第198話 餅の殺傷力
~正月~
「本年もよろしくお願い……したくはないな」
「またまた~! 大我さんも大勢で居た方が楽しい癖に~!」
「口動かしてないで早く運んでくださいよ、一人だと重いんですから」
「・・・」
なんかこの人どこかで見た事あるわ……兄さんが呼んで来たから知り合いなんでしょうけど、大田さんの友達か何かかしら? 見るからに若くて人妻って訳でも無さそうだし性欲処理の道具って線も薄いわね。まぁ英雄色を好むとも言うし抜き専用のズリ穴の一つや二つ用意していてもなんとも思わないけど、気になるのはあの人が持っている器具。あれは炊飯器のように見えて餅を作る機械に違いないわ、私が餅を食べたいって言ってたの覚えてくれていたのね兄さん。
「使い終わったらまた物置に戻しておけよ、高い金払ってるんだからその分働いて貰わないとな」
「楓ちゃんも大変ですねあんな悪徳金融みたいな人に目を付けられて……」
「アナタも一緒に働くんですよ……」
そういえば兄さんが俵みたいな物をキッチンに置いてあるのを見た気がする、あれがもち米だったのね……どうしましょう餅なんてこういう時じゃないと食べないからどんな食べ方をすればいいのかパッと思いつかないわ。きな粉と磯辺焼きは定番として他の変わり種も楽しめなきゃまた来年までお預けになってしまう……何かいい方法はないものかしら?
「おぉ~い大我~酒持って来たぞ~///」
「あけおめことヨロぉ~なんだぁよぉ~///」
「もぉ~飲みすぎよ二人ともぉ///」
「なんてこった、新年から一番見たくない物にエンカウントしてしまった」
「あぁ、結局昨日から飲んでたんですね……」
「昨日から!? ババアが大学生みたいな飲み方してんじゃねぇよ!」
う~ん、頼みの綱の母さんも酒を飲んで役に立たなそうね。こうなったら目の前の箱を使って検索するとしましょうか、え~『餅 レシピ』っと。雑煮は作ってあるでしょうし、こうして見ると変わり種の餅料理はデザートばかりね……きっとどこの家庭も定番物を食べた後の処理に困っているんでしょうけど違うのよ、私は無理して食べたいわけじゃなくて楽しみながら餅を食べたいの。今日一日は餅を主食にしたいのよ
「じゃあ大田さんは餅に塗るタレ作っといて、娘はニンニク摩り下ろして。あ、匂い取れないから手袋付けろよ」
「にんにく……?」
「新年一発目の言葉がにんにくで良いのかイズミよ」
もしかして兄さんは私が今日一日を餅のみで乗り切ろうとしている事に気付いていたの? 様々なバリエーションで私が楽しめるようなレシピをこの日の為に用意していたっていうの? なんて出来た兄でどんだけ私の事が好きでたまらないのよ。もうここで一発セックスしちまおうかしら? 群衆に見られながら初日の出キメちまおうかしら? 一月一日に"つく"のは餅だけとは限らないわよ兄さん。
「おぉ~すげぇちゃんと餅の匂い。海苔も切っておこう、今日は韓国のりでも試してみるか」
「美味そうだなぁ~アタシらにも分けてくれりょ~///」
「餅は年間通してスズメバチよりも人殺してんだから酔っぱらいに提供する訳ねぇだろ」
「なんですかその怖い豆知識は……! 皆絶対食べちゃダメですからね!」
「誰が老人だってぇの~のぉ朝陽ちゃん~///」
「私お餅はそんな好きじゃなくてぇ~///」
そういえばそうだったわ、昔から正月は母さんが食べなかった餅を全部私が食べられたからクリスマスよりも正月の方がパーティー感あったのよね。あの頃はバカみたいにきな粉をかけるかほぼ胡麻の塊を食べるくらいしか飽きを紛らわせる方法が無かったから、でも今は兄さんが何でもやってくれる……さしずめ私にとっての兄さんは"飯の四次元ポケット"やで。
「よし餅は出来たからある程度冷めるまでに料理を作っちまうか。今日は餅だけで腹一杯にしてもらうからな~?」
「うん、うん。」
「じゃあまずはハニーマスタードで味付けしたベーコンを焼いて、これで餅を巻く料理を……」
「なんですかそのオシャレ美味そうな料理は!?」
目の前には熱々の湯気を立ち昇らせる餅、そして兄さんはキッチンにて料理としけこんでいる訳だからつまみ食いしない手は無いわよね。ていうかもう誘ってるでしょこれ、私がつまみ食いしやすい条件を敢えて作ってる様にしか思えないもの。どこまで行っても誘い受けなのね兄さんは……まるで雑煮にでも入れたかのようなとろとろの出来たて餅を何もつけずにそのまま……いただきます。
「あぁ~イズミちゃんいいなぁ~私も食べたいぃ~///」
「カガリちゃんはダメだって言われたでしょお? また大我ちゃんに怒られるわよぉ?///」
「んむ~……///」
「お餅みたいに膨れてもダメよぉ~///」
なるほどこれは新食感……というか食感とも呼べないわねこれ。ほとんど舌ざわりだけで楽しむような、歯で噛もうと思っても粘土が高くて噛み切る前にするりと口内を逃げていくというか……ただ確かに感じるもち米の甘味は出来たてでしか感じた事のない、面倒臭い下準備をしてまで家で作る価値はあるのかと懐疑的だったけれど、これは確かに手間を負ってでも作る価値が有るわね。次はきな粉にでも付けて食べるとしましょう……
「あ、そうだイズミつまみ食いするなよー? 熱い餅は喉に詰まりやすいんだから」
「」
「まぁ流石のイズミも熱くて食えないだろうから大丈夫か」
「」
──────完全に詰まったわ
どうしましょう、これ明らかにヤバい所に引っかかってる。飲もうにも吐き出そうにも喉の筋肉では動かない程度の粘土と重量を兼ね備えていて、これはまさに人を殺す為に作られた殺人兵器に他ならない。食べ物を喉に詰まらせて死人が出たニュースを見る度に『飲み物でも飲めばいいじゃない』と思ってたけど苦しすぎて筋肉が硬直する……身動き一つ取れないまま肺の中の二酸化炭素によって殺されるのを待つしか無いなんて……なんてあっけない最後なのかしら、こんな事なら本当に兄さんと一発やっておくんだった……
「あら、イズミったら大我ちゃんにバレそうになって顔青くしちゃって~///」
(違う、気付けババア、道連れにするぞ)
「まさか急いで飲み込んだから喉に詰まらせちゃったかぁ~? 間抜けだなイズミちゃんも~///」
(そう、まさにその通りなのよ元ヤンエロババア、どうにかして私の喉から餅を……)
「むむっ! 如月イズミ隊員救出作戦を始めるでありますぅ~!/// 突撃ぃ~!///」
むちゅちゅちゅ~!! ちゅぼっ!! ちゅちゅる~!!
「おしイズミ餅持って来てく……おい何してんだクソババア!? ぶち殺すぞコラァ!!」
「ふっ……! ふぅ……!! うげほぁ!!」
「そ、そんなに嫌がらなくてもぉ~/// カガリンショックぅ……///」
「おいそこから動くなよ牛刀で三枚におろしてやるから」
「いいのよ兄さん……助かったわ……」
「イズミ!? まさか俺と同じく年増の波動に目覚めて……?」
まさかこんな形でまだこの世に生かされるなんてね。それも兄さんを作るに至った人間の手……もとい口によって。これは人生においていい教訓になったわ、出来たての餅を意思の疎通が出来ない状態で食べることなかれ。もしも近くに兄さんがいたら代わりに兄さんが吸い出してくれたのかしら……はっ! 閃いた!
「イズミゆっくり食べないと喉に詰まるぞ!」
「いいのよそれで」
「良い訳ないだろ!? ていうかなんだその傍らに置いてる札みたいな……」
【吸い出して!】
「いや自ら詰まりに行こうとするな! 今日はもう餅禁止!!」
「分かった、ゆっくり食べるから堪忍して……」
正月の如月家ではなんとか死者が出る事無く円満に宴は終了した。しかし我々人類は正月が来る度に思い出さねばならない……年間を通しての餅による死者はホオジロザメによって起こる被害の数百倍にも及ぶという事を……本当に怖い物とは見た目だけでは分からないのだ。




