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第192話 友達

 


「では友達になった記念として最初は……」



 大野楓です。どうやらバイト先の新人である大田まさみさんは、私と仲良くなりたいが為に今まで積極的にセクハラめいた視線で話しかけていたらしいと先日判明しました。バイト先で泣きながら弁明された私はその勢いと形相に負けその場しのぎに「友人ならば」と返事をしてしまった訳なのです。それに実家が貧乏で二か月間も休みの無かった私がどうしてこんな風に休日を謳歌しているのかと言うと……



「こういう時に限って言えばお金持ちの知り合いがいると便利ですよね~!」



 彼女の友人……というか勝手に付きまとわれているらしい如月大我さんから割の良いアルバイトを紹介され、それが時給一万円というとんでもない値段だった事から最初は風俗にでも沈められるんじゃないかと警戒していましたが、蓋を開けてみれば如月さんが住んでいる家に溜まっていた使わないキャンプ用品であったり、お義母さんから譲り受けた思い出の品などを整理・保管する仕事でした。



 マンションの管理者をしているのだから別の部屋一室を借り切って保管しておけばいいのにとは思いましたが、こんな美味しいバイトをみすみす逃すまいと気付かないフリをしています。今では以前から勤めているカフェとそのバイトのみで週休は二日、しかしお給料は以前の倍ほどになっており富裕層を一人囲い込めばこんな生活が出来るのだから、大学で似合ってもいないブランド品を身に纏う人間の交友関係が伺い知れますね。



 ……あれ、という事は私パパ活してない?



 いやいや、別にこれは正規のバイトであって、別段性的に詐取されている訳でも無く、ご飯食べるだけとかもやっていないし、確かに休日が最低でも二日取れる程度にアルバイトを減らせという命令はされたけど、それは雇用主を接待する為の"ふしだら"な理由でも無いんだから何も後ろめたい事はしてないので全然ああいう自分の体でしか金を稼げない人種と私を一緒にされたら困るというか……



 * * *



「いいねあの距離感、普段バイトで見れていない私服姿の年下の先輩兼恋人……これで滾らずして何が百合好きか、のうイズミよ?」


「変装だっさ」


「仕方ないだろあいつらに片付けさせちゃって七分丈のジーンズしかなかったんだから」



 ふぅ、やっぱり若い女は金で買って若い女とデートさせるに限るぜ……これが遠隔パパ活、俺が生み出した最強の娯楽だ。しかもアレの父親はうちで働いてる訳だから、別の恋人が出来て大田さんとの関係を切ろうとしたら、こちらからも親との契約を切るとちらつかせれば従うしかあるまい。世の中金を持っている人間だけが得をするシステムになっているんだよ、俺の快楽の為だけに働け下郎共が!!



 それに……



『楓ちゃんに服を選んで欲しくって……』


『そんな……別に私もオシャレとかには疎いですから』


『だって今日着てる服も普通の若い女の子って感じじゃないですか~!』



 ふぉっ……ふおおおぉぉぉ!!!! 大田さんに仕込んでおいた盗聴器を通じて聞こえる圧倒的質感サイコー!! これはあれだな、田舎者が東京に来て右も左も分からない所を拾われたシチュエーションだ、素っ気ないけどほっとけないツンデレタイプの……あぁヤバい久しぶりの濃厚な百合の接種で脳がダメージを受けている……このままだと二人でホテルに行って一戦交えたりしちゃうんじゃないの!? どうなの大田ちゃんどうなのぉ!?



「普通に犯罪じゃないの?」


「まぁそういう意見が有るのは弊社も把握しております」


「絶対反省してないタイプの公式発表じゃない」



 * * *



『えっとぉ、じゃあ色はこういう青と』


『それはちょっと地味すぎて……というかなんでさっきから寒色ばかりなんですか?』


『いやぁ~どうしても服見る時ってインナーに出来るかどうかで選んじゃって……』


『まず季節感も考えないと、冬は上に羽織る物から先に選ぶんです。屋内で脱いだ時の事も考えてギャップを与えないような……』


『すご~い! 本当にファッションの先生みたい!』


『これくらい普通です……どういう学生生活送って来たんですか』



「見えるかイズミ、アレが性器のいらないSEXだ」


「であれば世界は青姦祭りよ」



 兄さんに本当の事を言ってあげるべきかしら、あれは世間一般で日常的に行われている女子同士のコミュニケーションであると。以前どこかで見た事があるけれど『百合豚は女が二人いれば何でも百合にする害悪』なんて言われていた意味が今になって分かったわ。自分があまりにも女性の存在するコミュニティーに属していないせいで、脳内に存在する女性像は漫画に出て来るフィクションのみ。



 だからきっと兄さんは『これからホテルにでも行って一発やり始めるんじゃないの?』なんて馬鹿げた事を考えているんでしょう。そんな訳ないでしょ、適当に飯食って話題に困って解散するだけよ。どうしてそんな普通の事が分からないのかしら? それとも必死に目を背けているだけ? 現実を直視してしまえば普通に歩いてる"そこそこのしゃくれ女と歯並びの悪い女"でも妄想しなければならないから? いい加減目を覚ましなさいと言ってしまいたい。でも兄さんには幸せなままで生きていて欲しい、現実なんか見ないで私の事だけ見ていて欲しい、今日は下半身くそダサいけど好きだわ兄さん。



 * * *



「えへへ、なんだか調子に乗って買いすぎちゃいましたね」


「ちゃんと着てくださいよもったいない……」


「はい! じゃあ今度楓ちゃんと遊びに行く時に着て行きます!」


「別に私とじゃなくても良いじゃないですか……」



 柄にもなく私も盛り上がってしまった……でも高校の頃は私もこんな風に友達から着せ替え人形にされたっけ。受験期間はバイトも禁止だったしお父さんも借金を肩代わりして貰った時期で、ついつい財布の紐が緩んで買い物に来ちゃったのを今でも覚えている。



 始めは私と友達になりたいなんて冗談か何かかと思ったけど……誰かと休日を一緒に過ごすなんて久しぶりだったからだろうか、なんてことない筈のこの時間もいつもとは違って感じる。必死に勉強して特待生として大学に入ったのも人より多くお金を稼げるようにと思っての事だった。でも……



 もし今みたいに十分なお金が得られる様になったらどうするつもりだったんだろうか?



「楓ちゃん?」


「……あの、私からのお願いも一つ聞いてもらえませんか」


「な、なんですか!? 私に出来る事なら何でも喜んで!」


「大田さんは……お仕事をしている間に何を得られたんでしょうか? そして何を失ったんですか」



 なんて間抜けな事を聞くんだろうか、我ながら意味の分からない独りよがりの質問だ。ただこの胸につっかえる漠然とした不安に答えが欲しかった。今まで必死に働いていた時間が空き、今の自分には何もない事を知ってしまいそうになって、それがどうしようもなく怖くなったからだろうか。



 目の前の彼女から返ってくる言葉を聞いても納得は出来ないかもしれない。


 ──それでも今の私は聞かずにいられなかった




「そう、ですねぇ……特には何も……?」


「・・・」


「あっ、別に適当に仕事をしてたって訳では無いんですよ!? ただなんていうか……何かを得ようと始めた仕事では無かったんです。ただ可愛い制服に憧れて綺麗な自分を想像してって感じで……」


「そんな理由で一生付き合っていくかもしれない仕事を決めたんですか?」


「はい、でも珍しい事じゃないと思いますしなんなら私は恵まれてたと思うんです。一時とはいえなりたい自分になれていた訳ですから」



 ──なりたい自分



「外から見れば華やかな世界でしたけど実際働いてみると足は疲れるわ常に見られてるわで大変な仕事でした!」


「でもまぁ……強いて言うなら」


「あ、私今生きてるな~って実感は得られたと思います」



 ──生きている



「すみません何の参考にもならない先輩……あ、今は後輩でしたw」


「いえ、大変参考になりました。今日はここで失礼します」


「えっでもまだご飯……」


「父の分も支度しないといけませんので」


「あ……そっかぁ」



 今まで私の中で感じていた不安の正体はこれだったんだ


『自分は何の為に生きているのか』


 確かに生活の為にお金を稼ぐ事は重要だし、その事で父を恨んだりはしていない。でも長い借金生活のトンネルを抜けて周囲の景色を見渡した時に、世間はあまりにも自分とは違うサイクルの中で生きているんだと気付く。置いて行かれている事に気付いた。



 人よりずっと遅いスタートから始まった"自分の人生"明確に定められていた借金とは違い、どこにも見当たらないゴールを探してしまっていた。無意識のうちに正解やゴールが定められている物だと思っていたのかもしれない……だからこれからは、自分の人生という物を探す所から始めようと思う。誰でもない、自分だけの人生を────



 ピポン



「あれ……すみません父から」



【か、楓大変だ……如月さんが今晩の夕食に焼肉弁当を買って来てくれるって……夕飯はいらないんだけど、父さんクビになっちゃうのかな……?】


「どうしたの楓ちゃん……?」


「い、いえその……父が夕飯はいらないと」


「えっ、じゃあ一緒に食べて帰ろうよ~! あのね前から行ってみたかった女性向け居酒屋ってのがあってね……」


「ちょ、ちょっと! そんな荷物持って居酒屋なんか────」



 * * *



「結局百合の間に介入しちゃったわね」


「それもまた観測者(モブ)の務め……帰るぞイズミぃ!!」


「下半身ださっ」




 如月大我、彼の目には一点の曇りもなくここはまさしくフィクションの様な優しい世界だった。


 しかしこの男だけは気もそぞろに……



「あぁ……あの鬼が弁当の差し入れだなんて……きっと最後の晩餐に違いない!!」



 父の知らない所で娘は勝手に成長していくのであった。



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