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第十九話 タイガーVSネコ

 

 今日は企業からの案件でネコカフェを動画で紹介する事になっている。


 普段は案件なんか受けないのだが、どうにもイズミの方が興味津々なようで。道端で野良猫を見かけても特に可愛がったりしないのに今日は一体どういう風の吹き回しだろうか?しまいに飼いたいだなんて言い出した日には説得するにも骨が折れそうで勘弁して欲しいところだ…


 入口でネコに食べさせるエサを一皿五百円で買う事が出来る。こんなちょっとの量で五百円とは…少し人間から可愛がられるからっていい気になりやがって、阿漕な商売だまったく



 エサを購入してからネコが待機している部屋に向かうまでの間にも、様々な刺客が待ち構えている。キャットタワーで物欲しそうに覗き込んでくるデブネコや、階段で通せんぼしてまでエサをたかりに来るぶちネコ。まったく、こんなところでエサを消費していては店側にいいように搾取されるだけではないか、と俺はエサを二つ買い足し目当ての部屋にようやくたどり着いた。



 ネコ猫ねこにゃんこ、どこを見てもネコだらけじゃないか。毛が飛び散っては服を掃除するのに時間が掛かってしまうからだろうか、どのネコも毛並みがツヤツヤで撫で心地のよさそうな個体ばかりだ。確かに毛並みも野良猫と同程度であれば完全に詐欺なのだから、まぁ一つ目のラインはどうにか合格点だろうか。かろうじて店としての体裁は保っているのは分かった。



 ただ元来、小型動物から嫌われている事でお馴染みの俺の元に寄って来るネコは居ないだろう。人間に寵愛されるように進化してきた卑しいこいつらは、自分達にエサを寄越す動物を見極めてすり寄っていく。女子供が好かれるのはそういう理由だ、浅ましい考えだなネコとやらは




「ニャー」「んなーぅ」「みゃ~」


 めーーーーっちゃよってくるじゃーーーーん……なぁ~にこの子達はぁ~? えぇ? 知ってる? おぬしら我のネコ好きとっくに存じてるぅ~??? エサが無くなってしまった…買い足さねばむっふぉい!



* *



 兄さん、喜んでくれてるみたいね。毎回毎回野良猫を見つけては逃げられて悲しそうな顔をしていたからまさかとは思っていたけど、本当にネコが好きだったなんてね。ギャップで死にそうだわ。


 ただ兄さんがあれだけ私以外の動物に群がられているのを見ると正直バチバチに嫉妬しちゃうわね。あとこいつらくっせぇ、獣の匂いがするわ。食べられない肉にはそこまで興味がないのよ兄さんの方に行きなさいネコども



 このなんか棒の先にネズミが付いている物で兄さんの方に誘導できないかしら。そら、あっちのマッチョの方に行きなさい。遊んでくれるわよ、こら、それを掴んではいけないわ、この…こっちよ、兄さんも見てないで自分の方から誘い込むとかしないのかしら。そういう所はネコにも私にも奥手なのね、この意気地なし。好き。



* *



 いぃ~~~~なぁ~~~~イズミぃ~~~~…それ俺もやりたいのにぃぃぃ……



 でもイズミも楽しんでるみたいだし兄さんなんだから少し我慢しよう。お前らは猫じゃらしで我慢してくれるか?ほれほれ、もしもこの街でネコ界のカリスマがプロパガンダを提言し、ストネコ達が街を出る事になっても自然で強く生きられるように、俺がお前らを鍛えてやるからな。ふん、そいや、そいや。なかなかいいジャブだ、かわいいなお前。そいやそいや。



 遊びが一段落したら体の上にエサを乗せ、全方位ネコだらけの楽園を作る事に。



 大胸筋や腹筋の上には我先にとネコが群れを成し、俺の体の上はネコ達のジュリアナ東京さながらだ。もうここに住んじゃおうかな?役所行って住民票ネコカフェにして貰っちゃおうかな?



* *



 兄さん、とうとう成金の女遊びみたいな事をし始めてしまったわ。そうなったら人間終わりよ



 野生動物の間では腹を見せる事は服従のポーズ、人類の頂点がこんな畜生共に制圧されるなんて無様にもほどがあるわね。写真撮っておきましょう。かわいいわ兄さん、こっち向いて兄さん。


 他のネコも連れてきて上から降らせましょう、兄さんにネコ爆弾をお見舞いするのよ。なんて幸せそうな顔をしているのかしら、きっと私が膝枕している時とかもあんな顔をしているんでしょうね。胸が邪魔でいつも顔は見えないけれど。そうに違いないわ、私がネコ以下な筈がないもの。


 他に何か兄さんが喜びそうなグッズはないかしら?メニューで追加できるアイテムは…えっ?こ、これは…流石にこれはやりすぎかもしれないけれど…兄さんが喜ぶのであればやぶさかではないわね。注文しておきましょう、そしてこのアイテムを使って兄さんと交渉するのよ。



* *



「兄さん、こっちを見て。新しいアイテムが到着したわよ」



 そうだ、ネコに夢中で忘れていたが今日はイズミも一緒に来ていたんだ。危ない危ない。それにイズミめ、新しいアイテムを注文だなんてちゃっかり自分も楽しんでいるではないか。どれどれ、ちょっと見させてもらいますか…ああああぁ…!!あぁぁ!?あひんっ!!イズミが手に持っているあれは…!!



【名札付き銀のネコ皿】千二百円+【高級本マグロ缶】八百円



 何てことだ…流石に俺も注文を戸惑ってしまう様なアイテムをいとも容易く…世のお父さんたちのお昼ご飯よりも高い猫缶を、しかも量は先程のエサよりも少ないのに…!!


 何よりも名札付きのネコ皿はその子にだけ個別で与える権利を持つ、つまり一時的に所有権を得るという事ぉ…!!欲しい…ただし選べるのか?この大勢のネコの中から自分だけの推しをッ…!?



「取引をしましょう兄さん。この皿とエサを兄さんにあげてもいいわ、ただしこちらの交換条件を飲んでくれたらね」


「な、なにを馬鹿な事を…そんなもの俺も頼めばいいじゃないか…! たかだか二千円、払えない額じゃ…」


「時間を見てご覧なさい兄さん」


「はっ…!?」



 撮影終了時間まで残り五分…これから注文して動画の締めもある…おそらくここがラストチャンス、イズミの条件を飲むしか俺がネコにエサをやるチャンスは無い…あげたい、特別な存在に…たかだか二千円でこの欲求が満たされるのであれば…安い物だ!!



「いいだろう…その交換条件、言ってみろ!」


「今日一緒にお風呂に入りたい!!」



 俺は白くて大人しい雌猫のマイルちゃんにエサをあげた、今日一日俺の所に寄ってこなかった唯一のネコだからだ。気だるそうにエサをペロペロと食べるその姿がなんだかイズミに似ていた。


 「やれやれ、どうせ私に食べさせたかったんでしょ…?」と言わんばかりのこの高慢な態度がネコの好きなところだ。それはイズミにも共通していて、駆け引きなんか必要とせずに好意を好意として正面から受け止めてくれる素直さが大好きだった。


 このネコカフェではまだまだ紹介しきれてない魅力がたくさんあるので、また次回も撮影させて欲しいと思った。



 ネコとの触れ合いに狂喜乱舞して疲れてしまったので今日はスーパーではなくデパートで出来合いの夕飯を買って帰る事にした。


 スーパーの弁当と比べるとかなり割高だが、最近のデパ地下には各地方の有名店が軒を連ねている。そこで買う弁当はどこかに旅行をしなければ食べられないような本格的な仕上がりで、給料日に少しの贅沢をするにはもってこいの場所となっている。


 いい事があった今日みたいな日には相応しい夕食と言えるだろう



 仙台の牛タン弁当は麦飯を使っており店頭で実際に牛タンが焼かれている。松坂牛の端肉を使った焼肉弁当なんかも安価で販売されているじゃあないか。今の日本では平気で毎日これが食べられるようになったら小金持ちの仲間入りと言えるだろう。


 イズミは迷う事なくその二つの弁当をカゴに数個詰め込んだ。今日も妹は肉ですか…となると海鮮や野菜が食べたい俺の欲求を叶えてくれるのは"アレ"しかないだろう。



 そう、天丼だ。かぼちゃレンコンさつまいも、それとししとうが嬉しい野菜ゾーン。ホタテとイカはもちろん定番のエビが二尾乗っている海鮮ゾーンでの影の主役はキス天だろうか。



 他にもデパートを利用するたびに優秀だと思うのはツマミなどの乾物コーナーがかなり潤っている事だ。おそらく贈り物などに選ぶ人もいるのだろう、海外メーカーのジャーキーや牡蠣の干物なんかも置かれている。牡蠣の干物は買って帰ってオリーブオイルに付けておこう、あとは柿ピーやら海苔やらも買って帰ってチビチビ飲むとしよう。



 季節は春だが、少し先の夏に向けて服なんかも見て帰る。別に今買うわけではないがイズミに似合いそうな物なんかあったらネットでそれと同じものを注文してみたりだ


 俺達は普段着る服はお互いに選びあっているので自分の服はイズミが見繕ってくれる。こう見えて中々にセンスがいいから安心して任せていられる。



 たっぷり店内を物色した後はもう帰るだけだ。外食して帰れば時間の節約にもなっただろうが、イズミと一緒に居れば人生に無駄な時間なんか無い、撮影後に長時間歩いてから帰るのも別にいいと思えた。



 それに今日は勢いで承諾したけれどイズミと風呂に入るんだった。腰まであるイズミの長い髪を一人で洗ったりするのは大変だと常々思っているので、たまにはこうやって二人で入って洗ってやるのもいいかなと思っている。前回一緒に入った時もイズミが寝違えて肩を痛めた為、頭を洗えなかった事が原因だったのだから。


 大変なのは分かるが、イズミに髪を短くすると言われたら少し渋い顔をしてしまうかもしれない。


 今の長い黒髪はイズミによく似あっていて、風呂上りに俺が乾かすのも好きな時間だからだ、我が儘だと分かってはいるが無くなられては困るなと思ってしまう。




 半日ぶりの自宅だが、まだ先程の動画の編集作業も残っているため素直に喜びづらい。


 帰ってからすぐに配信を付け、晩御飯を食べながらデパートの話なんかをしてみる。日常的に利用している人はそれほど多い訳では無く、新鮮な話題に明日行ってみようかな?と言っている視聴者もちらほらいた。こういう些細な日常の変化を促しあえるのが配信をやっている事のメリットだ


 また地方によって特産品の種類も違ったり、展開されてる物産展にも色があるらしく面白そうだと思い【どの都道府県のデパートから送られてきたお歳暮が一番嬉しいのか選手権】でもやってみようかとその日は県民色豊かな話題で盛り上がった。



 配信を終え二人で風呂に入った。イズミとこれだけボケーっとする時間は久しいかもしれない。こういうふとした時間が兄妹であると実感する


 きっと恋仲である女性であれば意識してしまうんだろう。まぁイズミの事を好意的に思ってはいるのだが…そういう事じゃなくて、兄妹ならではの安心感がこの空間にはある



 髪を洗ってやる間にイズミは体を洗えてかなり効率的なやり方で、明日からもこれでいいんじゃないのか?なんて思ってしまうが、一緒に風呂に入る事までライフワークにしてしまうと人生における楽しみが減ってしまいそうで不安になる


たま~に一緒に入るからイベントの様な楽しみがあって、これが日常になる事でイズミに飽きられないかが少し不安なんだ。なるべく長い時間を一緒に過ごしたいと思う反面、特別に感じる事はなるべく残しておきたいと考えてしまうのは、まだイズミに対して臆病すぎるだろうか…?



 髪を乾かしている間に今日のネコカフェの事を頭の中で少し思い返す。ネコの毛並みを撫でている時間も幸せだったが、俺にはやっぱりこの妹に代われる生物はまだ存在していなかったようだ。


 サラサラと長い髪は乾かすのにかなりの時間を要するが、その間様々な角度でイズミの事を撫でられるのがこの時間が好きな理由だ。あのネコを抱きながら寝てみたい気もするが、今日はなんだかイズミを抱いて寝てしまいたい気分だ…


ただ、なんだか最近は少し一緒に寝すぎな気がする。最高でも週に一回くらいのペースでなければ当たり前になってしまう。先程も言った通り新鮮さが失われてしまうのだ



「今日、一緒に寝るか?」



 結局言ってしまった…イズミは何度も首を縦に振る。せっかく綺麗に整えた髪をぐしゃぐしゃと撫でて、また整える。我が儘な兄を許して欲しいと微笑みながら…




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