第173話 空想科学研究家の本分
ひょんな事から如月邸では"空想科学研究家"としての役割を思い出した厳島カガリによる講義が行われていた。どこから持ち出したのかホワイトボードを前に生徒となった我々いつものメンバーに対して教鞭を振るうらしいので、今回は俺も生徒役として黙って聞いておく事にしよう。
「それでは生徒諸君! 厳島カガリ教授による『人類滅亡後の世界』を始めようと思う! 拍手~!」」
「わー(棒)」
「せんせー(棒)」
晴香と大田さんは黙って座っているのが苦手なんだろう。適当な対応を見せる二人に比べて朝陽さんはいくつになっても新たな刺激に対して寛容な姿勢を見せている事から、これが既婚者とそれ以外が抱える器の違いなのだろうか? と、感じ既に人間としての格付けが完了している様にも思えた。
まずカガリの講義に入る前に、どういった経緯でこんな状況になったのかを説明しておく必要がありそうだ。それはほんの数十分前、三人が我が家に訪れてすぐの事だった────
* * *
「なぁなぁ、昨日のテレビ見た? 火星移住計画って奴」
「最近テレビ見てないですねぇ、まとめサイトとかでもそれ系の記事は見る事がありますけど」
最初は大田さんと晴香がテレビやネットで聞きかじった机上の空論を出し合うだけのありふれた光景で、この段階のカガリは"素人を温かい目で見つめる本業科学者"という体を取っているのかと思っていたのだが、後に"知識マウントを取りたいが為に爪を研いでいる姿"を俺が良い風に受け取っていただけなのだという事が判明する。
「ふぅ~……やれやれだね……やれやれ過ぎて君達はやふぇやふぇだよ……」
「うわっ、出た出た聞いてもいないのに話に入って来る陰キャ特有の厄介ムーブ。パソコンの画面にでも話しかけてろよ」
「……なんでそういう事言うんだ」
「晴香さん言い過ぎですよ!! しかもそこまで的確に急所打ち抜く事無いじゃないですか!!」
「あ、あぁ……ついレスバのノリで」
かなりの大ダメージを受けたのかしばらくは言葉も発さず晴香の事を無言で威圧するだけだったのだが、大田さんと晴香の聞きたいムーブにより何とか機嫌を取り戻したと思えば部屋から消え、どこかからホワイトボードを持って再び現れたのだ。こうして厳島カガリによる講義が始まる事となったのである。では講義の方に戻ろう
* * *
「でも先生ーアタシらが聞きたいのは火星移住の話なんですけどー」
「三沢クンは本当に二足歩行が出来るようになった猿程度の知能をしているのだね! ではまずどういった経緯で人類が滅亡する事になるかを考えてみよう!」
「まずはお前を足掛かりに滅亡させてやろうか?」
「まぁまぁ……原因は私達にも有りますので……」
「端的に言いますと人類が火星に移住する事など現段階では不可能だと言えるだろう!」
そう言うとカガリはホワイトボードに大きく地球の図を書き示し、隣には何かの比率を書き出している。この数字を見て俺はピンと来たのだがきっとこれは地球における未開拓な土地、もしくは人類による建造物が見られない地域の数字だろう。確かに火星への移住を考えるよりもまずはこの未使用な土地で、不足している資源の増産態勢を取る方が人類の延命には必要な処置に思えるな。
「つまりは人類が外宇宙に進出し未開の土地を耕す難易度よりも、この地球に存在する砂漠を深緑の大地にする事の方が遥かに難易度は低く、それすらも出来ないのであれば人類は滅亡の一途を辿る事になる! というのがまず前提として話は進むのだ。分かったかね諸君?」
「確かにそうよねぇ……学生のころ農業体験で荒れた土地を一から耕したのだけど、あんなに鋭いクワが何本も壊れたもの」
「それが別の惑星ってなるとその何倍も高度な機械が必要になるし、近所の園芸ショップで買い替えて来る。じゃ済まないのは皆も分かるだろう?」
「なるほどですねぇ~。じゃあ人類は絶滅するしか無くなるんですか!?」
「今の科学力だと果てはそうなるだろうね。つまり現代の科学力と地球の環境を前提に、時間だけを進めた場合にどういった事が起きるのか? というのが空想科学の分野なのだよ」
「お前こんな面白そうな事やってたんならアタシも誘えよ。普通に見てたいわ」
「ただの冷やかしって事じゃないか」
やはり世界中を回って講義して来ただけに弁は立つのだなと久しぶりに感心した。あれだけ面倒そうにしていた晴香と大田さんも今ではすっかり前のめりになってカガリの授業を熱心に聞いている様だ。言葉遣いは完全に小学生の児童を対象にした物に聞こえたが、この二人にはそれくらいの口調の方が頭に入りやすいと判断したのだろう。俺も同感だ
そしていよいよ本題、人類が滅亡してからこの地球上にどんな被害が齎され如何にして文明から脱却するのかという部分が語られ始めた。
「まず地球から人類が消えた後にこの地上における支配者は誰になると思う?」
「やっぱ熊だろ、単純にデケーし量も食うしな」
「いや大きさで言えばゾウの方が大きいですし、一説によるとカバの方が強いとも聞きます!」
「ふっふっふ……残念ながらどちらも不正解だ。正解は"イカ"だと言われているのだ!」
「ハァ~!? あいつら陸に上がったら干からびて死んじまうだろ!!」
「今の段階では、ね? では海水で生活するイカたちはどんな経緯を辿って地上の支配者として君臨するのかを紐解いてみようか」
まず人類が滅亡してから訪れる災害の一つとして
"今まで人類が扱って来た文明の利器たちの暴走"
というのが最初に起こるのだという。
電力を管理する会社からの供給は絶たれ、夜には月の光のみで照らされた漆黒の世界が広がる。そして世界中に配置された原子力発電所は熱暴走を抑えるための冷却水が無くなると同時に、地球上では未曽有の放射能汚染が始まり、それに伴い地上の生物のほとんどが絶滅してしまうのだと。
「そして驚くべき事にこの地球上の全生物において、体に対して脳が一番発達している生物はコウイカであるからして、進化に最も順応するのがイカたちじゃないのかと言われている訳だね」
「でも放射能が汚染するのは何も地上だけとは限らないと思います!!」
「放射能で汚染された水が海まで排出されるシステムは人間が作動させているんだよ。逃げ場の失った汚染水をため込みそれらを吸収した土が原因で、人の住んでいた地域の生物たちは他の種よりも早く絶滅する事になると」
「ひぇ~……まるで映画みたいですねぇ……」
「じゃあよぉ! もしそのなんとかイカが地上に出てきたとして、何をエサにして生きて行くんだよ! もう生き物はほとんど残ってないはずだろ!?」
「ふっふっふ……それに関しましては」
「こちら! 厳島カガリ著"人類滅亡からの1億年物語"にて詳しく書かれておりますので興味のある者は買ってみると良いだろう。ちなみに先生の所でも1500円で取り扱っているので欲しい人は後で研究室まで来るように」
「おい金取んのかよふざけんな!! 教えろよー!!」
「わ、私買おうかしら……」
「私も私も~!!」
こんな所まで大学の教授を再現する事無いだろ……しかもこういう教授って喋り方とか会話のテンポが独特なんだよな。しかし今日は久しぶりに面白い時間を過ごせたな、俺はこいつらみたいな情弱とは違い無料の動画で後の時代を見るとして……
なんだか今日は無性にイカが食べたい気分だな。
その後も食卓にてイカ講釈を垂れ流したカガリは数週間の間"イカ博士"というなんとも絶妙なあだ名で呼ばれる事となったとか……




