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第十七話  イズミの体調不良

 

 今日はイズミを家に置いて久しぶりに一人で買い出しに来ている

 イズミが熱を出して寝込んでしまっているからだ


 最近季節の変わり目という事で気温の変化には気を付けていたつもりだが、不規則な生活が祟ったのか突然の事だった。


 本人としては体のダルさは感じるが、そこまで安静にするほどの事ではないと言っている。しかしイズミが体調を崩した時には見ているこっちの方が余計な気を揉んでしまうのだ



 喉が痛くてゼリー以外の物が食べられないのではないか?体が熱っぽくてアイスの様な冷たいものが食べたいんじゃないのか?それでも栄養価の高い物を食べなければ治らないだろう。そんな事がグルグル頭の中で回って、ついつい不要だと思われる物まで買いすぎてしまった。というか買い物をしている間もイズミから緊急の連絡が来るのではないかと携帯を握りしめていた程だ



 家に帰ると自分の部屋でゆっくり寝ているように、と言ったのにリビングで編集作業をしていた


 荷物を置いて大急ぎでイズミの体を担いで部屋まで運んだ。心配しすぎだと、分かってはいるんだが…



「…兄さん、大丈夫だって」


「う、うん…いや、分かってはいてもなんかな…心配で…すまん」



 まるで不治の病か大病を患ったかのように身を案じるのは慣れない事への防衛本能だろうか?年に一回体調を崩すかどうかの健康優良児である大我からすると、咳き込む音一つでも非日常を感じさせる物なのだ


 それにしたって体調を崩しているのは事実なんだから、安静にしていなくてはダメだと布団の中に押し込む。退屈そうなイズミはスマホを取り出しネットサーフィンを試みるが



「イズミ、ブルーライトのせいで夜眠れなくなるぞ。しっかり寝ないと治る物も治らないんだから」


「大丈夫よ。薬ですぐ眠れるわ…」


「それにしたって睡眠の質が落ちたら明日も長引いて辛くなるかもしれないだろ? じっとしてなきゃダメだって…」


「…兄さん、ただの風邪よ。大丈夫だって。」


「う、う~ん…そうだけども…なぁ?」



 鬱陶しいくらいに熱を測っては中々下がらないと困り顔をする。そりゃ十五分に一回測っても下がらないだろうとイズミも呆れているが、心配される事を嫌だとも思ってはいなかった。


 配信を休んで一日という時間を自分が独占してしまえるのだから嬉しいくらいだ。しかし退屈というのは耐えがたく、なんとかして退屈を凌ぐ術はないかと大我に問いかけた


 すると大我は自分の部屋から何冊も本を持って来た。そういえば今まで大我の部屋に入った事が無かったイズミはどんな本を読んでいるのかだとか、趣味だとかを目にする事は無かった


 大我が部屋から持って来たのはまさかの少女漫画だ。意外だとは思ったが今や男性だって少女漫画を読む事は多いと聞く。しかし兄が実際にそういう趣味を持っていたと知れば驚いてしまうのも無理はない


 冒頭を見てみると学生の純愛を描いたもので、クラスの中で浮いてしまっている地味な女の子が先輩の男子に恋をしてしまうというありきたりな内容だ


 フィクションならではのご都合展開の連続にそんな訳ないだろうと心の中で突っ込んでしまう程に。それでもこういう作品が昔から後を絶たないのは、こういう展開に憧れを抱く女性も多いんだろうかと考えてしまう



 自分はどうだろう?あまりにも恵まれすぎている今の生活で、なにか都合の良い展開が起きるとするならば…そうだな、この漫画で言うならば風邪を引いたヒロインが憧れの男子から体を拭いてもらう展開…こんなもの狙いすぎて読者もドキドキしないだろうと思うがどうなんだろうか?



「イズミー汗かいただろ、体拭くから脱いでくれ」


「えっ!?」


「いや、血流が良くなりすぎたり、風呂上りで冷えちゃうから風呂には入れないだろ? だから濡れたタオルで汗だけでも拭かなきゃ」


「あ、あぁ…うん…そうね」



 さっき見たマンガでは仕方なく不可抗力でって感じだったけれど、きっと私がドキドキしているのは兄さんみたいに大胆な誘われ方をしたからでしょうね。そういう所が好きよ兄さん。


 ただこの流れ、さっきの漫画ではヒロインが『ま、前は自分でやるから…///』なんて甘えた事を言ってたけれど、大胆な兄さんの事だわ、きっと前を向けとか言うんでしょうね?私は自分でやるなんて言わないわよ



「じゃあ前は自分でやりなさい、兄さん飯作ってくるから」


「あぁ…そう…」



 なんでやらないのよ。谷間の奥の奥まで拭きなさいよ。拭いてる最中に兄さんの股間の膨らみに気付かせなさいよ。そっから朝まで汗かいて次の日兄さんが風邪引いちゃいましたで終わらせればいいじゃないの。まぁそういう素っ気ない兄さんも好きだけれども。


 これはまだまだ少女漫画から学ぶ事は多いかもしれないわね。読み進めましょう




 ヒロインが別の男から告白を受けるのね、これは流石に私の耳に入る前に兄さんがその相手を殺してしまうだろうから起こりえないわ。次の事件に進みましょう



「あ、イズミー?そういえば大田さんから連絡あったんだけどさ」


「・・・・」


「なんで読み続けるんだよ。聞けよ」



 まさかあの女、私経由で兄さんの事狙ってたの?とんだあばずれじゃないの。でも残念ね、兄さん…いえ、"彼"の隣にいるのは未来永劫私なのよ。それは変わる事のない事実、不可侵の領域なのだから。そう、この漫画の負け犬男の様にあっさりと振られればいいわこのメス豚め。



「暖かくなったら一緒にバーベキューでもどうですか? 道場の近くに私有地があるから動画の撮影もOKです! だってさ。別にお兄さんも一緒で大丈夫ですって言ってるけど、本当はイズミと会いたいだけの口実だろうな」


「そう…考えておくわ」



 甘いわね兄さん。あの女はツンデレを狙っているのよ、この漫画に出て来る負けヒロインの様に裏と表で顔を使い分ける。どうせバーベキューに行くと私と兄さんの間に割って入って。ソーセージとかを口からよだれ垂らしながらイヤらしく食べて見せるんでしょうね。


 それから食後の運動とか言って兄さんと柔道でもするんだわ、乳を押し付け頬を紅潮させその荒い息遣いは性行為を連想させる。道場娘の私も、女なんですよ…?というギャップを狙った性交渉。もはや犯罪じゃないの。汚らわしい


 ただ兄さんがそんな誘惑に負ける事は無いわ。なぜならこの私に首ったけ、一緒の布団で寝た事もあるんだから当然よ、彼女には物語から退場してもらいましょう。



 ふぅ…久しぶりにマンガを読むと疲れるわね、夕飯までまだ少し時間が有るから一度眠って…それから…



「イズミ、ご飯できた…あ、寝てるのか…」


「それにしても、こんなに少女漫画に熱中するとはイズミもやっぱり女の子だなぁ。」



 …いつから眠っていたのか。昼食を食べて薬を飲んだのは覚えている、ただすでに部屋の中は真っ暗で時間も確認できない


 スマホの明かりが目を刺す、時刻は午後十一時を過ぎたくらい。半日近くも眠ってしまっていたのか、それだけの時間布団の中にいたのだから少し汗臭い。着替えなくては


 もう兄さんは寝てしまったのか?いつもはこの時間にも配信をしている筈だけど声は聞こえてこない。


 夕食を作ってくれていただろうに悪い事をしてしまった。ただ重たかった体も軽くなり、すっかり元気にもなっているので寝起きながらにもうお腹がすいている



「お、起きたか? どうだ体調は?」


「もう大丈夫よ、すっかり体も軽いわ」



 私が出来ていなかった編集作業を代わりにやっていてくれたのだろう。いつもは私が座っているデスクに兄さんが座っていた。


 夕食はおかゆと申し訳程度のソーセージに卵焼き。病床に伏していたとしてもこんな量で足りるとでも思っていたのだろうか?追加で豚丼を二杯食べてちょうどよかった



 兄さんはこれから寝るそうだけど、私が寝すぎてしまった為にまた生活リズムが不規則になって風邪を引いてしまうのではないかと心配していた。それなら、と私は提案した



「兄さんと一緒なら今からでもまた眠れると思うわ」



 困りながらも結局兄さんは渋々了承してくれた。初めての兄さんの部屋。兄さんの匂いで埋め尽くされた布団の中に兄さんと一緒に入る。今日は前の様に寝てしまうなんて事はないだろう、私は兄さんから見えないようにニヤリと笑った。これから寝ている兄さんの体をまさぐりにまさぐって発情させてやるのだから。



 お休みと言って眠る兄さん、その腕に抱かれ寝たふりをする私。兄さんの寝息に合わせて私も一定のリズムで…寝息を…



 翌朝、寝すぎてしまった為か風邪を引いた時よりも体が重たかった。




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