第188話 漢の肝試し
如月兄妹の提供するコンテンツはいつも第三者視点からだった為、今回は思い切って頭に取り付け一人称視点での撮影を可能にするカメラを購入しました。これで動物達と戯れている時は俺の視点で皆にも可愛さを共有する事が出来るだろう、と内心ウキウキでテスト撮影にやって来たのだが……
「それでは私が321バンジー! と言ったら倒れる様にして飛んでくださいねー!」
「ちょっと待って下さい」
なんで俺はバンジージャンプに挑戦しているんだ
いいじゃないか、猫カフェで小動物と戯れる俺と視聴者に癒しの空間を提供したって。俺は嫌いだなこういう過激な事すれば視聴数が増えるだろうっていう安直な考えは。コンテンツが死ぬ時って須らくこういう雰囲気だったと思うし、実際一人称視点の激しい動きで酔ってしまう視聴者だって出ると思うし、俺らのチャンネルにはこういうの求められてないと思うんだけどイズミは何を考えてセッティングしたんだろうか?
「何してるの兄さん早く飛ばなきゃ」
「いや飛ぶけどさ」
「321バンジー! の伸ばし棒で飛ぶのか、ジで飛ぶのか考えてただけだし」
「ジーで飛べばいいじゃない」
「本当にそうか?」
「ビビってんの?」
「いや飛ぶけどさ」
俺をこんな目に遭わせて何が楽しいんだ。高い所が怖いとかじゃなくて楽しむ姿勢みたいなのが分からないだけで、異国ではメジャーなスポーツだよ! って棒と球だけ渡されて野球が始められないのと一緒。脚に紐括り付けられてバンジー! とか言われても何が楽しいか分からんだろ? 今の俺は借りてきた猫どころか友達の友達から従兄弟の面白い話を聞かされている様なもの。この場にいるだけですでにつまらないんだからそこら辺考えて貰わないと。
「それでは行ってみましょう! 321……」
「あの、待って貰っていいですか」
なんでこのインストラクターこんなにテンション高いんだよ、なんか腹立って来た。成人男性谷底に叩き落として金貰ってるかと思うとすんごい腹立って来たんだけど。こんな商売を国が認めてるとはにわかに信じ難いんだけどこれ合法の奴? 谷底につき落としてからゴムがびよ~んってなったとして、上から切ろうと思えばいつでも出来る訳だよな? 高所得者の俺を殺す理由なんていくらでもあるし、イズミに勃起して犯行に及ぶ可能性だって大いにある。
飛びたくねぇ
しかし今考えている事をこのインストラクターに全部ぶちまけるとしよう、この男性がおばあちゃんの医療費とか妹の学費を稼いでいる至って真面目な好青年だったらどうする? 人を殺すリスクを取ってでも金を稼がなければならない理由が有ったとしたら? 自分のやっている仕事に誇りを持てない日々が続いてとどめを刺すのが俺になってしまったら?
「あの、そろそろ大丈夫でしょうか……? 怖ければキャンセルも……」
「……」
なんか急に優しくしてきたんだけど
俺が善人のフィルターを通しているとかじゃなくて普通に気遣って来た。やっぱり自分の人生だけじゃないんだ、家族の為にこんなやりたくない仕事をして、もしも俺がここで飛ばなければ会社の役員みたいな人に「お前、今日も客の事飛ばせなかったらしいな!」とか言われるんだろうな……
そうか、このゲーム一体何が楽しいのか理解できなかったがそれもその筈、きっと大富豪が特設会場の大型ビジョンに映して一般人が谷底に堕ちるのを見ているに違いない。そして余興と称して100本に1本くらいの割合で切れる紐が混じっており、大富豪たちは数億の金を何番目の紐が切れるかに賭けて楽しんでいるんだろう……なんて醜悪な施設だ。
「ご家族の方も待っておられる様ですのでまたの機会に……」
「飛びます」
「えっ……」
「へぇ」
俺は意味の無い事をするのが大嫌いだ。この世に生を受け死ぬまでの人間で居られる時間に無駄が増える事は避けたい。しかしもっと嫌いなのは他人に舐められる事だ
「それでは行きまーす!」
「3!」
他人に命の価値を値踏みされるのが嫌いだ
「2!」
俺の人生は俺の考えるままにあればいい
「1!」
絶対に生きて帰ってやる
「バンジー!!」
「あ、兄さん」
俺は飛んだ。危機的状況に陥った場合人間の本能によって体は硬直し目は閉じられるが、それはみすみす死を受け入れるだけの愚かな判断。人間の体において危機に備える事が最も危険だという致命的な矛盾が産まれるのだ、それに抗い俺の目は迫って来る川や木々に対してまばたき一つする事無く万が一に備え大きく見開かれている。全身は究極の脱力によりいかなる衝撃にも"備える備え"が出来上がっていた。
──────刹那
俺の体は伸び切ったゴムが戻ろうとする衝撃によって大きく跳ね上がった。二度三度と空中で跳ねる度に段々と重力に支えられるような形で俺の体は空中で静止し、景色が下から上へと流れていくのを見て自分が引き上げられているのだと理解した。どうやら俺は生きて帰る事が出来た様だ……
「お疲れさまでした~!」
「ふぅ……存外楽しい物ですね」
「終わった方は結構おっしゃりますね!」
それもその筈、そう思わなかった者は今や川底なのだから
今日俺は生き残った、しかしこれから数多くの命知らずがこの地を訪れ命の選別が行われるのだろう。それを止める術を俺は持たない、しかし大切な事は今しっかりと二本の足でこの地に立っているという事。それ以外に何が必要だというのだろうか?
「さぁ、帰ろうイズミ。今日はなんだか疲れた……」
「兄さんカメラ付けるの忘れて飛んでたわよ」
「……カメラ?」
「ほら。私が持ってたわ」
「……なんで早く言わないんだ」
「兄さんが飛ぶから」
そうだね、カメラは必要だったわ。




