第203話 さらば厳島カガリ!!
やぁ諸君、天才科学者の厳島カガリとは私の事だ。
最近は惰眠を貪りネットの世界に溶け込む美人お姉さんの側面しか見せられていなかったかと思うが、これでも本職の方は順調でありがたいことに大口の案件をいただく運びとなったのだが……
「えっ、私が海外に?」
なんと人類史に残る様な偉人たちをコンスタントに輩出し続ける、海外の名門大学から直々にスカウトされる事となったのだ。
【厳島カガリ壮行会!】
「いやぁみんなすまないね、まさかこんな大々的に送り出して貰えるとは思っても見なかったよ」
「そりゃこっちのセリフだっての、なんだってこんな急に……」
「そうよぉ、こういうのってもっと事前にお話が来るものじゃないのかしら……」
「まぁ欲しい人材がいつまでもフリーで居る訳はないってのも理解は出来るからね。人生というのはいつだって唐突な物さ」
この日は大我クンの家で皆が私の事を盛大に送り出してくれることになった。ただでさえ急だっていうのに全員が私との別れを惜しんで集まってくれ、海外に行っても寂しくない様にとプレゼントも用意してくれたのだ。私としても寂しくないと言えば嘘になる……が、幼い頃から様々な物に興味を惹かれ生きて来た自分の本質を誤魔化すことは出来ないみたいだ。
「ところでお前の行く所ってどんな分野でスカウトする事にしたんだ? 本職は空想科学だろ?」
「あぁ、なんでもこれから軍事利用されかねない物の対抗策をあらかじめ作りたいんだとさ。」
「古くは巨大な鏡が日光を反射させて木船を沈めたように、荒唐無稽な物がいつ兵器として利用されるかを現代人の頭で考えるには専門的な知識と説得力に欠けるんだとか」
「合理的に非合理的な物を導き出す能力は適任って事か」
今まで自分の携わる分野がこれほどの大きな仕事に繋がるのは初めてだった。それが少し誇らしくもありプレッシャーに感じる事もある。誰かの暇つぶし程度の枠組みだったからこそ没頭出来ていたんじゃないかとも思ったし、この年になってから"新たな未知"に進むという事もわくわくと不安のハーフ&ハーフって感じだ。
なんなら通訳として大我クンを連れて行こうかと本気で考えたくらいだけど、彼も幼い折に単身海外に渡り、その末にこの日本という土地を骨を埋める安住の地として選んだのだから。私一人のわがままで再び海外に連れ出そうなんて事は出来るはずも無く。一人孤独に海外で息子の成長を見守る決心をしたのはここ一週間の出来事だった。
「しかし本当に寂しくなるねぇ。朝陽ちゃんとのアイドル活動も明日で終了、か」
「うん……」
「そんなに暗い顔しないでおくれよ、無理に誘った私にここまで着いて来てくれた事を心から感謝してるよ……」
「うっ……うぅぅ……」
「なんだか湿っぽくなっちゃったなぁ。ほらほらもっと笑顔で見送ってくれたまえよ!」
「これは別れではなく新たな航海への船出の日なのだから!!」
みんな目に涙を浮かべながら最後の言葉と共に私を送り出してくれるらしい。あぁ、なんだか泣いてしまいそうだ。学生時代みたいな懐かしさを感じるな……卒業証書なんか貰ってもなんの感慨も感じられなかった学生の時分、もしも今みたいな環境だったら当時の私も目頭が熱くなる想いだったのではないか?
「カガリさん、遠くに行ってもまたお酒飲みましょうね?」
「大田ちゃんも私みたいなイイ女になるんだよ」
「そのうち皆で旅行にでも行くからよ、いつもみたいに既読無視すんなよ?」
「三沢っちも名誉教授様に対していつもみたいに気軽に連絡するんじゃないよ?」
「明日の解散ライブ……絶対に成功させようね!」
「あぁ勿論さ! 立つ鳥跡を濁さず、これからも私の遺志を継いで頑張ってくれ!」
「お前みたいに抵抗しそうもない小柄なアジア人は恰好の獲物だからせいぜい死ぬなよ」
「ははは、怖い事を言うなよ大我クン」
「二度と帰ってくるな」
「私が朝陽ちゃんに何かしたかね?」
「それじゃあ改めまして……厳島カガリの〆の言葉を持ちまして今回は終了とさせていただきます。みんな本当にありがとう」
本当にこれでお別れになってしまうんだと考えると、いつまでもこの時間が続けば良いのになんて駄々っ子みたいな気持ちでいっぱいになる。決断したのは自分自身だしずっとこのままなんて健全では無い事も頭では分かっている。分かっているんだけども……
「思えば始まりはそこにいる如月大我氏の出生に携わった事から、私の人生は様々な彩に満ちた人生に変わっていく事となりました」
神田慶二との奇妙な縁が、三沢晴香という友人との出会いが。私の孤高とも呼べる人生に色を落とし、十数年後に出会う事になる実の息子を中心に私は研究以上にのめり込めそうな何かを掴める気がして来た。そんな矢先でのお別れっていうのがなんとも間の悪い私らしい人生だなって……
「この広い地球という土地で退屈していた私が、まさか日本というこんな小さな国で満たされる事になるとは思いもしませんでした」
日に日に自分が人間という型枠通りの生き物に変化していく感覚は、どこか心地よく新たな自分への目覚めを感じさせる得難い時間だった。それをもたらしてくれたのは他でもない、ここに居る者たちの功績である。これが私という人間の研究成果の締め括りになるだろうか?
「また会いましょう」
こうして私は如月邸を後にし自宅に帰るとひっそり涙した。やはりどれだけ年長者としての振舞いをしようと、友としての付き合い方をしている限りは等しく離れ難い友人なのだなと。自分が自分らしくある為には日本を離れる事が正解なんだろう。こんなの全然私らしくないものな
なんて感傷に浸っていると一通のメールが飛んできた。PCの方にメールして来るのなんて大我クンくらいだから最後に息子らしく電子に残る言葉を送ってくれたんだろうか?
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『※重要 厳島教授へ』
お疲れ様です教授、先程転属予定だった大学から連絡が有りまして
どうやら迎え入れようとしていたのは名前の似ている別人だと判明しました
『itukusima kagari』
ではなく
『mitusima akari』
だったとの事で今回の話は白紙に戻して欲しいと。
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「・・・・・・」
~翌日~
「うっ……みんなぁ、カガリンの事忘れないでね……」
「・・・・・・」
~さらに翌日~
『いよいよ明日だな! お互い歳なんだしくれぐれも体に気を付けてな!』
「・・・・・・」
~そして当日~
やばいやばいやばいやばい!! どうすんだこれどうなってんだ私の状況はああああ!?
まず私が今住んでるこの家は三沢っちの持ち家を借りてる訳だから、私が日本に居ないと思っている三沢っちがこの家に住み始める可能性が……っていうかこのまま住み続けてたら電気料金とかが請求されて、私以外の誰かが住んでるって事で警察沙汰になりかねない! そしたら私の存在が明らかになると共に嘘吐きの烙印を押されてしまう!?
もうこの日本で住むには出来るだけ遠くに、私という存在が気取られないような秘境で隠居するしか……
「あれ……あなたは大田さんのお友達の」
「ほぇ?」
「あの、大野楓です。確か海外に転勤になるって……?」
「ひっ、ひぃぃ……」
現在の状況は先方の確認ミスが招いた悲劇であり今回の件で厳島カガリには何の落ち度も無いのだが、それが発覚した時点でなんの連絡もせずに隠蔽しようとしたのが良くなかった!
こうして海外に行ったはずのカガリは日本での潜伏活動を始めるのだった!
つづく!!




