第175話 イズミの共感覚
【共感覚とは?】
味や音を感じる五感の中で、一つの感覚だけでなくそれに付随した別の感覚を得る事。物を食べた時に味以外にも形や色を想起する場合にはこの言葉を用いられる。本来は成長の過程に抜け落ちてしまう能力だとされているが、稀に大人へと成長してもこの能力が残ったままの人も存在する。
共感覚として"絶対音感の人間が音に色を感じる"というパターンが最も報告例として多いらしく、絶対音感を可能にする脳の部位が音に色を感じる脳組織となんらかの関りがあるのではないかと言われている。
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「だそうだ。ちなみに俺も音を色で感じる事が出来る」
「へーすっげぇ」
つい今しがた母である三沢晴香と自分の遺伝子について話していたのだが、その際にまだ誰にも言った事のない超能力は無いのかと尋ねられ、そこまで異質な物では無いが今まで言う機会の無かった共感覚を上げた。俺がこの共感覚を特筆すべき物でないとする根拠だが、なにかと邪魔な事が多いという点だ。
どこを歩いていても頭の中では音階と、目の前には色が存在している訳で……しかも音の所在は音階とおおよその距離で感じ取れるのに対し、この色に関しては煙のように目の前に現れては他の色によってすぐに立ち消えてしまい世界が見辛い事この上ない。だから車を運転する時は極力イズミに頼む事にしているんだ。
「だから俺としてはこの共感覚って奴は、この優秀な遺伝子にしては珍しく備わったデメリットだと思っている。得した機会はまだ無い」
「そうなのか? なんか音楽関係で活かせるんじゃねーの?」
「俺音楽関係の人間じゃないし、その道を行くにしては他の才能に溢れすぎている」
「贅沢な悩みだな。くれよアタシに」
「引き取ってくれよ切実に」
そんな会話をしている時にも目の前の晴香から発せられる言葉一つ一つに色がついて見える。この赤に寄った黄色は自分に敵意が無い人に多く見られる傾向だ。身近な人間であればあるほど声に暖色を纏う事が多く、俺が他人に対して警戒を解くかどうかは大学で学んだ心理学だけでなくこれらの情報も加味したうえで判断している。
さっきは得する事が無いって言ってただろって?そりゃそうだろ、この目に見える色が暖色に染まって来たのはここ2年の事なんだから。最初の内は面白がってあれやこれやと言葉に色を付けて欲しがる人間は多く居たが、次第に自分の明け透けになった心が読まれる事を嫌う者も増えていった。オフに出来るスイッチが有るなら俺だって押したいくらいだよ。
そんなこんなで日常生活で活かす機会も無いままに俺はイズミと出会い、その際にイズミの発した言葉を暖色として捉えた事が今の生活の基盤になる訳だな。まさしく俺の人生に色のついた瞬間だったと今でも思える。
「にしても兄妹ってそれほど分かるもんか? なんかイズミちゃんにも共感覚めいたもんが有るんじゃね?」
「いやまさか……だってイズミから聞いた事無いし、まずもって絶対音感でもないからな?」
「他にも匂いとか味とか有るんだろ? あの極端な野菜嫌いとか関係してるかもしれねーぞ?」
「う~ん………それは朝陽さんの遺伝という可能性が濃厚だろうけど……」
いやでも確かに俺とイズミの性質はよく似ているというか、だからこそ初めての邂逅でイズミは俺に対して『兄さん』と呟いた訳で。これが兄妹としてのシンパシーなのか、俺達の持つ異能なのかイズミに直接聞いてみる事にしよう。
「なぁイズミ、なんかさ、日常生活で不便な事とか無いか?」
「S〇Xした後の会話内容に困ってこっちの様子をいちいち窺って来る兄さんが鬱陶しいわ」
「母親が居る前で何てこと言ってくれんだ」
「なんでさっさとシャワー浴びに行かねーんだよ! 迷惑だろ!」
「子供相手にセフレの観点で物言ってんじゃねーよ!!」
ついこの間まで童貞だった人間にそこまで求めるかね?生涯イズミ以外の人間と身体を重ねる事なんか無いんだから、そこは俺の練習に黙って付き合ってくれないと……流石に
「いや~お疲れさまでした」
とか言う訳にもいかないし、ベッドだけに枕詞が行方不明で話のきっかけを探す事には未だに苦戦している。そんな事はどうでも良いんだよ!!
「そんでイズミには特に共感覚的な物は無いって事かな?」
「共感覚って"シナスタジア"の事?」
「かっけーなんだそれ!!」
「なんでわざわざ英語にしたんだよ……」
イズミが何故そんな厨二全開な英名を知っているのかと言えば、やはりイズミも共感覚を持っているとの事。しかもイズミは"嗅覚を通して味覚を感じる"という一見何の意味も無いと思える代物だった。実際味覚と嗅覚は直結している訳だから、ハンバーグの匂いを嗅いだだけでどんな味かを想像出来る人は共感覚を持たなくとも少なくない。
しかしイズミが言う"味を感じる"という事はそんな単純な事ではないらしく……
「兄さんの匂いは肉の味がするのよ」
「それは俺が肉ばっか作ってるからじゃなくて?」
「好きな物のイメージとして肉が出て来るんだと思うけど、にんにくの匂いも肉が出るから食べられる野菜なのよ」
「はぁ~……味覚って言ってもアタシらの考えてる味の感じ方とは違ってんだな……」
「ちなみにうんこって何味なの?」
「臭い物は総じて"腐"ってカテゴリーに入ってるわ」
「へー……」
意外な事に今までの生活でイズミから共感覚持ちの気配を感じる機会は無かった。いや、よくよく考えて見るとそこかしこであった気がする……そういえば俺の為に酒のソムリエ取ったとか言ってたけどそんな簡単に取れるもんでもないだろうし……これがあったから他の人よりも楽に取る事が出来たのか!?だとしたら日頃から俺にくっついて歩いてるのも俺の匂いから肉の味を感じ取ってるだけなのか!?
「ちなみに兄さんの股間からはチェリーの味がするわよ」
「おやおや……イズミちゃんに座布団一枚ですかな?」
「こっちが求める前に出すと途端に下品なんだよ」
地球上に存在する生物の中でも恐らく異常すぎる程互いに執着している如月兄妹でも、未だに知らない情報が出て来る事にも驚きだが、こんなよく分からない単語が飛び交う中でも違和感なく会話に混ざっている三沢晴香にも驚く。
最後に今回のエピソードで如月大我が得たかっこいい共感覚ワードを披露して貰おう。
『まぁ俺の"知覚現象"で視認できる"共感覚"からすると、アンタ凡人だね……』
また余計な物を覚えてしまったとイズミは苦い顔をしていたとか居ないとか。




