第178話 芋掘り事件簿
今日は朝陽さんのスナックに足繁く通う常連さんからの好意で芋掘りに参加させていただく事になった。しかし周囲は子供連れのお母さんやおばさんだらけ、正直アウェイの空気をビンビンに感じている。
「それじゃあ今日はよろしくお願いしますぅ~」
「えぇえぇ! 神田さんの好きなだけ取ってってくださいねー! はっはっは!」
唯一の救いは朝陽さん達も一緒に来てくれた事だろうか。家系図的な面で言えば俺も朝陽さんの息子な訳だし、遺伝子的に言えば晴香やカガリの子供である訳で、今も畑の上を走り回っているガキどもと立場的には同じなのだから、息子枠としての参戦だと自分に言い聞かせる事にしよう。
今回の俺達が目的としているのは旬の芋、それのみだ。
「ここいら一帯は子供が多そうだ、あそこの隅ででも……」
「どこから来たんですか~? 何年生?」
「1年生!」
「ピッカピカの一年生だ」
「大我にもこんな時期が有ったのかもな~」
これだから女は嫌いなんだ……子供を見ると誘蛾灯に群がる蛾の如く、何が楽しくてそんな未成熟な生き物相手に話が出来ると言うのか? 意思疎通の出来なさはそれこそ犬や猫と同程度、しかも見た目は人間だから愛嬌も無いし……俺はイズミと一緒に隔離スペースで黙々と土をほじくり返させて貰うぞ
「兄さん先客がいるみたいだけど」
「こんな所まで!? まったく、人間なら群れで行動しろよ生物として欠陥があるだろ!」
「自分で言ってておかしいと思わないのかしら」
「……」
「なんだ女児じゃないか、なんだというか危なすぎるだろ。親はどうしたんだ」
「目を離しても大丈夫だと判断したか放置をしているのか」
「面倒な事に巻き込まれるのは御免だ、近づかない様に一定の距離を取ろう」
しかし最近は子供だけでなく親まで手のかかる輩が増えすぎだ。作るだけ作ってこんな風にほっぽり出している光景も珍しくないし、それが日常的にスーパーなどの公共施設で散見されるのだから独身男からすると迷惑でしかない。下手に声でも掛けて泣かれれば一方的にこちらが悪くなるし、本当の巨悪である親なんて被害者面を貫き通す事だろう。これだから子供は嫌いなんだ、もちろんその親もな!
「……」
「しっかしデカい芋だな、今年が特別なのか……それとも市場までは出回らないのか」
「とっとと掘り尽くして焼き芋にして食いましょう」
「そうだな、腕が鳴るぜ!」
「……」
それから食欲に突き動かされるイズミと共に畑がひっくり返らんばかりの勢いで芋を掘り、最中には昼飯という名の味見用の芋が配られた。蒸かしただけなのにまるで砂糖でもぶっかけたみたいな甘さに体の疲労がドンドン癒されていく感覚を覚え、これだけの絶品であればもっと持ち帰ってもぺろりと食べてしまうだろうと考えた俺達は一層芋掘りに力を込める事となった。
「……」
「イズミ、どれくらい経った?」
「掘り始めてから大体2時間くらいかしら」
「それでもまだ一人って事は放置説が濃厚だが、なんだってここの爺さんは参加を了承したのか……」
「気になるなら声でも掛けて来ればいいじゃない」
「いやだよ変に懐かれても鬱陶しいし」
「兄さんに懐く動物なんかいないでしょ」
「それは分からんだろ!!」
それから掘れども掘れども子供の保護者とみられる人物は姿を見せない。一言も喋る事無く黙々と地面を掘り続けているみたいだが、まだ来ない親の事を待ち続けているのか? それとも来ないと分かりながらこの場所で時間を潰しているだけなのだろうか?
……いいや、そんな事はどうでもいい! どうせ地主の手で処理されるだろうし俺達はただ自分達の食い扶持の為に芋を掘るだけだ!
~30分後~
「ふぅ……なんとか段ボール2箱って所か?」
「こうしてみると案外少ない物ね」
「細長いからそう思うだけで持ってみると中々だぞ?」
「それじゃあそろそろ朝陽さん達にも報告を……」
「あれ? そういやあのガキ居なくなってるな」
「本当ね、親が迎えに来たのなら気が付きそうだけどね」
「まさか勝手にどっか行って事故にでも巻き込まれてんじゃないだろうな!?」
「母さんたちの方に行っただけかもしれないじゃない」
「むぅ……これだからガキは嫌いなんだ!!」
それから俺達は朝陽さんと地主の爺さんが話している場に合流するとすぐに件の女の子の話を聞かせ、どこかで見かけなかったかと尋ねるもそんな子供は見なかったと言っていた。これはいよいよ事件性が出て来たと思い、すぐにでもお警察に連絡をしようかと携帯を取り出した時だった。
「そういえば……」と地主の爺さんがここいらに伝わる不思議な話を語り始めた。
なんでもこの付近に流れている川では数年前から水難事故が絶えないのだという。誰も手入れをしない木々も伸びっぱなしのその川は、小学生を中心に秘密基地的な人気を博して夏場には多くの小学生がそこを訪れるのだという。しかし転べば大人でも溺れてしまう様な川の流れは小学生たちを容赦なく飲み込むのだと。
「そんで今年の被害者は上下ジャージでおさげの女の子だったとか……」
「確かに特徴は一致する……でももしも同じ特徴の人間が実際に居たとしたら……」
「だけんどもなぁ……」
「お兄さんがたはずっと2人だけに見えたんじゃが……」
「……マジで?」
そういえば俺達が芋を食っている間にあの女の子は誰にも見られていない……全員が芋に舌鼓を打っている間に一人ぽつんと畑に残っている女児が居れば、それこそ子供を見れば誘蛾灯に群がる蛾の如く声を掛けるこの女共が見過ごすだろうか……?
ということは俺達の見たあの女児は──
「きっと、皆が楽しそうにしてる声に寄って来ちまったんだろうなぁ……」
それから帰りの車内では神妙な面持ちをしたままの俺とイズミを気遣う同乗者たちが居た。しかし決して幼い少女の死に心を痛めている訳では無く、何とかして矛盾を作り出せないかと思案しているだけだ。この世に幽霊なんて存在しない、そう考えている俺達は現実に起きうる最悪以上の事まで想定しなければ気が済まないのだ。
「出来たぞイズミ」
「聞かせて頂戴」
「実際にあそこで畑を掘り返した少女が存在すると仮定してだ、きっと犯人はあの地主の爺さんだろう。少女の見た目を知っていたのも自分の手で連れ出しているからだ、しかも何年も連続で子供の死んでいる川なら行政が見晴らしのいいように整備するはずだろ?」
「という事はあの爺さんが連続女児誘拐殺人事件の犯人で、今回の被害者はあの子だった……俺達が芋を食っている間にあの子をさらったに違いない!」
「それで決まりね、こうしちゃいられないわ警察に電話を……」
「ちょっと待ってください! 地主さんはずっと朝陽さんの揺れるお尻と胸チラを見る為に私達に付きっ切りでしたよ!!」
「私そんな事されてたの!?///」
「よりにもよって熟女好きか……じゃあ別の線で!!」
こうして帰りの車内では様々な仮説が組み立てられたのが、どれも芯を喰った物には到らず事件は迷宮入りと相成ったのだ。
しかし大我達は失念していた、その少女は数時間も同じ場所を掘り続けていた事や、彼女の周囲に掘り返した土や芋が一つも無かった事を……




