第二十二話 酒乱の大酒飲み、大田
前回のあらすじ、普段は大人しい元CAの大田まさみは酒を飲んだ瞬間デリカシー皆無の酒乱女へと変貌してしまった。カメラを回しながらその様子を観察する事にした如月兄妹は顔に満面の笑み浮かべながら肉をつつくのであった
「だぁからわらしは言ってやったんですよぉ~! そんなの絶対間違ってるぅ~!///」
「そうだそうだー、言ってやれー」
「楽しむのは結構だけれど、飲ませすぎて吐かれても困るわよ兄さん」
「安心しろ、酒飲みの吐きそうな兆候は見慣れてるから対処がしやすい。今はただ酔っぱらいの堕落を一緒に楽しもうじゃないか」
次々と酒を開けてはグビグビと飲み干していく大田さんは普段の内気な様子とは打って変わって大我達の関係に首を突っ込んでくる。
「大体なんれすかぁ~? 二人とも、本当に兄妹なんれすかぁ~?/// そぉ~れにしてはぁ仲が良すぎる気がするんれすがぁ~ねぇ~? ひっく///」
「確かに他の兄妹と比べたら仲は良すぎるな」
「愛し合ってるものね」
「へぇ~…愛し合ってぇ~…うっ…うぅ…羨ましいよぉぉ…ヒック…うぅ…///」
「今度は泣き出したわ」
「よくある事だ。愚痴でも聞いてやればすぐに機嫌がよくなるよ。どうしたんだい大田さん?何か悩みでも?」
「それがぁ~…今まで男の人とお付き合いした事もなくてぇぇぇ…私って女としての幸せを全然味わえてないっていうかぁ…エウッ…///」
中学で初恋が実らずそれ以降もこれといった異性との交流もなく、就職後に同僚から誘われて何度か男性を交えた飲み会をした事もあったのだが、その中でも下心の透けた男性からのアプローチで冷めてしまい、遊びのキスすらまだした事が無いのだ。
平時からまだ子供の様な清い恋愛に期待している自分が悪いのかと悩み続け、あの頃の自分がもっと恋愛に積極的で、経験を経ていれば大人になってから違った恋愛観が根付いていたかもしれないと後悔してもしきれない状態だった。
「わかるわかる。もっと一夜限りの関係とか許容できる性格だったら人生変わってそうだよね」
「かといって兄さんに手出したら何の面白みもなく殺すわよ。ただの殺人をするわ」
「イケメンは苦手なんです…なんだか同僚の女性からもいい噂あんまり聞かなくて…とっかえひっかえとかそういう噂を…グスン…///」
「兄さんが女とっかえひっかえなんかする訳ないじゃない。ぶっ飛ばすわよ」
「酔ってんのかお前は。そうは言っても俺達もキスすらした事ないからなぁ。まともな恋愛観持ってるかと言われると疑問だよなぁ」
こういう恋愛話は大我やイズミも他人事ではなく、現在の日本では兄妹同士の結婚は認められていない為、例え心の底から愛し合っている彼らも戸籍上ではただの兄妹の域を出ていない。しかし広義的に見ればただの男と女、一度欲望の矛先が向いてしまえばどうなるかは言うまでもないだろう。
そのワンステップを乗り越えるのが兄妹という性質上かなり難しい事だった。少なくとも大我の中ではだが
「キスかぁ…どんな感じなんだろうなぁ…私も一回くらいは経験してみたいなぁ…はぁ~…」
「ほらイズミ、してあげなさい。大田さんが困ってるんだから」
「なんで兄さんともまだなのに一生に一度の大切なキスを酒臭い女と済ませなきゃならないのよ」
「神田さぁ~ん…お願いしますよぉ~…///」
「その気になるんじゃないわよ。兄さんはいいのかしら? 私の初体験が他の人間に奪われるのよ?」
「俺の幸せと女性同士のキスとを天秤にかけた結果、ギリギリの所でキスという判定が出た」
「百合好きおねショタ趣味にNTR趣味も併発したらいよいよ終わりよ兄さん」
「頼む、出来れば癖になって欲しい」
「神田さん、一回だけでいいんですぅ/// 実は中学の頃こっそり匂いとか嗅いでました///」
「離れなさい、なにを気持ちの悪いカミングアウトまでしてるのよ。初めては兄さんと舌inでって決めてるんだから絶対に無理よ」
「初めてで舌入れられる予定なのか俺は…」
すっかりBBQを忘れてただただ酒飲み二人がイズミに絡むだけの時間は日が落ちるまで続いた。すっかり活動限界時間を迎えた大田まさみを家まで送り届け、火の始末や余った食材の後片付けをして二人はすっかり暗くなってしまった家路へとついた。
家に帰ってくるともう習慣化した動きで流れるように配信をスタートし、少し遅めの料理配信となったがこの日はただただ肉やつまみを焼くだけの簡易的な飲み配信となった。見ている視聴者もそろそろBBQの季節か…と夏の景色に思いを馳せているが、一人では中々思い切ってBBQセットなんかは買いづらいと困っている様だ。
社会人になると家でただただ寝て過ごす休日の価値がグンと上がるので、わざわざ外に出る機会が本当に減ってしまうという
そこで大我は視聴者に炉端焼き機を薦めてみた。一人用の簡易網焼き機という事もあって価格帯も一万円程度の物が多く、煙の上がる食材を一気に焼かなければ換気扇の無いリビングでも温めながらツマミを食べられる優れものだ。
大我はイズミと一緒に暮らしているため大量の食材を温める事の出来るホットプレートを使用しているが、一人暮らしなら間違いなくこれを利用しただろうという。
ダラダラと一人で酒を飲む事が出来れば休日なんてあっという間に過ぎ去ってしまう。ただ今回久しぶりにイズミくらいの年代の女性と話をして気付いたのは、家にいるからと言って誰しも酒を飲むとは限らないという事だ。じゃあ逆に皆は休みの日に何をしているのか教えて欲しいくらいだ
黙って家にいるなら酒を飲むくらいしかする事は無いんじゃないのか?視聴者はゲームをしている人や、そもそも家の中で過ごさない人だとかも多かった
自分の生活がいかに家の中で完結しているか思い知らされる。正直言って東京という土地にどんな店があるのかもよくわからん。酒屋とスーパー、あとは外食もするがそのどれもがチェーン店ばかりだから、通りで金が減らないわけだと思う。車も時計も身なりにも金を使わない人間は、ただただ他の国民よりも税金を多く払っているだけの人間なんだろう。
こういう部分を大田さんに聞いておけばよかったと後悔したが、どうせあの様子だと知りもしないだろう。であれば朝陽さんに聞いてみようか?亀の甲より年の功とはよくいった物で、若い頃に行った店なんかも教えてもらおう。
イズミと居れば家の中でも十分幸せだとは思っていたがたまに外に出てみれば意外な発見もあるかもしれない。視聴者からもゲームセンターや本屋、メイド喫茶なんかが休日の遊び場として紹介されたのだ。先日のネコカフェがかなり好評だったので休日の過ごし方なんかを動画にできればまた皆に楽しんで貰えるだろうか。
ただ前回のネコカフェでも感じたが、撮影しているイズミの方でも皆に見て欲しくなるような映像が見えているんだが、いい加減イズミの代わりになるカメラマンなんかを雇って二人で画面に納まりたいとも思っている…ただそう都合の良い人間が居る訳もなく…居るなぁ
そうだ大田さんにやらせよう。今回撮った動画でゆすってバイト代も払おう。昨今の子供が熱心に柔道なんかやらんだろうから暇してる時間も多いだろう。俺以外に興味を示さないイズミも大田さんとならコミュニケーションがとれるだろうし、いい事ずくめじゃないか
今後も外出する際にはなるべく動画を撮って披露できるようにと告げ、この日の配信は少し短いながらも視聴者から有益な情報が聞けた事に満足し、充実感と共に終えた
「それにしても大田さん嫌がるんじゃないかしら。正直今日だって彼女が兄さんに好意を抱いてるものだと思って冷たく接してしまったもの」
「いや気にしてないと思うぞ? 多分覚えてないだろし。飯も食べさせあってて少なくとも俺は微笑ましく見てたよ」
「窒息させる気で詰め込んでたわよ」
イズミは気にしてるみたいだけどそれだけで少し嬉しくなってしまう。イズミが俺と一緒に住むようになってから他人の事を気にかけたりなんか一切して来なかったのに、大田さんと中学校以来久しぶりに会っても覚えていたくらいだから、珍しく人間として認知していたんだろう
これからもイズミと仲良くして欲しいと兄として思ってしまう。
風呂に入りながら明日の予定や出来なかった花見の話などもしながら、イズミの行ってみたい場所についても聞いてみる。食べ放題という意見も何度か出ているが…まぁ前向きに検討してみよう
大田さんが撮影してくれるなら日常的にイズミのコスプレなんかも撮影できるかもしれないと考えたら俺も少しテンションが上がってしまいネットショッピングで衣装を何着か見繕ってしまった。
まだまだこれから先も楽しい事が待っているのだから、人生も意外と捨てた物では無いなと考えて、二人で眠りについた…
当たり前の様に言っているがなぜ一緒に風呂に入って一緒に寝ているのか?と、次の日起きてからイズミに問いかけた。チラっとこちらを見て舌打ちをしたイズミの悔しそうな顔が忘れられない。




