第174話 大我、防犯意識を語る
『今日未明、都内のマンション内で30代無職の男性が部屋に火を放ったとして──』
今日も日本では陰鬱なニュースが繰り返し報道されている。そんな中複数のマンションを所持している人間としては決して他人事ではないので、今一度火災保険等のチェックを怠らない様にせねばとギュッと褌を締め直す。しかしまだ心のどこかには安心感が残っているのも事実……
基本的に俺が所有しているマンションはどれも高所得者向けで、家賃は三桁万円に近しい価格帯でしか部屋の提供はしていないし、俺みたいに他人が残した遺産で生活をしている小金持ちや配信者なんてまずお断りさせて貰っている。今やネットで生計を立てている人も少なくはないので
「職業差別をするな!!」
「自分は良いのか!!」
なんて言われるかもしれないが、絶対に安定した年収を捻出できる職業の人しか住まわせない事には俺なりの理由が有る。それは今回の事件みたいにマンション内で起きるかもしれない"取り返しのつかない大災害"に見舞われるリスクを減らさなければならないからだ。まぁ高所得者は高所得者でまた別の問題も付きまとうからもっと細かい審査もこなすんだが、それは今回の事件と関係ないので一旦置いとくとして。
特に犯罪者の行動理念にはどれも共通した部分が存在して、その多くは『楽に○○したかった』という物である。楽して金が欲しかったから人を襲ったり、人間関係のもつれを解消するための手順を面倒臭がった果てにとか。中には自殺する勇気がないから殺人を犯し、死刑によって楽になりたかったなんて身勝手な理由も存在する程だ。
今回のマンション放火犯は失職した事がきっかけでもう何もかもが嫌になった。と述べているそうだが、そのマンションに住んでいる何人が彼の職業を知っていただろうか?自分の周囲に限ってそんな事……なんて考えてる人は、人間とはそんな身勝手極まりない理由で見ず知らずの人を大量に殺す事が出来る生き物なんだと考えを改める事が必要かもしれない。
「よし、これで全部か……明日は火災報知機の点検と防火シャッターの動作確認と………」
「どうせ保険適用されるような火災なら手に負えないんだから、そこら辺は無駄なんじゃないの?」
「こっちの方は大っぴらに点検する事で住民に意識させるってのが主目的だな。ついでに万が一の事も考えてね」
多くの人はさっきも言った様にまさかここに限って……という謎の自信を持っている物で、少しでも脳裏に万が一の場合を想起させる事も立派な防犯対策に繋がる。それにテレビで報道された事によって同じような境遇の人間が影響される事も珍しくはない事から、今だからこそやらねばならない事もあるのだ。一応このマンションの守り神でもある大野さんにも警戒呼び掛けとくか
* * *
「大野さん、緊急時用のマニュアルまだ持ってる?」
「えぇ、守衛室にしまってありますが……なにか事件でも?」
「いやまだだけど、起きた時の為に熟読しといて。後は見回りの時に防犯ブザーの携帯も忘れずに」
「了解しました。やけに真剣ですが……心当たりが……?」
「あぁ、最近この近くで日本刀を携帯した侍みたいな男が出るって噂でね。もし見かけたら目線外さないで防犯ブザーみたいな大きな音を聞くと驚いて逃げてくみたいなんだ」
「り、了解です!! いざという時はこの大野卓三命に代えてもこの門は……」
「うん。そのつもりで」
この男を頼りにするのはやめておこう。もっと言えば貧困にあえぐ彼みたいな人間は限りなく犯罪者寄りだった事を思い出し、万が一の為に人材派遣会社のホームページを覗いておく事にした。
* * *
「さて、管理人の仕事も落ち着いた事だし飯作るか」
「かつ食いたい」
「火災の話した後に揚げ物させるか普通……」
もちろん事件だけでなく不慮の事故でも命が危険に曝される場合がある。これに関しては自分が注意するしかないんだが、人間とは毎日完璧な状態で注意力を保つなんて事が出来る訳では無いのだ……必ずどこかに綻びが出来てたった一度のミスで人生がまるっきり変わるなんて事も起こりかねない。揚げ物なんて最たる例だ
まずはこのコンロの前で感じる熱気、常に衣の状態を確認しなければならない料理始めたてならかえって安全だが、場数が増えるにつれ油に対する恐怖が薄れガンガンに熱された油の前から離れてしまい、そういう時に限って油を切る様に用意していたキッチンペーパーに引火して……なんてのも十分に起こりうる。
自分の不注意によってたくさんの命を奪いかねない車には免許証が必要なのに、それと同等な殺傷力を秘めた火の取り扱いには免許が必要ないのだから心の中で油断が生まれやすいんだろう。警察がいる訳でも無く、何の罰金も発生しない自由な一本道で速度制限を守る人が居ない様に、料理への危機感はその危険性に比べ軽視されていると常々感じる。
戦国の世であれば歴史を変える要因の一つにもなり得た兵器の代名詞なのに。ライターやマッチの普及により、手元で上がる小さな火を見て操れるものだと錯覚してしまったのだろうか?ただでさえ地震や台風による天災の多い日本という国だからこそ、無用な人災の起らぬ世を作っていきたいと考える今日この頃だ。
「イズミご飯できるよー!」
「持って来てよ」
「今油使ってるから持って行けないよー!」
「面倒ね」
「何かある『かも』しれないからね」
たとえ世界で一番愛している人間から頼まれて、こんな風に言われたとしてもここから離れないのは本当にその人を守りたいと考えているからである。一人一人の考えが多くの人を救う信じて
火の用心、マッチ一本火事の元。
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(如月さんに侍のタイプを聞くの忘れてたぁ……落ち武者なのか信長なのか、それとも幕末まで考慮するのか……)
大野卓三はいついかなる時もこの門を守り続けるだろう。たとえ存在しない侍の姿を探し、自分が近隣住民から不審者として通報されようとも………
もしかしたらいる「かも」しれないのだから




