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第196話 我が名は如月大我、新世界の神となる男

 


【前回までのあらすじ】

 聖夜という特別な日が平素の折と何ら変わりなく、それどころかいつも以上に騒がしく混沌とした状況へと様変わりしてしまった家主、如月大我の自我は崩壊し立ったまま気絶するに至ってしまったのだ。



「目が覚めるとそこはババアしか居ない異世界だった件について」


「失礼な! ここにはうら若き女子大生も居るというのに!」


「なんで居るんだよ、呼んでねぇよお前らは。いやお前らに限らんけども」


「一度は断ったんですが食欲に負けてしまって……」



 如月家に到着するや否や慣れた手つきで冷蔵庫から酒をくすね、酒盛りを始めた母親たちを背に大我は恨み言を呟いている。先日は目の前の大田まさみと大野楓がくり広げる甘々空間に舌なめずりをしていたとは思えないほど辛辣な言葉の端々から、先程まで思い描いていたイズミとの時間をどれだけ楽しみにしていたのかが窺える。大我にとっては濃厚な百合よりイズミとの一夜の方が優先順位は高いのだろう。



 そうこうしている間にも宴は勝手に始まり、ウキウキで準備していた料理は自分の口に入る事無く歓迎される事のない来訪者たちの口へと飛び込み、やりがい詐取という言葉を痛感する今日この頃。しかしそんな母親たちにとっても食事中のイズミは、熊や猪などの猛獣と変わりないという認識は共通しているのか目の前の肉に手を付ける者はいなかった。それは同時に大我の分は残されていないという事を意味しているのだが……



「まぁこの際俺達の邪魔をした事については許してやろう、俺は寛大な男だ」



 寛大すぎる事が彼女らの行動を助長しているように思えてならない



「それで、聞く所によるとプレゼントを持って来たんだろう? 早く出せよ」


「え? あぁいいけどプレゼント交換とかやらないのか?」


「なんで場所と料理と酒を提供した挙げ句たった一つの報酬まで奪われなきゃならんのだ」


「大我クンの言う事ももっともだ。カガリは訝しんだ」


「日本語の意味分かって言ってるのか?」



 既に気持ち良くなってしまっている母親達からラッピング済みの品々を半ば奪い取る様にして、まさみ達の持って来た品と合わせると大我の手元には5つのプレゼントがあり、まず初めに晴香の持って来た物から開ける事にした。サイズはそれほど大きい訳ではなくティッシュ箱と同じくらいの大きさだろうか? 丁寧に包装された紙を乱雑に破り開けるとその中から姿を現したのは煌びやかな装飾が施された高級そうな置き時計だった。



 大我は眉間に皺を寄せリアクションに困っている。それもその筈、今のご時世に置き時計って……携帯電話で時間の確認からアラームまで事足りるのに、スヌーズ機能もストップウォッチもない高そうな時計を貰った所でインテリアにしかならないじゃないかと。しかしふざけている訳でも無いし喜ぶ人は喜ぶんだろうなというチョイスが怒りの矛先として不十分だった。まぁこれはこれで……そんな煮え切らない態度のままカガリのプレゼントへと手を伸ばした。



 小綺麗な紙袋の中には個包装されたブランド物と思われるロゴを纏った小物がいくつか入っていた。手に取ってみるとそれらは高そうな化粧品一式で、調べてみると値段にして5万円もする高級ブランドの物だと分かった。明確な女性物という事でイズミに渡せるだろうから、これには大我もにっこり……とはいかず。



 何故ならイズミは"生まれてこの方化粧なんてした事が無い"のだから。社会に出る事のない女性は化粧を学ぶ機会なんか得られず、そんな状態でも外に出てしまえる程の美貌をイズミは持って産まれているのだ。どれだけ良質な品を持って来られたとしてもこの家にはそれを必要としている人間は誰一人いない、そしてこれもまたカガリが悪い訳では無い。奇跡的に望まれない品を買って来てしまっただけに過ぎないのだから……大我の怒りは再び行き場を失ってしまい朝陽の持って来たプレゼントを開ける手は僅かに震えていた。



 先程の二人に比べて明らかに大きいその姿を前にしても大我の表情は暗いままだ。もしもこれが普通に使える物だったらどうしよう、そんな悲しい杞憂をしつつも包装をペリペリと剥がしていく。半分も剥がす事無く中身がなにかを察する事が出来たのは、大我が日夜台所に立つ人間だったからだろう。それはフードプロセッサー、料理をする人間にとっては時短を望める優秀な家電ではあるのだが……大我は持っていた、それもまったく同じ型を。もちろん朝陽の前で使った事は無い、故に大我は何も言う事が出来なかった。



「大田さん、プレゼントなに持って来たの」


「私はコルク抜いたワインを保存できるやつ買ってきました! 面白そうだったんで!」


「大野さんの娘は」


「あの……コルク抜き……」


「……そう」



 大我は既に一羽の鶏を完食しそうなイズミを見やるとキッチンで寝かせておいたハーブ鶏をオーブンにセットし頭を抱えた。先程の流れから考えると大田さんの持って来た物が明らかに俺向き、しかし俺がワインを残したまま寝るなんて事例が未だかつて存在しなかった。開けたら飲み干す事が当たり前になっているせいで『必要になる事は無いかもしれないが、もしもの時の為に持っておきたい物』しかし値段的に絶対買える物なのがまた厄介で、その後に聞いた大野楓のコルク抜きなんか絶好のキレ所だったにもかかわらず機を逸してしまった。



 大我は悩んだ。こんな好き勝手しているくせに持って来るものはしっかりしている。しかしどれも絶妙に必要のない物ばかり、今更大野楓にキレる事が出来ない。イズミの様子を見るに準備していた鶏の味も文句なしに美味いのだろう、ここで俺が事を荒立てれば純粋に食事を楽しんでいるだけのイズミが可哀想だ……そんな様々な思いを抱えた大我の導き出した答えはこれだ。




「おし、プレゼント交換するか」


「えぇー! いいんですかー!」


「あぁ、どれもいらねぇわ」


「やれやれ……せっかく選んで来たというのに」


「センス0だなお前ら、俺が本当のプレゼントってもの見せてやるよ」



 この口ぶりからするとあれだけいらないと言っていた大我もプレゼント交換に参加する様だ。となると大我には何のメリットも存在しない様に思えるが、プレゼントを用意する為に自分の部屋に引っ込んだ大我の顏にはうっすらと笑みが浮かんでいた。少しして部屋から出て来た大我の手には少し厚みのある茶封筒が握られており……



「100万入ってる」


「ひゃ、ひゃ、ひゃ、100万円!?」


「楓ちゃんが見た事ない顔している」


「いや確かに嬉しいけども」


「なんだか生々しいわね……」


「そういや一回札束で顔殴るのやってみたかったんだよな」



 明らかに他の物とは一線を画した破格のプレゼントを手に如月大我は席に着く。音楽が鳴り止んだ段階で手に持っている品が自分のプレゼントとなるごく一般的な方式だ。音楽の停止役を務めるのは本日ご機嫌の如月イズミ、この音楽が鳴り止んだ時一体誰の手に100万円が握られているのか!?



 次回へつづく!!




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