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最終話 如月兄妹は

 


「おはよ~今日も如月お兄さんと元気におはようの挨拶言えるかな~?」



 如月兄妹の配信は毎日朝の7時から始まる。

 これから会社や学校に向かう人間に対しての目覚ましや、これから眠る人達の睡眠導入のつもりで



「今日の晩飯はどうしよっかな……なんか食いたいものある?」


「肉」


「もっと具体性のある返答を期待したんだけどな」



「じゃあピーマンの肉詰めにでもするか」


「出た、バカみたいに野菜を食わせようとする輩」



 妹のイズミは肉食主義者でいつ如何なる場合でも自ら進んで野菜を摂取する事は無い。時にはネギやにんにくなどを薬味として摂取するのだが、本人はこれを野菜だとは思っておらずなんか匂いのする物として認識している無茶苦茶さだ。



「じゃあ昼頃にはまた動画の撮影もする予定だから楽しみにしててな。おつかれ~」



 朝の配信は大体30分前後で終了しそれから二人は夜の配信の準備や動画の編集を始める。今日は少しばかり忙しめの日らしく片手間にベーコントーストを食べながらパソコンの前に嚙り付いている。こうなると昼食の準備もままならずにデリバリーの物で済ませてしまう事になるのだが……



「今日の昼飯ピザにしようと思うんだけど」


「あらいいじゃない。バカみたいな量注文しましょうよ、どうせ晩飯に変な草食わされるんだから」


「野菜農家の方に速やかに謝罪しなさい」



 こんな日でも無ければ毎日大我が食事当番を務めるのだが、そうなると妹のイズミは野菜から逃げる手段を失ってしまう。なんとか駄々を捏ねて許して貰う日もあるが、大半の場合は監視された末に飲み物で流し込む事になる……



「量が量だけにちょっと早めに頼んどくか、20枚くらい?」


「Lでね」


「お腹壊すぞ本当に……」



 規格外の大食漢であるイズミはそれくらいの量を胃に納めしばらくの間活動を停止する事が日常茶飯事であり、毎日欠かさず世話をする大我はいつ音を上げてもおかしくない。だがこの二人は常に互いの事を考えており、大我にしてみればこの程度の手間は取るに足らない事の様だ。



「よっし……じゃあ昼の動画はイズミが何枚食べられるかにしようか」


「昔やらなかった?」


「あの時よりも量は多いから記録更新だな」



 大我は動画のネタとして、イズミは溺れるほどの食料を待ちわびて時間はあっという間に昼時になり……



 ピンポーン



「おっ、来た来た……じゃあ俺取りに行ってくるから待ってて……って」


『お届け物です~』


『お昼はピザですか~?』


『これ一枚くらい盗ってもバレないですかね……?』


『楓ちゃん犯罪はやめましょうよ!』


「……最悪のタイミングだ」



 インターホンの前に立っていたのはピザの配達員などではなくよく見知った顔だった。彼女らは如月邸に足繁く通う常連で、それぞれ


・産みの親

・遺伝子上の親

・義理の親

・他人

・他人


 である。いつも狙ったかのように来てほしくない時に現れる特殊能力を持ち、例に漏れず今日もそんな具合でこの家を訪れた様だ。



「お邪魔するゾ~!」


「本当に邪魔だから帰ってくれ」


「そんな邪険にしなくても良いじゃねぇか、皆で食った方が飯は美味いって大我が一番よく知ってるだろ~?」


「お前が死んだら墓に糞ぶっかけてやるからな」



 この厳島カガリと三沢晴香が大我にとって直系の母親で、カガリの遺伝子で作り上げた受精卵を晴香の胎内で成長させ産んだのだ。つまりこの二人にも大我と似通った部分が少なからず有り、カガリはその知的欲求に、晴香は性格と共に運動神経の良さも持ち合わせていた。どちらも幼い頃の大我には存在すら知られていなかったが今ではこの様に近すぎる距離感で生活している。



「大我ちゃん安心して、私達もう一人一枚も食べられないから……」


「安心はしますけどなんて悲しそうな顔してるんですか……」



 この人が大我の義理の母、イズミの母親に当たるのだが大我とイズミは同じ父を持つ兄妹で、父親は既にこの世を去った神田慶二という男だ。イズミとは似ても似つかないほんわりとした温和な人で怒っているところなど滅多に見た事は無い。最近の悩みは留まるところを知らない老化なのだとか……



「ピザなんて久しぶりに食べますね~!」


「なんで食う事前提なんだよ、今すぐ出て行け」


「ピザなんて食べた記憶が有りません……」


「帰し辛い雰囲気出すのやめろや」



 この二人が他人と呼ばれている大田まさみと大野楓だ。二人とも直近で友人になったばかりだが大我から倉庫整理の名目でこき使われており、最近ではほぼ毎日共に行動する仲で百合好きの大我からは付き合っているものだと思われている。しかしまさみの本命は大我の妹で同級生のイズミである事は大我以外全員知っている。



 楓はこのマンションの守衛を務めている大野卓三の娘で、小さい頃からとにかく貧乏でピザなんてアメリカで食べられている富の象徴くらいの認識だったらしい。もちろん食べた事なんかなく今日は少し緊張している様だ。



「じゃあ早速お酒を用意しましてね……」


「勝手に始めるな、人の家を漁るな、通報するぞ」


「父もピザを食べさせて貰いなさいと……」


「なんでいちいち暗いんだよ! 高い給料払ってんだから自分で食えや!」



 一人一人が傍若無人に振る舞うのだから大我一人の手ではどうする事も出来ずに、いい年をした母親たちはイズミを輪の中に取り込み勝手にシェアハピを始めている。本来なら動画を撮る予定だったのが急な来客によってめちゃくちゃになってしまい、前述した通り今日は特に忙しい日なので居座られると困ってしまうのだが……



「あっ、あぅ……あぅぅ……」


「大丈夫ですよ楓ちゃん! 怖くない! チーズは怖くないですよ!」


「そうよ楓ちゃん、そんなiPhoneみたいに持ったら汚れちゃうわ!」


「楽しそうだなお前らは」



 こんな時には諦めて自分の部屋に籠るのが得策なんだろうが……今日の大我は予定していた計画をすべて台無しにされた事で些か苛立っているようで、主犯の母親たちに効果がバツグンな呪詛をブツブツと唱え始めると高齢者たちの腕は止まり苦しみだした。



「カロリー……血中濃度……脂質のバケモノ……」


「うっ……ぐぅ……細胞が警告を……!」


「腸内環境……胸やけ……倦怠感……」


「や、やめろぉ……我々はまだ……わか……ぅぅぅ……」



「よし、悪は滅ぼされた」



 老いには勝てないようだ。



「お、おいしい……こんな物がこの世にあっていいんですか……?」


「良いかどうかは年齢に左右されるみたいですね……」


「お前も今のうちは良いかもしれんが、あまりこいつらに感化されて増長しだすと平気で顔面殴るからな?」


「そ、そんな……私は最低限のマナーくらい弁えてますし……」


「昔は大田さんもそうだったんだよ」


「えへへ///」


「そんな、バカな……!」



 こんなに騒がしい日々が日常なのだから感化される者もいて当然なのだが、この如月兄妹に関しては誰かと同じ色になる事が出来ない特異な存在だった。恵まれた容姿によって享受されるものが必ずしも幸福をもたらすとも限らない訳で……きっと社会に出て一般人として働く事は彼等には難しい事だったのだろう。



「イズミ、こいつらが食ってくれたおかげで晩飯も食えそうだな?」


「……今からピザに手を付けた奴は殺す」


「ヒィ!?」



 自分の人生に存在する者は兄の大我だけ



 自分が人生で大切にする者は妹のイズミだけ



「俺らと付き合っていくというのはそういう事だから覚えておけよ」


「本気ですかこの人達……?」


「どっかおかしいんですよ、根っこの方から」



「聞こえてるぞ出来損ない。車に括り付けて峠攻めてやろうか?」



 ──────だからこそ"心に欠陥のある兄妹"は



『配信者』として生きていく事を決めたそうです。




 ─完─




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