第186話 死後評価されるタイプの天然
季節はそろそろ冬の兆しが見え始めた11月の頃、義理の母である神田朝陽さんの家で断捨離を手伝っていた時の事である……
「手伝って貰っちゃってごめんなさいねぇ~? どうしても一人だと捨てられなくて……」
「どうせ元旦那との思い出がどうこうでしょ? 任せてください全部捨てても心痛まないんで」
「今でも旦那だよぅ!」
朝陽さんと言えばその雰囲気と同じ様に私生活でもふわふわと生きている。これは別に適当に生きているという訳でなく全力で生きながらそんな雰囲気を醸し出す性分で、これが漫画などでよく見る"天然"という奴なのだろうと朝陽さんと関わるようになってから思った。そして今まで自分が天然に抱いていたささやかな憧れみたいな物を打ち砕くきっかけにもなった人だ。
「母さんこれ捨てても良いでしょ?」
「あっダメダメ! それは慶二さんが同棲する時に持って来た茶碗なの!」
「でもこれ使わないでしょ」
「使わなくても取っとくの!」
* * *
「朝陽さんこの段ボールの中身選別しといてください、残り捨てますんで」
「ううん、それもう選別終わった物だから」
「え、いやだって……7箱もあるじゃないですか」
「それはイズミがまだ小さかった頃のとか、慶二さんがくれたものとか買った家電とか……」
「そんな事言ってたら何も捨てられませんよ!?」
「捨てなくても良いの!!」
「えぇ……」
こんな風に人を呼び出したくせにその理由を全否定するような人なのだ。こんな事が日常的にある訳だから付き合わされる方としてはたまったもんじゃないと思う時もある。しかしどれだけ出会おうと思ってもこれだけ"天然物の天然"に会う事なんて無いだろうと考えればいい経験になっているとも思えなくもない……極めつけは結局片付けなんて一ミリも進まなかったこの日の最後に
「困ったわねぇ……じゃあ大我ちゃんイズミの分だけでも持って帰って?」
「え、家に持って帰るんですか?」
「うんー。大我ちゃんのお家なら広いから大丈夫かなって」
「はぁ……」
大事な物だから自分の身の回りに置いておきたいのかと思えば、平気で処分してしまいそうな人間に持ち帰らせてしまう。まぁ俺はそこまで非道な人間でも無いし昔のイズミの物だと言われれば保管しない理由はない。例えそれが赤い羽根募金の羽根だったりパン祭りのポイントカード(3点足らず)だったりする物でもだ。
「じゃあせっかく今日来てくれた大我ちゃんにご褒美をあげなきゃね!」
「まぁそうでもなきゃこちらとしても割に合いませんからね」
「この間お客さんからホッケ? をいただいたのよ、なんでも旬らしくって」
「おぉそれはいい! この時期だと北海道産かな? 脂が乗って身厚で……」
「肉じゃないんかい」
イズミが文句を言うのも仕方ないか、食の好みが朝陽さんと似通っているとおこぼれに預かる機会はほとんどないだろうし、仕方ないから帰りはちょっと多めに肉を買って豪勢な夕飯にしてやろう。ていうか朝陽さん遅いな、いくらありとあらゆる生き物に襲われた経験のある朝陽さんでもまさか死んで冷凍されてるホッケに襲われるなんて事はあるはずない……いやあの人なら分からん。途端に心配だ見に行こう!
「朝陽さん大丈夫ですか!? ……てなんすかそれ!?」
「うー-ん!! 大我ちゃん尻尾の方持ってぇ~!」
「朝陽さんそれホッケじゃなくてブリですよ!? どうやったら間違うんですか!?」
「ごめんね私お魚詳しくなくてぇ~!!」
「どんだけ生きるのに不慣れなんだこの人は!!」
それから必死の思いでブリ……というか邪魔な朝陽さんと格闘しながら車まで運ぶとなぜか一仕事を終えた表情の朝陽さんと別れ家路に着く事となった。車内には生臭い魚臭が充満し、イズミは大層不機嫌そうだったがハンバーグの肉だねと丸鶏を買う事を約束すると諸手を上げて喜んでいた。
「にしてもホッケとブリ間違う人は人生で初めて会ったな……客もこんな解体前の物渡すなよな」
「そういえば昔からよく分からない物が家に運ばれて来た事は有ったわね」
「根っからの貢がれ体質なんだろうな、まぁ分からんでもないが」
朝陽さんの事だから特に価値の無い物まで保管してそうだが、もしかしたら掘り出し物のお宝とかが眠ってたりもするかもしれないな。死後数年してから腕利きの古物商だったなんて誤解されたまま語り継がれるかと思うと胸が熱くなる。これからの朝陽さんにも期待しよう
~夕食中~
「身質が良いからブリしゃぶにして正解だったな! これは酒が進む」
「うめっ。鶏うめっ」
「にしても朝陽さんって昔からあんな感じなのか?」
「どんな?」
「なんていうか……天然?」
「そうよ」
イズミが一番印象に残っているのは運動会に着ていく服にゼッケンを縫う事になったのだが、翌朝その服を着るとゼッケンと服の前後が一緒に縫い合わされて頭が通らない状態だったんだと。その日一緒に運動会を見に行く予定だったスナックのママに頼んで事なきを得たんだが、当の朝陽さんは誰かにやられたかの様な表情でイズミの事を気遣っていたのだという。
「以来私の中で母さんのカーストは胡麻くらいよ」
「せめて副菜にはしてやれよ……」
きっと死ぬまで治らないのだろう朝陽さんの天然は、頭でっかちだったと聞く父親にもそれはそれは興味を惹かれる対象だったんだろう。今まさに俺も朝陽さんの巻き起こす天然の渦から逃れられない状態なのだから……




