第182話 屁理屈百合否定おばさん
厳島カガリの本職は空想科学を研究し、リアルでは再現不可能な技術や事象をコンピューター内で実演する事で科学に興味の無い人間にもユーモアをもってして専門的な用語を学ばせている。言うなれば妄想実現おばさんって事になるがそんな彼女からある日唐突にこんな質問を投げかけられた。
「大我クンさ、女性同士の恋愛ものばかり見ているようだけどそれってただ美少女が見たいだけなんじゃないのかね?」
なんてこった。まさか俺の聖域である百合をこんな風に揶揄する人間が俺の周りにいたなんてな……今すぐにでもこの家から叩き出したい所だけど、まぁ俺も今まで何度この手のクソレスに対して答えて来た事か。なんならこのまま百合の沼に引きずり込んでコンテンツの繁栄を一助する糧として生き延びさせてやっても良いなと俺は考えたのだ。
「別に美少女見たいだけならイラストで事足りるし、百合ってその人ごとの心境に重きを置いてるからキャラの造形によって属性を感じられる訳でも無いんだよね。それも含めてコンテンツだから楽しいんだよ」
完璧なカウンターが決まったな……これにはカガリの更年期屁理屈も通用しないだろう。今頃歯噛みして悔しさのあまり尿漏れバーストをしているに違いない、その漏れ出た排泄物の上で土下座でもして見せるんなら俺の崇高な趣味を揶揄した件については許してやらん事も無い。
「でも"心境に重きを置いている"と言う割には現実の同性愛と違って百合の高齢者物って無くないか? それとも私が見た事ないだけなのだろうか?」
……ん?
「なんだか猫も杓子も学生だったり、新卒とキャリアウーマンだったり受け手側の理想だけを抽出して作り上げられてるコンテンツに感じるんだが……あぁこれは別に煽りとかではなく単に興味として聞いているんだよ」
なるほど、このババア自分が百合の対象にならない事に危機感でも覚えているんだろうか? それとも未だに継続しているバーチャル方面の活動が思ったように行かず、百合営業の為に高齢者向けの百合でも検索したか? いずれにしてもこの意見には一過言持っている俺にとっては煽りにしか感じられん。この問答が終わったら首都高に捨てて来よう。
「勘違いしている様だけど百合って言うのは元々ノンケだった女性の恋愛を描いている作品が多くて、高齢同士になるとそれはもう恋愛ではなく結婚とかの範疇になってしまうので、そういう作品は購買層に求められてないから供給も少ないだけなんだよね」
「それにコンテンツを供給する側がそれを享受する層に対してのアプローチとして売れる物を書くのは当然だよね? どうせあれでしょ? ニッチな物書いたら書いたで『百合ってどこの層に向けて売ってるの~?』とか言うんだろ? もう何年もそういう馬鹿相手にしてきてるんで分かるんですよ(笑) ハイ論破(笑)」
はいゲームセット、と。これだけ正論を浴びせられては頭でっかちの未婚閉経おばさんはぐうの音も出ないだろうな……そもそも人それぞれ楽しみ方がある物に対して正解を求めているその前提が間違っているという事に何故気が付かないのか? そこまで脳を殺して生きているあなたの方が僕からすれば疑問符なんですけど(笑)
「でも中には普通に結婚している作品とかも有ったりして、そのどれもが元既婚者だったりする40代の登場人物なのに妙に若々しく作られてるのが違和感でしか無くてね。ほらよくあるじゃないか大義名分振りかざしてその実ただ可愛いキャラに欲情したいだけって事、そういうのと一緒なんじゃないのかね?」
コイツあれか? 最近よくネットに現れる現実とフィクションの境が分からないあたおかババアか?
戦争のゲームやってたら犯罪者になっちゃうぅぅぅ!!!! とか声高に叫んでいる犯罪者予備軍の一味じゃねーのか? こりゃいよいよ俺だけの問題で無くなって来たな……いつも素晴らしい作品を供給して下さる神々に対する背信行為を許す訳にはいかん。今この場を持って成敗せねば!!
「そもそも百合作品を売るという事に対して嫉みか何かマイナスな感情を持っている様に感じるけど、先程からあなたが気にしている事って積極的に情報を得ようとしなければ目に飛び込んでこないマイナーな界隈の物なんですよ。どうかお気になさらず自分の好きなコンテンツを追っていて下さい」
「議論から逃げるって事は否定できないんですよね?」
なるほど。徹底的に行くしかないみたいですね。あ~あ……久しぶりに熱くなっちまったな……こりゃもう根まで行くしかないわ。もう泣こうが喚こうが許す気は無い、覚悟しろ低学歴難癖ババア。
「別に逃げるとかでなく何かを叩く為にそこまでの熱量保てるのってなんかすごいなと思って(笑) 人の足引っ張るしか楽しみが無い人の脳内って不思議だわ(笑)」
「レッテル貼りで人格攻撃しか出来てないの草 百合豚って自分の旗色悪くなるとすぐ逃げるのな」
「もう無理だわイズミ包丁持って来てくれ。人の目に触れないようにバラシて捨てるから」
「ちょ、ちょっと待ちたまえよ大我クン!! 分かった!! そろそろネタバラシするから聞いてくれたまえ!!」
「命乞いまで見苦しいな屁理屈百合否定おばさんがよぉ……」
それからコミッショナーのイズミに一旦制止され詳しく話を聞いてみると、どうやらカガリもまたネットの海にて同じ様な論調で好きな物を馬鹿にされたのだという。最初はコンテンツに興味が有るから質問しているのかと思ったのだが、蓋を開けてみると先程のカガリ同様ただただ別界隈の人間を煽りたいだけのいわばキッズだったらしいのだ。
「結局レスバには負けてしまいそれが死ぬほど悔しくて……大我クンならなんとか反証を持っているのではないかと思って試しにやってみたんだ……」
「なるほどな、やたら喧嘩腰で常に議論の後手に回っていたのはそういう理由だったか」
「頼むよ大我クン、なんとかしてあのクソガキをぎゃふんと言わせるためのテンプレみたいなのを作っておくれよぉ!」
「ちなみにそのハマってるコンテンツって何なの?」
「日曜朝の女児向けアニメだけど……」
「いや女児向けアニメでレスバすな」
それから様々な方向から反撃の糸口を探してみたものの決定打になりそうなレスの直前では決まって『効いてて草』『めっちゃ早口で言ってそう』など本筋とは関係ないただの煽りのせいで相手を屈服させる事は叶わなかった……こんな八方塞がりの状態に業を煮やした我々は無限機動悪口マシーンことイズミの力を借りようとアドバイスをいただく事にした。
「イズミなら"効いてて草"って言われたらどうする?」
「ハッキングして掲示板の名前欄をそいつの住所と電話番号にする」
「それだぁ!!」
「それだじゃねぇよ! そこまでの行動力あるんなら少しでもアニメに還元してやれよ!」
しかし件の定型文にはこれくらいしか対抗策が無いのも事実、最終的には『はい俺の勝ち』とレスして相手にしない事が最善の策だと相成った。売り言葉に買い言葉でそんなやり取りを何往復もしていれば界隈の評判も悪くなるだろう。昨今のコンテンツを繁栄させる為にはいかに金を落とすかという事だけでなく、こういった輩に対してどれだけ耐え忍ぶかという事も考えねばならないのかもしれない。
しかしそう言い終えた大我の目には古のレスバトラーとしての執念の炎が燃えているように見えたとかいないとか……仮想敵との戦いでストレスを溜めた彼がどこかで問題を起こさない事を祈るばかりだ。




