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第187話 如月大我の小さな怒り

 


 今日も兄さんは全国の不特定多数の人間に対して、発散しようのない怒りをぶつけている。それは私から見ても些細な事ながら、兄さんの昂り方を見るにあながち冗談で切り捨てるには見過ごせない程度の問題らしい。



「俺はとにかくお前らに警告したい、食事をする時に決して無理をしてはいけないという事を」



 日本に帰ってくるまでの兄さんの経歴は、世界のありとあらゆる場所で料理人として腕を磨いていたらしい。その中で出会った様々な客に対して不満に感じる事も少なからずあったらしく、今日はそれに関する話だと思われる。



「お前ら中華食った時にやたら熱さを強調する人間を見た事は無いか? ラーメン、餃子、熱々のあんかけなんかもその一つだろう。そいつらが一口料理を口にした後になんて言うか分かるか?」



 熱い



「これあっつ!!」



 そうでしょうね



「いやいやいや……w 作ってる側からしますと、別に熱さに対して感想が欲しかった訳じゃないですから! 口の中でろでろに火傷するわ~w いや……ちょっと冷まして適当な温度にしてから食えば良いじゃないですか!? 第一声が火傷アピールってどういう事!?」



 適当な温度に調理してから出せばいいじゃないですか



「大体な、そういう事言う客には共通点がある。それらの多くは学生か低所得者だ」



 偏見でしょ



「なぜなら高所得者は身に着けている高額な衣服に汚れが着く事を警戒し、誤って吐き出さない様に慎重に食べ物を口に運ぶんだ。つまり口の中火傷しちゃう~w の民は無意識のうちに恥ずかしい事を言っていると自覚した方が良いぞ!? あと作ってる人間にも配慮が足りていない事を!!」



 私怨が酷いわね



【そもそも高所得の人って何食って生きてるの?】



「町の中華とかは食わないけどそれこそ本場では満漢全席とか食ってるぞ。まぁそういうのは冷ます必要が無い温度に調理され、蒸し料理とかにも厳しい時間制限が設けられている」



 語るに落ちてるじゃない



「ていうか日本でもそうだけど料理に対する過剰な熱々信仰は何なんだ? 実際炊き立ての米とか食べてもあたふたした後に涙目で『熱いけどおいしい~!』って……いやいやそれはただのやせ我慢じゃないですか……なぜ誰も彼らに言ってあげないのか?」



 それはそう



「麺類はちょっと放置したら伸びるけど米はちょっと放置してから十分に水分を飛ばしてから食った方が絶対にうまいから!! テレビで土鍋からよそいたての米食って絶賛してるあいつらの事今度から詐欺師って呼ぼうぜ」



 分かったわ



「あんだけ食欲旺盛なイズミだって湯気が落ち着くまで待ってから食うんだからそれが正解だろ! なぁ?」


「えぇ」


「ほらぁ!」



 ハッキリ言って炊き立てにこだわりなんか無いけれども、私がすぐに食べてしまうと兄さんが火傷を気にして調理の手を止めるからわざわざ据え膳前にして待機してるんだけどね。でもそれを言ってしまうと調理の手を止める事無く、合間合間に私の様子を気にしながら作業してる姿が目に浮かぶからクレームも言い辛いのよね。



「いや石焼ビビンバとか麻婆豆腐は熱いうちに食わないと!!」



 えっ



「あんなもんわざわざ冷めないように熱した石の器に入れて来るんだから、そのまま食わないといつまで経っても飯終わんないだろ」



 清々しいまでのダブスタに一瞬思考が止まってたわ。確かに兄さんはある種の料理に限って私の安否を気にするような素振りを見せない場合もある。それは焼き石がついてくるタイプのステーキでもそうだし、どうやら兄さんは提供する側が想定している温度で食べる事に重きを置いていると思われる。でもそれならさっきの中華は調理側の提供方法にミスがあるって事になるのでは?



【じゃあ中華は料理人が適正温度教えてくれないから悪くね?】



 ほらまさにそこを突かれた。どうするの兄さん?



「中華の件に関しては受け手側がわざわざ熱いうちに食って、しかも味に言及する前にその温度に言及するその姿勢に苦言を呈しているだけで、どれだけ熱いうちに食っても第一声が美味しい! だったら俺もこんな風に文句言って無いわ!」



 もうどっちでもいいでしょ、面倒臭いわね



「だってお前ら天ぷら食って第一声で油がすげぇ! とか言わないじゃん? そりゃそうなんだよ、油が凄いこと知りながら食ってるんだから、それ食いたいから注文してる訳でわざわざ言わないじゃんそんな事? でも目に見えて熱々の料理食った時だけそいつらは言うんだよ!! それが気に食わないんだよ!!」



 誰に代わって何を裁こうとしてるのよ兄さんは



「そいつらは見て欲しいの! 自分が熱々の物を食って食を楽しんでまっせw の姿勢を見て欲しいだけなの! 似非美食家だよあんなもんは!」



 好きに食えば良いじゃないのよ



「いいや譲らないね! だってそうだもの! 実際そうなんだから反証も無い物に頭下げる事は無いだろ!? もういいお前らとは話にならん今日はもう寝る! じゃあな!」



 あぁ~あ、拗ねちゃったじゃないの



「思慮が足らない、自分がそっち側の人間だと暗に言われているんだ! って思うから頑なに認めようとしないんだよ!」



 小さい頃からこんな風に掲示板でレスバしてたんでしょうね。可愛いわ本当に



「なぁ!? 俺間違った事言ってるか!?」



 来たわね、一日の総括を他人にゆだねる事によって自己肯定感を増したいという。兄さんも内心あれだけの反論があった事に動揺しているんでしょう。確かに兄さんが言う事にも一理あり、実際そういう輩が界隈に蔓延っているという事も事実なんでしょう。しかし今日の兄さんはあまりにも暴論かつダブスタ極まっていた。贔屓目に見てもみっともない放送だったと言えるでしょうね。



「兄さんが正しいわ」


「イズミだけだよそう言ってくれるのは!!」




 それでも私は兄さんを甘やかす。


 何故なら私は妹でもあり兄さんの全肯定信者筆頭なのだから。



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