第185話 交通安全週間
如月大我です。現在秋の交通安全週間だとの事でそこら辺には警察官がウロウロしており、運転しているイズミにも制限速度内の安全運転を心がける様に注意喚起しております。しかしこの期間で日本には引き籠る事でのメリットが多すぎると感じる事になるのでした。
「お兄さんすいません、今交差点を……」
「いやあの……運転手こっちで」
「?? あぁ!! 大変失礼しました!」
そう、我が家の車は左ハンドルの外車だったのです。そもそも海外で暮らしていた頃から乗っている別段高級車という訳でもない車なので、日本人が想像する高級車とはフォルムが違う事も相まって目的地に到着するまで何度も車を止められる事に……まぁこれが右ハンドルだった場合止めない理由はないよなとも考えたので、助手席に乗っている俺もあたかも運転しているかのような雰囲気で左右確認も怠らない。これで何とか騙されてくれると良いが
「お二人ともやけにキョロキョロしてましたので……」
「じゃあどうしろって言うんですか!? この日本において左ハンドルは余計な手間を強いられて生きるしかないって言うんですか!?」
「お兄さん落ち着いて……」
つい声を荒げる事になってしまったが実際に大義名分が有るのは警察の方だし、別に左ハンドルでなくては不便なんて事がある訳も無く。なんなら今すぐにでも買い換えられるほどの資金力も有るので思い切って新車にしてしまえば良いのだが、きっかけが交通安全週間って……なんか車を買うってこういうタイミングじゃ無い気がして……それにちょっと悔しい
「俺達は一切の違反をしていないにもかかわらずこれほど警察から声を掛けられる。もちろんそれが悪い事だとは思わないが俺達にとってはかなり煩わしい、もはや車に乗らずタクシーでも使ってた方が圧倒的に早く目的地には着いてたはずなんだ」
「新しいの買えば良いじゃない」
「そういう問題ではない! もし新車を買って左ハンドルに慣れたイズミが車間距離を誤って事故に繋がったらそれこそ本末転倒じゃないか!」
「兄さんが運転すれば良いじゃない」
「それも出来んのだ!!」
そりゃそうだろう、今俺達が住んでいる地域は元々イズミが住んでいた場所で、もしかしたらイズミを襲おうとした男達が暮らしている可能性もあるのだ。もしも朝陽さんから聞いた話と同じ場所に傷跡を持った男を運転中に見つければ、ノータイムでアクセルベタ踏みでハンドルを切ってしまうだろう。俺は常に人を殺しかねない状態で生きている事に配慮して欲しい。
「俺だって警察が悪いという気も無い、100人止めてその内99人は向こう数年事故なんか起こさないんだから。その99人を100人にする為の注意喚起だって事は理解してるつもりなんだが……如何せん多すぎる! 昔のRPGのエンカウントくらいは警察に止められる。」
「都内で車使ってる方が悪いんじゃないの?」
「それもまた然り……」
交通の便が悪い地方なら車無しでの生活は考えられないだろう、しかし都内となるとそれは真逆の話で駐車スペースは必要だわやたら信号も多く店に入るにも駐車場は分かり辛いし……メリットなんかほぼ無いと言っても良い。しかし極稀に今日のように車が必要な日が来るから手放す事も出来ないでいる。
「実際車持ってても鍋やる時くらいにしか役立たないって可哀想ではあるけどな」
「それ以上大荷物になったら配送で済むものね」
「そうなんだよ、遠出するにしても一旦新幹線か飛行機で都内から脱出してレンタカーを借りる方が何倍も楽だし。ホント何のために車なんか使ってんだろうな」
「タクシーとかに乗って人と関わるのが嫌だからでしょ?」
「それも有るな……」
タクシーなんて全然知らないおっちゃんと閉鎖空間に詰め込まれるという半ば罰ゲームみたいな空間だから、会話を繋げなきゃいけないストレスとか態度の悪さに思わず口を出してしまいそうだとか、俺らに限ってはお決まりの「カップルですか?」という質問も潜り抜けねばならない。それが面倒極まりない、タクシーによる心的ストレスと年に数度の警察からの注意を天秤にかけると……どっちにも傾かないちょうどイーブンである。
「もう鍋食わないで家の中で引き籠ってた方が全然メリットになりそうだな」
「兄さんが馬鹿みたいにいらない物買いこむからでしょ」
「野菜の事いらない物っていうんじゃないよ! 白菜美味しいんだからな!」
確かに車内のスペースは主に白菜やレタスなどの大きい葉物野菜が占め、イズミの食べる肉に関してはギュッとすればバスケットボールくらいの大きさになるだろう。これなら徒歩でも十分持って帰れる量になる。まさかこんな所でイズミの偏食にメリットが生まれるとは……。
「いっその事家政婦でも雇って全部やって貰うか……」
「年単位で顔見合わせる存在が増えるのよ? それならタクシーを我慢した方が良いでしょ」
「あぁ~……確かにそうかもしれん」
このままだと俺達は数年後、様々な事が面倒になり点滴だけで生活してもおかしくないなと思いこれ以上考えることはやめた。
「はぁ……なんだかいつもの倍疲れた気がする」
「実際倍以上時間かかってるわよ」
「本当だ……とっとと配信の準備しないとな」
鍋に使う具材を調理しながら今日起きた事を簡単に説明していると、何人かの視聴者は同じ様に左ハンドルで警察から声を掛けられる事があるらしく初心者マークみたいに左ハンドルマークを作ってくれないかとも言っていた。しかしそれが法律上認められてしまえばカッコいいからと高級外車を乗り回している人間も同じ様にださいマグネット式の装飾を求められる事になる。
ルールを破る人が居る事で締め付けられるのはいつもルールを守っている人間なのだなと諸行無常を感じ、自分達の例を鑑みて常に左ハンドルの場合を考え取り締まりする警察も大変だと労いの念を禁じ得ない。誰もがストレスなく生きて行ける様に無事故無違反が増える事を祈っている。
「あっサイレンの音だ」
「案外日常的に捕まる人間は居るものね」
「警察も大変だ」




