰えるぅ~? 今日は飲みすぎちゃったから…"ちょっとやそっとの音じゃ起きそうにもないわぁ~…"ふわぁ~…」


「しねぇよ! 母親来てる日に限って隣の部屋でしねぇよ!」



 ついつい声に出してしまって朝陽さんもバレていたか…とペロッと舌を出していたが全然可愛くなかった。ウインクすると目元の皴とほうれい線が少し目立ったからだ



「まぁでも…あとは若いお二人に任せて…寝ますかっ…とぉ」



「さり気なくティッシュの重さ確認すんな! 使わねぇよ! 座れ! いいから座れぇ!」



 その後、まだキスしかしていない事をしっかり伝えると、肺の空気が全部出たくらいの大ため息を吐き出していた。自分達のペースが有るんだから放っておいて欲しいと思ったが、今日はいつも以上に上機嫌だったからか昔の事を懐古して父親との思い出を吐露していった。


 いかに結婚までのペースが速かったか、結婚を考えるなら子供が出来てからの方が絶対に上手く行くだとか…俺達には関係ない話かとも思ったが、一つだけ勉強になりそうな話が



「まぁ慶二さんも奥手でね…お酒の勢いでプロポーズしたのは良いんだけどそれ以来デートをしても他人行儀で…私も誰かとお付き合いした経験なんか無かったものだから、こんな物なんだろうと思ってたんだけどね?」


「手すら繋いで来ない日が何カ月か続いて…それでその日は雨だったの。突然の天気雨で傘も持っていない二人で雨宿りしていたの」



 自分の父親だからだろうか、なんだか他人事のように思えず心の中で応援していたがなんともヘタレな男だった。自分はこうはならないように…と思っていたがキスをするまでに一年…身の震える現実から目を背け、さらに朝陽さんの話に聞き入った



「それで、やけにカップルの人が雨宿りするなぁって…建物の中にまで入っていくなぁって思ってたら…そこの建物がラブホテルの真下でねぇ///」



 よし、ここだ。神田慶二が漢を見せるならここしかない。雨宿りなんだからやましい思いなんてないと誘ってしまえ。このロリ巨乳好きのド変態が。



「それで、雨宿りだから、やましい気持ちは無いのよ?って誘って…」



 物事が好転したじゃないか。シメシメだ、この女ちょろいぞ。頑張れ父親



「それから、風邪を引いてはいけないからって一人ずつシャワーを浴びてね…?」



 大丈夫か父親?緊張すると硬くならないと聞く。どうせお前みたいな奴は童貞だろうから焦るんじゃないぞ。ゆっくり、雰囲気を大事に…



「襲っちゃった♡」



 父親あああぁぁーーーー!!!!!!まんまと食われてるじゃないか!!!情けない男だ!同じ男とは思いたくないくらい情けない!!


 …イズミが見ている気がする。なんだか怖い目つきで後ろから見ている気がする…


「男が奥手なんだから、女が積極的になっちゃいけないなんてことはないわよねぇ~///」


 こういう事は順序を踏んで…愛し合っているという事をお互いに確かめ合ってから…


 イズミよ、肩から手をどけてくれ。朝陽さん、微笑みながらイズミの部屋に行かないでくれ。


 俺を置いていかないでくれ…



 その日はイズミを布団でぐるぐる巻きにして事なきを得た

 翌日起きてきた朝陽さんはティッシュの重さを確認して舌打ちして帰っていった

 もう二度とうちの敷居を跨がないで欲しいと切に願った

 そして不本意ながらも今は亡き父親の気持ちが少しだけ理解できた日だった…



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