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第二十五話 大我の五月病

 

「え…? どういう事…?」


「今日はイズミがお姉ちゃんになってよ」


「…私みたいな妹もういらないって事?」


「違う違う! なんか五月になってから妙に気だるくて…身の回りの世話してくれるイズミみたいなお姉ちゃんが欲しくなっちゃったんだよ」


「でも私ムリよ…普通に気に入らない事とか手が出ちゃうもの…」


「それは姉とかじゃあなく辞めなさい」



 たまには大我も甘えたくなるのだろう。イズミお姉ちゃんと大我くんという字面だけだと少し気持ち悪いが今日限定でイズミも承諾した。朝の配信からイズミの膝枕でだらだらと過ごす大我の姿に視聴者もすぐに違和感に気付き事情説明もお姉ちゃんであるイズミが説明した



「今日は兄さんは兄さんじゃなくて…大我くんになるのでお願いします」


「姉さんお腹空いた」


「ね…ンンッ…! 結構いいじゃないの…///」



 最初は元々狂っていた気が更に捻じれてしまったのかと心配したイズミも段々と楽しみ方を分かってきたようだ。普段は甘えてばかりのイズミもだらしなく寝そべっている大我の頭を撫でまわしご満悦な様子だ。今日の配信予定なんかも存外そつなくこなしたイズミは大我くんに朝ご飯を作る事に


 レンジで簡単にパスタを調理する事の出来る時短グッズを使いニンニクを潰しベーコンを切る。朝からペペロンチーノとはイズミらしいが大我くんはどうもお気に召さないようで…



「えぇ~…? 朝からパスタは嫌だよぉ…米食べたい」


「そう…? 私は全然気にならないけど…」


「魚がいい~、冷蔵庫にホッケが有るから焼くだけでいいよー」


「えぇ、分かったわ」



 普段から朝食に魚を食べる事の多い大我は魚の開きを常備している。分かったとは言ったものの魚なんか食べないイズミにとってはアジだろうがホッケだろうが見分けなんかつかないのだ。なんとなく棒状のまま開かれてない魚は結構な確率でサバの可能性が高い事だけは知っている。


 まぁどうせ味なんか大差ないだろうと開きになっている魚をグリルの中にぶち込み、それっぽくなるまで火を通した。



「あっ…アジだこれ…」


「あら、そうなの? まぁ豚肉と牛肉くらいの違いしかないでしょ。黙って食べなさい」


「うぅ…アジフライにしようと思ってたのに…」


「代わりにホッケをフライにすればいいじゃない」


「そういう問題じゃないの! 味なんか全然変わってくるんだから…」


「へぇ~、そう」



 特に気にもせず優雅にパスタを食すイズミを恨めしそうな目で見る大我くん。自分が想像していた姉弟像と少し違う気がするが作って貰っておいて文句を言うだけなのもどうかと思ったので洗い物は自分でした。ただ食後はいつもより輪をかけてダラダラとそこらに寝転がってみる。そんな大我は何も言わずに編集作業をしているイズミに違和感を覚えたため少し交渉してみる。



「イズミ~、一緒にサボろ~」


「まだ編集終わってない動画が残ってるんだからダメよ」


「姉さ~ん、枕~」


「…仕方ないわね」



 今日限定の甘美な響きに抗えず五月病の大我に唆され、イズミもダラダラと電子書籍を読みながら普段は二人で作業している時間を休日の様にまったりと過ごした。別に眠たくも無いのにゴロゴロする事なんか普段は無いので新鮮な気分だ



 いつもはイズミだけで食べるお菓子を二人で寝っ転がりながら食べる。表向きでは個人事業主なんて言い方をしているがこんな過ごし方をしてしまうと配信者なんて思いっきり怠惰な無職そのもので、逆に編集だとか配信をいつもは休む事無く続けているのはブラックすぎるとも思う。働く事と休む事は誰かの取り決めがなければ難しいバランスになってしまうんだと実感する



 あっという間に午後になり、気が付くとイズミの膝の上で大我は眠ってしまっている。いつもはあんなにテキパキ動いて甘えさせてくれる兄も、気が緩んでしまえば二十四歳の青年だ。思えば一緒に住むようになってから一年、寝顔を観察する機会なんか無かったんじゃないか?気が付けば自分より早く起きて寝る時はいつも自分よりも遅い。


 どんな生活リズムなのかと不思議なほどだがたまには今日みたいに甘えて欲しいと思うのがイズミの本音だろう。誰よりもかっこよく、たまにかわいい最愛の兄というのもアリだな…とイズミの口角は少し上がった


 この隙に編集作業を進めたいところだが、もし起こしてしまったら可哀想だと思い動くに動けない状態だ。ボーっと眺めているだけでも時間が過ぎるのも忘れてしまう。頭を撫で、まだ起きない事を確認すると頬を撫で輪郭をなぞる。



 顔のパーツをよく見ると確かに自分の兄なんだと実感するくらいには似ている。まつ毛も長く目つきは悪く…前に自分がした様にコスプレでもさせてみようかと考える。体つきはゴツイけれど案外化粧なんかもすれば女装も似合うんじゃないかと思える。


 まぁ自分でも化粧なんかした事ないから大田さんにでも頼んでみようか、と考えていると大我は目を覚ました。やはり床だと寝心地はよくなかったのか?一時間ほどで起きてしまい、もう少し眺めて居たかった気もするが寝起きの顔も可愛らしかったのでよしとする。



 起きたと言っても今日の大我は何をするでもなく再びゴロゴロと寝っ転がっている。まるで以前行ったネコカフェの猫のようだがイズミからすると大我の方が何倍も可愛いんだそうな


 普段は酒ばかり飲んでいる大我も今日みたいに何もする気が起きない日には酒すら飲みたくないのか、しまいにはチョコレートを手に取りムシャムシャと食べ進めている。イズミはわざと何も言わずに視線だけを大我に投げ続けた。普段の大我ならばすぐに気づいて分けてくれるのだが…


今日はそういう訳にもいかずただただ私欲の為にチョコを貪り続けている。今は甘い以外なんの感情もないのだろう、その様子を見てイズミは珍しい物が見られたとニコニコ笑っている。



 夕食まではまた膝枕タイムだ。少しすると大我はのそっと起き上がるとイズミの頭を撫でまた再び膝の上に戻ってくる。それを何度か繰り返すとイズミは大我に尋ねた



「どうしたの? 兄さん。今日は休んでてもいいのに…」


「うぅん…いや、膝枕は良いんだけどさ…ずっとイズミの下乳しか見えないから退屈で…」


「…言われてみればそうね」



 これは巨乳特有の現象であるが、している側は覗き込むように顔を確認できるが、されてる方はずっと乳。


一般的に痩せている体系であるイズミの場合はかなり懐深く寝転べるので驚くほど視界が乳である。世の男性からすれば退屈とは何事だと思われるかもしれないが、一緒に風呂に入ったり日常的に一緒に寝ているのに手を出さない異常人間の感覚はズレていて当然だろう



 結局同じ景色に飽きてしまった大我は今度はイズミを抱きかかえ一緒にマンガを読んでいる


 推理マンガを読んでいると犯人の方ではなく、どういった動機で被害者は殺されたのか?という方が気になってしまって最後の方から読みたくなってしまう。優しそうに見えてえげつない過去を持っている被害者なんかは大好物だ



 夕飯時、今日はなんと出前に寿司を頼むという。外に食べに行く時はイズミも肉系の物を食べられるが、出前で頼むとなるととてもイズミの満足する量の肉寿司なんかを運んで来れないと思い、いつもは控えている。


 しかし今日は特別だとイズミは言った。なんだか子供の頃に祝われた誕生日を思い出して懐かしい気持ちになる。


 金に困って普段は贅沢出来ないという訳ではなく、毎日こんな物を食べていると日常の幸福度が薄れてしまい、今日みたいにイズミが頼んでくれた寿司もいつも通りの味のまま嬉しさもせいぜい半分くらいになってしまうだろう。


 高級な寿司を毎日食べられる人生よりも、それなりの日々が毎日幸せに思える事が本当の幸福の証拠だというのが俺の持論である



 豪華な夕食に舌鼓を打っていると台所から物音がする。そういえばイズミの夕食を作っていなかった。いや、今日は俺が作る予定では無かったのだが…イズミと一緒に食べようと台所に向かうと自分の目を疑った。なんとイズミは買い置きしていた豚バラブロック三㎏を一生懸命牛刀でバラしていたのだ。


 豚の油は太りやすいしいっぺんに食べたらお腹も壊しちゃう、という事で普段から量に制限を掛けているのだが、寿司に目が眩んでいる隙に解凍も済ませてしまっていた



「イズミ…?」


「……姉さんよ」



 結局イズミにまるまる食べさせてしまった…こういう所で甘いのは良くないのだろうか。それでも"これから鬼でも殺しに行くのか?"と思う程夢中に肉を頬張るイズミが俺も好きな訳で、厳しくするなんて出来ないのかもしれないと思ってしまう。


 まぁ、今日は俺も柄にもなく贅沢をしてしまったのだからおあいこにしよう。…いや待てよ?もしかしてイズミは最初からこれを狙って寿司を頼んだのか?俺を台所に入れさせないようにして…人を疑うのはやめよう。きっとイズミは善意から注文してくれたんだろう。うん、きっとそうに違いない。


 煮え切らないまま配信で視聴者にも相談してみた所、ペットと親以外に同居人なんか居ねぇよ。と怒られ空気が重くなってしまったのでそれ以上は考える事を辞めた



 五月病は学生や新社会人が新たな環境に身を置いた際に溜まったストレスが引き起こす一過性の物だという。そんなの自分には関係ないと思っていたが、確かにジョンと配信をしてみたり大田さんに手伝ってもらったりと、今までの環境からは変わったかもしれない。


 それに、少しばかりイズミの事を女性として意識しだしたのも最近だ…ストレスなんて言い方は適切ではないかと思うが、心に多少の負荷がかかっているのは否めない。ちょうど今みたいな状況では特に…



「イズミ…兄さん明日起きる前に死んでるかもしれないよ…」


「今日は私が姉さんなんだから、いつもとは逆の立場で寝ましょうよ」


「もう日付変わるんだからいいだろぉ…これはちょっと…マズいだろぉ…///」



 流石にTシャツ一枚隔てただけの胸に抱かれて寝るのは異常人の大我といえど緊張するらしい。その様子を満足げな表情で眺めるイズミは今日一日で一番イキイキとしていた




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