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第197話 100万円の行方

 

【前回までのあらすじ】

 如月家のクリスマスを邪魔しに来た女達から押収したプレゼントはどれも需要のない物ばかり。しかし絶妙に嫌がらせとは呼べないプレゼントのチョイスに、怒りのやり所を探している大我は唐突にもプレゼント交換会を開始する旨を伝える。100万円の入った茶封筒を手に参戦した大我の思惑とはいかに!?




 ~今回のプレゼント~


 ・高級置き時計

 ・総額5万円コスメセット

 ・フードプロセッサー

 ・ワインを酸化させず保存出来る栓

 ・コルク抜き

 ・100万円



「じゃあ改めてルールの確認をするけど、音の鳴ってる間は隣の人にプレゼントを回し続けてイズミが音楽を止めた段階で手元にある物が今回貰えるプレゼントとなる訳だ。分かったな?」


「は、はい……!」


「楓ちゃんそんな肩に力入れなくても」


「いやいや正味学生にとっての100万って桁が違うからねぇ」


「大人になるとコンビニ強盗のスケールの小ささに驚くもんな」



 普段あんなにだらけているとはいえ彼女らもいい年をした大人な訳で、現ナマ100万円は喉から手が出るほど欲しいという訳ではなさそうだ。それに忘れがちだが晴香も大我ほどではないにしろ億万長者なのだから100万程度ははした金であり、他のおばさんズ達も彼女の友人かつ大我の母親という立場のおかげか立ち居振る舞いに余裕を感じられる。問題はそのどちらでもないこの二人なのだが……



「まぁ私が100万円貰ったら楓ちゃんのプレゼントと交換しましょうよ」


「そ、な、何を言ってるんですか!? そうやってうちの父は多額の借金を背負っているんですよ!?」


「詐欺とかじゃないですよ失礼な!!」



 大野楓の父は連帯保証人であったり投資の誘いに乗りまくった挙げ句借金うん千万円を背負った経緯がある。そんな父を間近で見て来たのだから楓が他人からの優しさに警戒心を持つのも仕方がなく、ただの優しさから来るまさみの提案を突っぱね脳内には目の前の現金しか無さそうだ。もしもここで臨時収入が入ろうものなら彼女の家は1年を余裕で暮らす算段が出来るのだから必死にもなろうという物だ……



「さぁ、イズミの機嫌次第でお前らはコルク抜きでも100万でも手にする事が出来るんだからな。拝んどけ拝んどけ」


「お願いしますお願いしますお願いします……」


「あの子コルク抜きになったら失神するんじゃないかね……?」


「なんだかお小遣いあげたくなっちゃうわねぇ……」


「それじゃあイズミミュージックスタートぉ!!」



 ~♪ ~♪ ~♪



 大野楓にとって一世一代の、もはやゲームやレクリエーションの類とは呼べぬ狂気の宴が始まった。こんな簡単な形式で、自分の手ではどうにもならないランダム性のみの競技によって巨万の富を手にする可能性があるのだから、目は血走り肩で息をし続ける。額からは脂汗がしたたり落ち音楽が鳴り止むまでの時間が何十分にも感じる程だった。



 自分の手元に茶封筒が来た時は胃から込み上げる吐き気を抑えるのに必死で中々手放す事が出来ず、いつか必ず訪れる音の止まる瞬間が恐ろしく震えが止まらない。最後の瞬間もし自分の手元にコルク抜きなんかが有ったらと考えるだけで過呼吸になりそうだ。あんな物を送られて喜ぶ人間がどこに居るのか? 大野楓の頭の中にはコルク抜きを買って来た人間への恨み言ばかりが反響する。そう、買って来たのは自分自身なのに。



 ~♪ ~♪ ~♪



 もうどれくらいの時間が経っただろうか? 部屋の中にはただ音楽が鳴り響き、円形に座っている人々の手元をプレゼントが移動し続けるのみ。音のループする間隔が極端に短く同じ音を何度も繰り返し聞かされ、楓以外にも顔色の悪くなっている者がチラホラいるようだ。同じ音を聞かされながら単純作業を繰り返させるのは洗脳に用いられる手法で、作業者の脳を意図的に退行させるのに効果的なのだと言われている。



 そんな事を知ってか知らずか大我の顔色は一切変わる事無く淡々とプレゼントを回し続ける。イズミは一体いつ止めるのか? 長すぎるんじゃないのか? なんて事を言う者は誰一人いない。楓はそれどころでないにしても他の人達は付き合いも長いのだから言えばいいのに。しかし誰も声を上げない、ある者は楓の手元で100万円が止まるのかに夢中で、ある者はなんとなく負けた気になるからという理由で、そしてある者は単純作業も嫌いでは無いなという変態的な理由で……



 そしてついにその時が訪れたのだ……!!




 ~♪ ~♪ ~……



「はい手止めてッ! 今自分が持ってるのがプレゼントね!!」



 大我の声と共に全員が手を止め、自分の手元にある物を確認する。三沢晴香の手元にはフードプロセッサーが、厳島カガリの手元には高級置き時計、神田朝陽の手元には高級コスメが握られている。となると残る3品は自分達で持ち寄った物ばかりになった。ワインを保存する栓か、コルク抜きか、それとも本命100万円なのか? それを手にするのは──────



「やったー---!! 100万円だー----!!」


「うぅぐぅぅ……!!」


「大我さんもう一回ですよ!! 全員自分の持って来た物じゃないですか!!」


「そんなルールは存在しない! 自分が贈られて嫌な物を交流の場に持って来るやつが悪い!!」


「なんで正論言うんですか!!」



 未成年の大野楓の手にはコルク抜きが握られ、大金持ちの如月大我の手には100万円が握られている。人生とは思った通りにはいかないもので本当に欲しい物が手に入るとは限らないし、ましてや自分が欲しているからと言って必要のない人間が譲ってくれるなんて事も無い。



 思えば大我が持って来た100万円はあまりにも唐突でどういう風の吹き回しなのかと周囲も困惑していたが、未来ある若者にこの世は無情なのだと知って欲しかったのかもしれない……



「おらクソガキw どうだ札束の味はよw」


「わぁ……一万円札の匂い久しぶりぃ……」


「大我さん未成年になんて事してるんですか!!」


「いいなーそれ終わったらアタシにもやらせてな」


「さ、じゃあ我々は飲みなおすとしますかね」


「イズミお母さんにもお肉ちょうだ~い♡」


「やだ」



 初めこそ今日という日を邪魔された苛立ちと嫌悪感でこいつら皆殺しにしようかとも思っていた大我だが、終わり良ければすべて良し。



 もういくつ寝るとお正月、そんな歌も聞こえてきそうな12月の如月家でした。



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