第179話 バイトリーダー大野楓
都内某所、カフェテリアのバックヤードより
「では今日も一日よろしくお願いします」
「お願いします!!」
「……」
なぜこの人がここに……? 確かお父さんの雇い主でもある如月大我さんと仲のいい方、だよね? 以前プールのバイトをしていた時に会ったと思うんだけど、如何せんあの時は如月さんとの押し引きに必死で会話をしたかどうかも定かでない。というかよく覚えていたなと自分の記憶力の良さに感心するくらいだ。
「大田まさみ22歳、友達を探しに来ました! よろしくお願いします!」
「なるべくなら仕事をしに来てくださいね」
「楓ちゃんは今大学生なんですよね?」
「楓ちゃんでなくバイトリーダーでお願いします」
しかもどういう訳かバイトの中で最も地位が高い私に馴れ馴れしくしてくるのは本当に理解できない。こちらは高校生の頃から長年ここで働き、進学での離職を恐れた店長からこの地位を与えられている優秀な人間なんですよ。少しは敬意を持って接していただかなければパートタイマーの方々にも示しがつかない……
「何をしているんですか?」
「えっと……ネクタイ結んだ事無くて……」
「あぁ、まぁ女性は仕方ありませんね。よく居ます」
「CAをやってた頃は蝶ネクタイだったから……」
「え? CAってキャビンアテンダントですか?」
「うん、国際線に乗ってて……」
「へ~……」
なんだ、てっきり職業経験なんか経ていない就活失敗した大学生かと思っていたけどしっかり正社員として働いていたんだ。しかもキャビンアテンダント……人は見かけによらないというか、多少性格に難が有ろうと雇われる物なんだなと学びを得られた。これは自分の将来にとっても大きな自信になる事でしょう。
「接客業の経験がお有りでしたらそこまで難しい仕事ではないので」
「そうなんだ! でもカフェって言うからフリフリのメイド服なんか着せられるのかと思っちゃったよ~」
「それはフィクションの見すぎです。実際そういう制服目当てに応募して来る変わり者も居ますけど」
「私、小さい頃から柔道しかやって来なかったから筋肉質でね~……」
「え? 柔道ですか?」
「そ~、おかげで日本一になっちゃってね……」
「ひぇ~……」
柔道日本一ってすごくないですか……? ていうか柔道娘がキャビンアテンダントを目指そうとした経緯って何なんですか? 女性らしい制服に憧れて……でもさっきはフリフリの女性っぽい服は着たくないって……あまりに濃すぎる自己紹介は彼女という存在を謎に包むばかりで、今となっては私より小柄な年上の彼女が異形の物に見えて仕方がない。
「では大田さん、簡単に接客の流れを教えますけどくれぐれも物を壊さない様に」
「そこまでドジじゃないよ~」
「いえ、握力的な意味で」
「ちょっと失礼じゃないかな!」
私がレクチャーを始めると呑み込みの早さだったり要所に挟まれる質問の質に、しっかり社会を経験した大人の雰囲気を感じた。こちらが伝えたい事を求めてくれるのは本当にありがたいし、きちんと吸収してくれているんだと実感できて教える方も気持ちよく仕事が出来る。最初は変な人で不安だったけどこの人とは案外うまく仕事が出来るのかもしれない。
「にしても楓ちゃんは本当におっぱいが大きいねぇ~……w」
「……はい?」
「それだけ大きいとやっぱり……そのw 可愛い下着とか、全然持ってないんじゃないのぉ~w?」
「何ですか急に気持ちが悪い。私そういう冗談好きじゃありません」
「いやあの……ちょっと気になっただけだからw ごめんごめんwふひw」
ほんの少し見直した私が馬鹿みたいだ。先程からやたら挙動不審だし、この人と顔を合わせるのが嫌になったらいよいよこの店ともお別れだろうか。長年いくつものアルバイトを掛け持っていた私に言わせれば、バイトに必要な能力はコミュニケーションでも仕事をこなせるバイタリティでもなく、いらん事で波風を立てない能力。この一点に尽きるのです。
同業者への不満に同調しない相槌のチョイス、要望を突っぱねていると思われない程度できっぱり断る能力、店長を悪者にするシステムの構築、これらすべてを円滑に行えれば大体どんなところでもアルバイトは苦じゃない。一番厄介なのはパートのおばさんがボスになっている職場で、彼女たちにとって若い女性というのはただの未熟者という認識らしく、ほとんどの場合舐められている所からのスタートだ。
だからそういう人の居ないこのバイト先はお気に入りだったのになぁ、まぁ人間関係で嫌になったらこじれる前にさっさと逃げるが吉ですよ。トラウマでも抱えてから辞めても時すでに遅し、PTSDになって再就職不可能なんて例もあるみたいだし事故にでも遭ったと考えれば……
「えっと、楓ちゃ……」
「仕事中ですので出来れば名字で呼んでください」
「あ、ごめん……大野さん」
「なんですか」
「よければ連絡先とか……」
「プライベートでも関わるつもりは有りませんから」
「ご、ごめんなさい……」
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「って事があって……もうバイト行きたくありません……」
夜にもかかわらず今日は例のスナックにも行かず、バイト先から直接家に来たみたいだ。神妙な面持ちでなにかのっぴきならない事情でもあるのかと思ったが……
「100%お前が原因だろ、なんだ下着の話と気色悪いな」
「だ、だって……それをきっかけにお買い物に誘おうと思ったんです!!」
「にしたってアクセサリーとかで代用効くだろ? 完全に下心丸出しで聞いてるからそんだけ拒絶されてんだろ。自業自得だな」
「じゃあ私の周りの一体どこにアクセサリーが有るって言うんですか!? おばさんたちは相手も居ないから身に着けてないし、イズミさんに至っては家から出ないし興味も無いし! そういう方向で友達作りたいから大野さんと同じバイト先にして仲良くなろうと思ったのに!!」
「大野さん貧乏すぎてアクセなんか買う訳ないじゃないですか!!!!」
「だからそれも含めてお前のせいだろ。シンプルなリサーチ不足」
「もういいですよ!! 大我さんに相談した私が馬鹿でした!!」
「相談してなくてもバカなんだよ」
「いんっ!!!!」
顔を真っ赤にして勢いよく飛び出していった大田さんだが、そこまでして買い物なんか行きたいのだろうか? 俺があんな性獣にイズミを貸し出す訳も無し、まぁ折角大野さんも娘に友達が出来るって喜んでたんだから俺も応援してやりたい所ではあるんだが……金の無心でもされたらたまったもんじゃないので深く関わるのは遠慮したい所だ。
「なんだか大変そうね」
「な。どうせ今夜は母親たちにも相談するだろ」
「どうかしらね」
「???」
翌日聞いてみるとイズミの言った通り、三人は大田さんから相談を受けるどころかバイトを始めた事すら聞かされて居なかったらしい。いつも適当な大田さんを見慣れてしまっていたせいか今回もすぐに辞めてしまうんだろうと思っていたが、存外本気らしいと知る。
「にしてもよく大田さんが相談しないって分かったな?」
「一応私は友人のつもりだもの」
「あぁ~……確かに」
「まぁ当人は意識もしてないでしょうけどね」
「大田さんからすれば恋愛対象だからな」
かなり先行き不安な大田まさみだが、彼女は念願のお友達デートでプリクラを完遂する事が出来るのだろうか!? 大田まさみの明日はどっちだ!!
いつかに続く!!




