第二十四話 コスプレイヤーイズミ
今日は以前からやりたかったイズミに色んな服を着せて、それを撮影しながらよだれを垂らそうという企画を配信する事にした。一応視聴者にもカメラマンという事で大田さんの存在は説明しているが、ハイジャック事件の際にテレビで顔が出てしまっている事から名前だけの紹介に留めている。昨今のネットでは何が有るか分からないので少しでも発信する情報は制限した方が身のためだ。
というわけで実は大田さんにも何着かイズミに着せたい衣装を見繕って来てもらっている。前回よりも明らかに元気に収録に臨んでいる事からイズミの事が好きで仕方がないらしい。実にいいですね
「じゃあ早速イズミには向こうの部屋で着替えて来てもらうから。準備出来たら出て来てね」
「扉開けて私が全裸だったらどうする?」
「どうも出来ずにチャンネルが消えるから勘弁してくれ」
恐らく冗談だろうイズミの言葉を聞いて視聴者たちが一瞬ざわついたのを見逃さず、少しだけカメラの向こうを睨んでおいた。俺以外の人間がイズミに欲情するのは未だに少し腹が立つ。自分でも悪い所だとは思っているがどうしようもない、ハンバーグの上に目玉焼きが乗っていると少し嬉しいくらい抗いようのない感情だ
着方が分からない服なんかは適宜大田さんに手伝ってもらって撮影していく事に。鼻息が荒くノイズを生む大田さんにマスク着用を義務付け、一着目の衣装を着たイズミが扉の向こうから出てきた。
太ももの部分に深くスリットの入ったチャイナ服に身を包み、少し歩き辛そうに出てきたイズミに地球上の雄はこの放送を見ずとも何かを感じ取った事だろう。それほど、他の追随を許す事のない美しさだった。 一世紀前に産まれていたならばイズミを象った偶像崇拝が世界中に溢れていたかと思うと恐ろしい。一種の聖遺物とも言えるほどの神々しさは直視するのも憚られるほど美しく尊かった
それは女性の大田さんも例に漏れず目を細め衝撃に耐える事しかできていなかった。それでも下から舐めるようなアングルで撮影するその姿はジャーナリズム精神にあふれた戦士そのものだった。
一着目からなんとカロリーの消費する企画だろうか…俺も大田さんも見ている視聴者すらも息切れを起こしている。そもそも170㎝を越える黒髪の地球最美女がチャイナドレスを着るという行為は殺人にも等しい罪であり創造にも等しい神秘ではないかと学会に問いたい。
二着目の衣装は大田さんが持って来たのだという。素人考えで俺のイズミを着せ替え人形にする気なら今この場で打ち首獄門の刑に処すと伝えると大田さんは余裕の表情で笑った。『舌を嚙まないように気を付けてくださいね』とだけ言って。扉から出てきたイズミを見た瞬間その言葉の意味するところを理解する。
執事服に身を包み、肩越しに三つ編みの長い髪を下ろしている男装の麗人を前に、地球上で最も優秀な雄を自負するこの俺の心の中の子宮がイズミの子を孕みたいと暴れているのが分かる。これでは本物の子宮を携えている大田さんはどうなってしまうのだ…?恐る恐る彼女の方を見るといやに冷静な様子でカメラを構えている。
否、彼女の意識は既にこの場から切り離され虚空を彷徨っていた。それでもカメラを手離す事無く自らの生命力をその右手に宿したかのように撮影を続けていた
もしも明日世界が終わるのならばその現象にイズミと名付けよう。それなら誰も居なくなってしまったこの世界も次の世界を作る活力になるだろうから。
意識を取り戻した大田さんの目からは自然と涙が流れていた。見えずとも理解しているのだろう、先程のイズミの美しさを。これは中々に手強いイズマー(イズミ愛好家)と出会ってしまった。それでもこの衣装を前に彼女の命も途絶えるだろう。短い人生とはいえ死因がイズミならば彼女も本望だろうとイズミが出て来るのを待つ。
すると扉の向こうで助けを呼ぶ声が聞こえる、どうやら着方が分からないというので大田さんに手伝ってもらう事に。羨ましいがここだけは紳士として我慢しようではないか。すると数分後にとんでもない爆音と共に扉の向こうから大田さんが吹っ飛んできた
「お、お兄さん…逃げてください…このままでは…ぐふっ…」
それだけを言って事切れる大田さんの遺体越しにイズミが姿を見せる。
機関銃を持った眼鏡メイド、それすなわち因果律を捻じ曲げるほどの衝撃。普段から実は俺にキレてるんじゃないのか?と思う程目つきの悪いイズミがご主人様に奉仕するメイド服を着るという矛盾。さらにその手にはメイドのイメージとかけ離れた機関銃を持ち、矛盾の先に待つ矛盾はもはや剣盾一体…世界平和をもたらす者とはイズミの事なのかもしれない。
人類はイズミを見ながら戦争できるか?答えはNO、断じてNOだ。中国に居た頃マフィアに後ろから殴られた時よりも脳が揺れ、気付くと目の前に地面が有った。完敗だ、この部屋に二体の骸が生まれたと同時に世界は平和に満ち溢れた
イズミに殺された俺達はイズミによって生き返った。輪廻とはそういうものであるとブッダも言っていた気がする。気のせいか俺も大田さんも肌の艶が良くなっている。イズミには若返りの効果もあるのかもしれないが今更驚く事でもないだろう。今の我々はイズミを待つ、それだけしかできないのだから
大田さんの持って来た衣装を着たイズミはただただ美しかった。巫女服…ね?女でなければ俺は大田さんの事をぶん殴っていたかもしれない、何を考えているのかと。神より上位の存在であるイズミが何に仕えるのか?と小一時間問いただしたいくらいだ
そんな俺の思考を察してか大田さんは不敵に笑った。『まるで足りていない"教養が"馴染んでいない"環境に"』その言葉でハッと我に返った俺は自分を恥じた。そう、これは就職試験なんかではない、コスプレなのだ。
神より上位の存在であるイズミが巫女服を着る機会なんてここしかない。イズミがコスプレを披露するほど親しい仲でなければ見る事の出来ない禁断の果実…アダムとイヴは『巫女服のイズミが見れるよ』と蛇に唆され誘惑に耐えられなかったのだろう。それを知った人類は皆彼らを許す筈だ。禁断の果実を前にした今の我々の様に
時間も早い物で次の衣装が最期の衣装だ。言葉は無くとも二人は通じ合った、また必ずやろうと
俺がどうしてもイズミに着て欲しかった衣装、それはゴスロリ服だ。ゴシックロリータと呼ばれサブカルチャーの世界では親しまれているこの服装。西洋の少女が身に着けている印象が強いだろうがイズミではどうだ?
ゴスロリを着たコスプレイヤー達はお人形さんみたいだね~と言われる事も多いだろうがイズミの場合人形であってくれと思う程、生物とは思えないほどの完成度なのだから『あれ?イズミ~?どうしたんだこの人形?』こうなるんじゃないか?そう思っていた。
しかしイズミが出てきた瞬間に取った俺の行動に自分自身が驚いてしまった。なんと俺はイズミのスカートの中に入り込みそこに住もうと考えていたのだ。
ふくらはぎが辛うじて見える程の長いスカート丈が俺を誘っている様にしか見えなかった。
現世に存在しているどんな物件よりも住み心地の良さそうなその立地が、とても魅力的に見えてしまったのだ。我に返った俺は深く深呼吸してからイズミの秘境から出てきた
そしてイズミの方に向き直るとそこに居たのは人形だった、比喩表現でもなんでもなく本当に人形が服を着ていただけだったのだ。確かに深呼吸した瞬間にイズミの匂いはしなかった。
どうやら服の脱がし方も分からないし着るのもめんどくさそうだから辞めたとの事だ。それなら仕方ないよね、と笑いながら大田さんの方を振り返ると軽蔑の表情たっぷりに俺の事を見ていた。別にスカートの中で生活しようとしてもいいではないか。そう思ったが大田さんに引っ張られ小さな声でメチャクチャ咎められた
「お兄さん…控えめに言って最低です…」
「なんだよ、スカートの中で生活しちゃダメなのかよ。妹のスカートの中で!」
「はぁ…普通ウエディングドレスとか用意するんじゃないですか…? お二人にとっては着る機会なんかここ位しか無いじゃないですか…」
「……うん」
それから俺は自己嫌悪の末数日寝込んだ。確かに表立って式を挙げる事の出来ない俺らにとってはここくらいでしかウエディングドレスは着られない訳で…なんだか不甲斐なさやら情けなさで頭を抱えてしまう…畜生…
すると部屋の中にイズミが入ってきた。冷凍食品ながらもおかゆを作って来てくれたらしい。それだけでも涙が出てしまいそうなほど今の俺はメンタルに来ている。そしていつもでは考えられない話しをイズミに打ち明けてしまった。
「ごめんなぁ…今考えたらさ…ウエディングドレスとか着せてやるべきだったわ…」
「??? どうして?」
「いやだって…俺達は式とか挙げられないし…」
その言葉を聞いてイズミはくすくすと笑っている。少しの沈黙の後にイズミは大我に向かってその胸中を語りだした
「ねぇ兄さん、女の人生って結婚だけが幸せじゃないって…知ってる?」
「まぁよく聞く話ではあるけど…」
「関係ないわ。私は一緒に居て幸せな人と生涯一緒に居たいから、だから兄さんと結婚したいの。その制度で貴方の事を縛りたいだけなのよ」
「別に浮気なんかする気ないよ…イズミ以外の人間なんか…」
「であれば私は結婚なんてしなくていいわ。貴方が隣に居る事が何よりの…幸せなの」
でもドレスを着てみたいのは少しあるかもね?とはにかんだイズミの顔を見て俺は心に決めた。妹ではなく、たった一人の女性として見る事が出来るその日まで絶対に魅力のある人間でいようと。目が離せないくらい、どうしようもなく気になる存在で居続けようと
この日の出来事は二人にとっては何かを確かめるのに十分な時間だった。
次の日には大我の体調は驚くほど快方に向かい、いつもよりハツラツとしていた。それがイズミによってもたらされた活力であるとは視聴者や大田さんでも知る所では無かった




