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第二十話 春はいつまで青いのか?

 

 そういえばこの春という季節になると、SNSなどでも新社会人や高校生を題材にした絵が増える。


 正直俺とイズミがまともな青春を過ごして来たとはとても言い難いので、多くの人と同じ思い出に共感出来ないのが少し残念な気はする。学生生活では多くの人が文化祭だの体育祭だので盛り上がったんだろうがそういった思い出は一切なく。楽しさがいまいち掴めていない



「失礼ね。私は中学まで学校に通ってたんだから経験済みよ」


「……言われてみればそうだったな」



 何て事だ、勝手に仲間だと思ってたけどイズミはどちらかといえば学校内のカースト上位グループに所属していたんじゃないか?孤立していたのではなく孤高のポジションとして。前会った同級生の大田さんも憧れてたとかそんな事言ってたし、イズミは結構そういうイベント事も楽しんでたんだろうか?否、絶対にそんな事ないと断言できる。イズミに限ってそれだけは無いだろう。



 それに今から学生として催し事を経験したいかと言われると、正直皆で協力してとかは絶対にしたくない。集団行動だの上下関係だのが面倒に感じるからネットをやってる側面もあるので勘弁してほしい


 よく聞く一体感だとか達成感だとかは…まぁ言わんとしてる事は分かるんだが批判を恐れずに言うならば、俺一人で十分だから勝手にやらせてくれと思ってしまう。



 少し休憩すればちょっと男子!と女子から言われ、やたらと準備をサボろうとする男子が多いというのはネットの情報で見た事がある。そんな奴らと一緒に作業なんか出来るとは思えない。感情を殺した機械の様に、黙って手を動かすだけの奴隷教育を施すのが日本の教育理念だろうに、それすらも出来ずに何が教育か。


 こんな考え方だから、例えまともな人間として学校に通って居たとしても周囲に馴染む事は出来なかっただろうと我ながら思う



 自分を含め、小さい頃に大人から落ち着いていると言われていた人間は多いのではないか?


 その類の人間は大人になってから気付くんだ。落ち着いていたんじゃない、人生に熱量が無かっただけなんだと。なにかに熱中できないから落ち着きだけはある。いいや、それしかない辛うじて呼吸をしているだけの空っぽな器だったんだ。人生に熱中できている今だからこそ言える、今の日本には昔の俺みたいな人が多い様に感じる



 あの時の自分に今の俺と同じ様に熱量が有れば何が出来ただろうか?あの時の自分は何をしたいだろうかと考えてもやりたい事なんてなかった。出来る事なんか今の方が全然多いんだから、学生時代とは自分達で生み出すしかない不自由さが楽しさを彩っていたんだろう




 学校祭でやった出し物からなりたい職業を見つけた人間はどれだけいただろう?

 体育祭の種目で才能が開花し、陸上の道に進んだ人がどれだけいるだろう?


 それからの人生で何の役にも立たなかった人の方が多いはずなのに、学校の行事といえば?という問いには必ず名を連ねてくるのがこの"学校祭"だ。それだけ楽しいと感じる人が多かったんだろうな



 ただ、大学で同じ様に出し物をするとなると演劇には熱が入り、お化け屋敷には演出が必要になる。みんなが大人になって技能を身に付けなくてはならない時期に差し掛かった証拠だろう。


 青春とは一般的に何歳まで続くんだろうか?俺は高校生までが最期の青春と呼べるものだと思う。ただ大人になってから昔馴染みの仲間とまた出会い、昔の様に遊ぶのも青春と呼べる時間なんだろう。


 時間は巻き戻せないけれど、空気感は確かにあの時のままに。

 あの日背に受けて帰った茜色の日差しは、今は夜の街に輝くネオンに代わってしまったが


 そんな当たり前の変化が自分には眩しく、どれだけ手を伸ばしても届かない物の様に感じられた



「…なんとなく分かるな」


「なにが?」


「俺がどうしてこんなにも配信が楽しいか…」


「どうして?」


「…イズミと一緒だから」


「そうでしょうね」



 何を急に当たり前の事を言い出すのかと思いきや、春という季節でセンチメンタリズムに浸りたい気持ちも分からないではないけれど、私から言わせればこれからの人生を考えた方が建設的だと思うわ。どうせ今からでもあの空気感を追体験する事なんか容易くできるんだから



 何てことは無い特別な空気感に酔いしれているだけよ。リーダー気取りの人間と不良アピールにサボる人間、真面目アピールで咎める人間。それぞれがそれぞれの役割を演じる事に酔っているおままごとの延長線上。学校祭なんてただそれだけなのに



 未知の物には余計な色がついて見えるっていうけどそれは事実でしょうね。兄さんからすると学校生活なんてちょっとリアルな恐竜とかと変わりないロマンの塊、かつて失った物かの様に感じてるんでしょうけど…青春なんていつまででも続いているわよ


 私にとっては兄さんと居る今が青春なんだから



「兄さんは、私の事どう思ってる?」


「どうって…大事な妹だし世界で一番いい女だと思ってる」


「じゃあどうして抱いてくれないの?」


「なっ!? なんでそんな事今聞くんだよ…」


「答えて」



 そんなこと言われても…それは兄妹だから?俺に意気地がないから…というより兄妹で子供を作る事自体がタブーで…つまり俺がイズミを抱く理由は性的快楽の為にイズミの体を使うという男としては最悪な行為で…愛情とはかけ離れた…


 頭の中で反芻しても正解なんて見つからなかった。イズミになんて言えば納得して貰えるかなんて思いつかない…俺の頭でも納得のいく答えなんて出てないんだから



「どうなの? 兄さん」


「その…俺達は兄妹で…」



 苦しい言葉だ。そんなの分かりながらもお互い心の中で通じ合っていると思っている


 こんな言葉なら言わない方がマシだ。自分のプライドだけを守る小さな言葉、未来に先延ばしにするだけの何の意味もない…



「そうね。じゃあそれでも良いわ」


「うん…え? い、いいのか?」


「私はね、一瞬でも兄さんの頭の中が私で埋まれば満足なのよ」



 どうしようもなく、息を吸うのと同じくらいに私は兄さんの事だけを考えているのに…兄さんはすぐに私の事を飛び越えて置き去りにしてしまう。そこだけは兄さんに治してほしい部分かもしれない


 世の中の物差しが自分基準で、なんでも難しく考えすぎるのは私が諫めてあげればいいんだから。


 だからいつも、私の傍を離れないで欲しいだけなのに…



「兄さんが頭の中で思い描いている大概の物って、案外簡単な事なのよ」



「そう言われても、自分の目で見た物しか信じられない性分だから…」



「だったら、私の目で見た物も信じてくれればいいじゃない。どうせ…」



 大我の膝の上に跨り、鼻が触れ合う程の距離でイズミは大我の目を見つめる



「私の人生なんて兄さんの物よ」



 大我はそれに呼応するようにイズミの頬を撫で、笑みを浮かべた


 唇を指でなぞり、愛おしげに髪を撫でて目を逸らさずにハッキリと言った



「いや…イズミが、俺の人生なんだ」



 ──これから先も、彼がいてくれたら

 

 ──彼女がいてくれるなら



 "過去の事なんかどうだっていい"



 青い春が過ぎ去っても、私達には訪れる

 赤い夏も、黄色い秋も、白い冬も一緒に過ごそう

 どんな色でも雨上がりの様に晴れ渡った空だから

 君と一緒ならどこまでも行ける気がするから

 隣に君さえいてくれれば…


 何年先でも何十年後もきっと──




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