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第200話 赤ん坊

 


 えぇ~緊急事態です。わたし如月大我の産みの母親である三沢晴香から緊急招集を受けてしまいました。歳が歳なので恐らく何かしらの病を患った可能性が極めて高い、いよいよもって今生の別れを告げられるかと思うとどこか寂しく、清々しい気分でもあります。



「みんな今日は集まってくれてありがとう。それで皆に伝えたい事というのが……」


「いい、無理に喋るな。平静を装っていようが俺には分かる、もう長くは無いんだろう……?」


「バカ息子の願望込みな邪推とはまったく方向性が違うからちょっと黙っててくれ」



 なんだまだ死なないのかこいつは、憎まれっ子世に憚るとはまさにこの事。しかし死ぬでも病気でもないのにここまで真剣な表情を崩さない所を見るに相当重要な事なのか? もしや男が出来たか……いやそんなんどうでもいいわ、というか伝えて欲しくなさすぎる。



「実はな……アタシに甥っ子が出来るらしい」


「お、甥……おいっこ?」


「お前の"従兄弟"が出来るんだ」


「お。おぉ……おいぃぃ……」



 甥っ子が出来るだと……? ていうか俺に叔父が居た事すら知らされて……あ、いや居たわ。あまりにも影が薄すぎて忘れてたけどこいつが興した会社次いで事実上の社長になってる弟が居るんだった。そうか、その弟が結婚して子供が出来たと……



 なるほどめんどくせえ



「どうすんだよ、俺の事言うんじゃねぇぞ色々と家族関係で面倒なんだから」


「アタシもそれが気掛かりでな……まず大我を取り巻く環境が特殊すぎる事もだし」


「私が遺伝子上の母親だよ甥っ子クン」


「私が家系図上の義理の母ですよぉ~♡」


「それで叔母さんの私が産みの母親だと……」


「まぁ戸籍上の育ての親たちはもう死んでるんだけどな! はっはっは!」



 どうすんだこれ



 しかも25歳離れた従兄弟の俺は大金持ち、その妹は眉目秀麗爆裂ボリューミーなドスケベ女で俺とは恋仲である。甥っ子の脳が破裂してしまう可能性が極高なのは言うまでもないが……問題なのは自分の父が年商数億を上げる一流企業の社長である事も相まって、俺の従兄弟はまるで漫画の主人公みたいな特殊すぎる環境で育つ事になる。



 そんな状況で育つ子供がまともになる可能性は今すぐ隕石が地球に衝突する可能性と等しいだろう。恵まれすぎた遺伝子を持ち特殊すぎる環境で育った俺がどうなったかはご覧の有様である。人間不信どころか嫌悪にまで片足を突っ込み妹しか愛せない異常性愛も持ち合わせている……額面だけで見れば俺も間違いなく成功者だろう、しかし人間として大切な何かが欠落しているのも間違いない。



「歪む、な」


「そうなんだよ。アタシも色んなシミュレーションしてみたけど……どれもろくでもない成金のガキに育ってな……」


「しかし朝陽ちゃん、これは我々にとっても他人事ではないぞ。如月大我の家系図を作るとしたら同じ紙面に私達の名も載る事になるんだからな」


「まぁ……じゃあ大我ちゃんみたいにならない様にはどうすればいいいのかしら……?」


「密かに失敗作扱いしたろ? 人から言われんのは癇に障るんだわ」



 しかし朝陽さんが言うように自分の様な人間を作ってはいけない! という謎の使命感みたいなのはある。従兄弟が義務教育を一日で終えているなんて恥ずかしすぎて街を歩けないだろうし、イズミなんか見た日には産声と同時に精通する可能性がある。なんなら架空の従兄弟に多少の苛立ちを感じている事から絶対に俺らの存在は隠しておいた方が良いだろう。



「まぁお前の弟さんとも大した交流は無いし俺らに関しては隠し通す方向で問題ない気がする」


「そうか……親戚の話とかなった時に誤魔化しづらいな」


「私達の子供って事にして誤魔化せないかしら? 噓は言って無いんだし……」


「そうだねぇ、我々が三沢っちと会うって事はどこかで説明しなきゃならない時も有るだろうし」


「ふむぅ……お前らは友達で押し通せる気もするが……」



 しかしこいつらはこいつらで問題がある。なんせ俺の出生に関わっているのだから全員40そこそこの年齢なのだが、息子としてのバイアス抜きで考えると……



 このババアどもスケベ過ぎる



 見る人によっては20代後半と言っても誤魔化しが効くだろう容姿と、全員が未婚かつ人の親という属性。更に一人は未亡人というエロ漫画御用達の筆おろしシチュエーションが揃い踏み、立って歩く前にぴんこ勃ち間違いなしの状況に新たな生命も俺と同じく"人妻好き"という業を背負う事だろう……なんとかしてこいつらをショタの元から引き離せないものか……



 いや待て、こいつらの事ばかり気にしているが晴香と会うのは大田さんだって例外ではない。となると大野さんの娘も付随してくる訳だから……次は"百合好き"という業まで!! どうしよう着実にリトル大我が出来上がりそうになってる!! 性癖歪みまくって小学校で好きな子とか出来ないでつまらない青春時代を送らせる事に……



 いや待て、そうだよ。なにも今から急に10歳くらいの子供がおぎゃあと出て来るわけじゃないんだから大丈夫じゃね? 自我を持つとするなら産まれてから2年後とかだし性に目覚めるのなんか10年後と考えるとこいつらは50……ダメだ棺桶に半身入ってる状態じゃ流石の俺も反応しない領域。これで歪まれたらこっちがお手上げだ、こいつらは別に会っても良いか。



「よし、リトル大我の会議によってお前らは接触を許す。ただし変わらず俺達の名前は出すな」


「えぇ…? だっていずれ冠婚葬祭とかでは会うだろうし……」


「お前らの葬式だろうが長居するつもりは無いし、結婚式なんか行かん。そもそもイズミが行くとでも思ってんのか?」


「行くわよ」


「……え?」



 あまりに似つかわしくない言葉にその場の空気が一瞬にして固まった。他人に一切興味の無いイズミが一体誰の葬式に行こうというのか? まぁ朝陽さんに関しては喪主だろうけど、カガリとか晴香の葬式に前のめりだとは思わなかった。いつも同じ空間に居るだけの存在として認識しているのだと思ったが、意外と情が移ってたりもするんだなと新たな一面をのぞかせた。



「まぁ……イズミが言うなら一応葬式は行くし線香の一本でも……」


「ちがうちがう、そいつらじゃなくて」


「え? 違うの?」


「どうするのよイズミ二人とも泣いちゃってるじゃない」


「ほら、花屋の」


「花屋……?」


「三沢生花店の」


「……あぁイズミが働こうとしてた」



「え、三沢って言った?」


「そういやまだ言ってなかったか、あれアタシの母親な?」


「俺近所におばあちゃん居るの!?」


「従兄弟どうこうの話じゃねぇわ! なんで俺の知らない事ばっかなんだよ!?」



 イズミは損得勘定抜きにして当時自分の事を心配してくれたおばさんに恩義を感じているらしく、俺自身がまるで話した事の無いおばあちゃんの葬式には出てくれるそうだ。今度誰かの墓参りに行く時にでも寄って行こうという話になり……



「あ、じゃあ今度一緒に慶二さんのお墓参りに行きましょうよ!」


「いやまた見た事も無い人間が登場して来たし、俺はいいって朝陽さん」


「ダメよぉ! 言うなればイズミのお婿さんでもある訳なんだから筋は通さないとぉ!」


「こうなると朝陽ちゃんは頑固だぜぇ~?」


「わかったわかった、盆までには考えて……」


「慶二さんの命日は来月だからその時行きましょうね?」


「忘れる暇も与えねぇな!」



 今日のまとめだが


『俺には従兄弟が出来るし話した事のないおばあちゃんが居て見た事も無い義理の父親の墓参りに行く事になった』


 なんだこの情報量は、詰め込みすぎて最近のラノベのタイトルみたいになってるじゃねぇか。ちなみに従兄弟の件も根本的な解決にはなっていない訳で、いっその事俺とイズミで駆け落ちでもしてやろうかと考えた寒空の1月。一年の初めからなんとも幸先の悪いスタートだな……



 まぁ、今までみたいになんとかなるか。



 今までこれで生きて来られただけに根拠のない自信に胡坐をかく大我であった。

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