第170話 如月大我の本当にあった怖い話
「これは俺がまだ14歳だった時の話なんだけど……」
まだ蒸し暑さの残る9月の夜。大田家の庭で焚き火をしながらいつものメンバーで怪談話を披露していたところ、普段は心霊的な話には否定的で距離を取る筈の大我が会話の隙間を縫うようにぬるりと話を始めた。
大田まさみ、三沢晴香、厳島カガリの三名は大我が放ついつもとは違う雰囲気に、先程までよりも背筋が伸びている様に感じる。パチパチと音をたてながら燃える炭をつつき虚ろな目の大我はまた静かに話を始めるのだった。
「あれはちょうど今くらいの時期、特に外に出る用事の無かった俺はその日もネットで暇をつぶす事にしたんだ────」
* * *
最近はあれほど賑わいを見せていた動画配信サービスにも陰りが見えて来たと言うか、コンテンツとしての魅力がごっそりと抜け落ちてしまったように感じる。というのも新規ユーザーの流入による主な視聴者層の変化が大きな要因だろう。今までの様な"分別の付く日陰者"から"無責任なネット弁慶"の増加が目に付くようになり「コメント欄を見る楽しみがストレスに変化している」といった不満が様々な媒体で散見される事となった。
しかしこれは繁栄にとって通らなければならない道であるというのもまた事実。掲示板で文字を通じて会話をしていた我々が、こうして同じコンテンツを楽しめている背景にも紆余曲折があり、掲示板の民と動画サイトの民という二極化を引き起こした事もあった。いつかは今みたいに同じ方向を向いて楽しめる日が来ると信じて、今はグッとこらえるしかないと多くの者は思っていたんだ。
「ついにこの時が来てしまったか……」
人が増えるという事はそれだけ多くの管理体制が必要になり、とても個人の範疇で管理できるものではなくなってしまう。そうなれば管理人の信頼できる人間を数人集め、それから技術に長けた人間を数名募り運営としてこのサイトを牛耳る事になるのだ。もちろんより良いサービスに務めるにはそれなりの報酬も必要になって来る。
「有料化か……当然だが反感は買うだろうな」
今でこそインターネットで金を稼ぐ事なんか当たり前だし、それどころか汚い手法で稼いでいる人間ですら法には触れていないからと見逃されている節すらある。しかし当時はネットで金稼ぎをするなんて犯罪者と変わりなかった時代なのだ。コンテンツを盛り上げているのは視聴者である自分達、俺らで金儲けをする気か泥棒!!と本気でこんな事を言っていたのだ。
しかも何を思ったのか運営はサイト自体のアップデートではなく、有料会員のみ使える機能を増やす形で体制を強化していくと発表したのである。そうなってくれば金を払わず動画を見続けている人間は、一生このまま低画質で重たい通信時間を過ごさなければならない。これは無課金ユーザーへ運営が発した事実上の死刑宣告であった……
この時ばかりは俺も頭を悩ませた。本当に一月500円程度で今まで以上のサービスを提供して貰えるのか?ここまで不満が募れば、財布のひもが異常に固いネット民は余所に流れていくんじゃないのか?俺が危惧していたのはその部分で、あくまで動画を投稿しているのは今まで無料でこのサイトを使って来た人間なのだから、あの優秀なクリエーター達がこの地を去ってしまえば俺もここにこだわる理由が無くなる訳で。この時俺はまず周囲の反応を見る事に務めたんだ。
掲示板でも既に祭りとなっていて、俺が見た時にはスレがpart12まで伸びていた。それぞれ思う所が有るのだろうと覗いてみると、俺の目に飛び込んできたのは批判的なレスが次から次へと削除され続ける異常事態だった。こんな事は今まで幾度も荒らし荒らされていた歴史の中でも初めての事で、流石の俺も面食らってレスが出来ない程だった。
こんな状態を普通に思う住民は一人もおらず、急遽いつも根城にしている板から過疎化している他所の板まで退散を余儀なくされた。そこでも『運営』『金』などというワードを出した者は片っ端から削除されると分かった俺達は、住民達の多くがプレイしていたネトゲのギルドチャット機能にて緊急会議を開く事にした。
その規模はもう数百人単位で、いくつものギルドが一か所に集まりこれから掲示板で生きて行くにはどうすれば良いのか?俺達の批判意見を届ける為にはどうするべきか?と真剣に会議していたんだ。それぞれのギルドから団長の他にも情報をまとめ上げる書記、団長が不在の際に団員をまとめあげる副団長までもが選ばれて俺達は数日の間ネトゲの世界で会議を重ねて行った。
その間にもネトゲの世界に来る事の無かった者達が掲示板で粛清されているという情報や、運営にとって有益なレスをしている固定ハンドルネームの者は消される事が無いという情報まで事細かに俺達の耳に入って来た。そうして日に日に増えていく怒りの念が俺達の絆を確固たる物としていったんだ。
そしてついにその日が訪れた────
* * *
「それから俺らが話し合って作られた動画を一斉にそのサイトに投稿したんだよ。当時あったランキングの1~100位をすべて運営への抗議動画にして荒らしたんだ。もちろん削除はされるけどまだ運営の体制も整っていなかった事で、頭数で分がある俺達の方が削除されるよりも早く動画を投稿出来ていたんだ」
今まで大我の話していた昔話の中には、お世辞にも怖いと思える要素は無かったように思える。話を聞いている三人の表情は、怯えから大我を訝しむ物に変わっていた事は言うまでもない。そんな空気を察したのか大我もふうと一息ついて「ここからが本題なんだ」とそれぞれに目配せをしさらに事の顛末を話し始めた。
「実はそれから数日の間メンテナンスが続いてな、恐らくサーバーどうこうじゃなくて運営間での会議だったと思う。事実そのメンテナンスが終わってから急に『無料ユーザーの為のアップデートも予定しております』なんて文言がサイトのトップに掲載されてたくらいだからな。」
「これで俺達の大勝利だ! なんて皆は大層盛り上がったのさ。ネトゲの中では興奮してレアアイテムを早い者勝ちで格安出品したりする猛者が現れ、それを一般ユーザーに横取りされ皆で笑ったりもした、本当にいい思い出となった日で……日なんだがな……」
口籠る大我を見ていよいよか……と前のめりになる三人。その期待の眼差しを嘲笑するかのように悲しげな眼をした大我は夜空を見上げながらこう呟いた。
「それから今に到るまで、ネトゲの中で集まっていた住民たちが配信サイトに現れる事は無かったのさ……」
「……え? どういう事ですか?」
「皆はより良いサービスを勝ち取った筈なんだろ?」
「もしかして運営が嘘をついてアプデなんかされなかったとか……?」
「いいや、確かに運営は口実通り課金ユーザーと同様のサービスを無料で提供したさ。にもかかわらず彼等は配信サイトに現れなかった。理由が分かるか?」
三人は少し考えても理由など皆目見当もつかず首を横に振る。大我はそんな三人の反応が返って来ると分かっていたかのようで、既に話し始める準備は出来ていたらしい。
「結局その時の住民は"群れて何かに反抗する事"が目的になっていたんだ。だから自分達の意見が通った従順な対応の運営に用はなく、今でもそのネトゲから新作のソシャゲに移り住んでは文句を言い掲示板を荒らしまわっているそうだ。」
「結局そのサイトの古参である俺が参加していた派閥こそが"無責任なネット弁慶"と呼ばれるグループだったという訳だ……これが創作でないという証拠に今から彼らが根城にしている掲示板のURLを添付するから興味が有ったら見てくれ……」
「俺の話はこれでおしまいだ。次の話は誰がするのかな……?」
そう言って手にしていた細長い枝を火の中にくべた大我は、傍らに置いてあったビールを一口飲むと席を立った。少し離れた所で火の粉を避けるように作業をしていたイズミに焼けたチキンの差し入れをする為に。
そして残された三人は先程の話の最期に、それぞれの携帯へと送られて来たURLを開いてみる事に。きっとこのリンクを踏んだ先には人間の悪意を煮詰めた地獄のような光景が待ち受けているのだろうと覚悟を決め、URLの先へと飛んだのだ。すると……
『ギゲぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!』
「ヒュッ……!!!!????」
「どぅわああああああああ!!??」
「ウグボッ……!!!!」
大きな奇声と共に、画面奥の暗闇から包丁を持って全速力で走って来る顔面白塗りの口裂け女が三人を襲ったのだ。椅子から転げ落ち腰が抜けてしまった者も居たみたいだが、大我はそんな様子を見ても表情一つ崩さずにこう呟いたのだった。
「……ネットリテラシーねぇなぁ」
他人から送られて来た物はURLをしっかり確認して、KYOUHUFLASH.jpなんてリンクを踏まないように気を付けましょう。これがウイルスで無かっただけでも儲け物ではないのか?如月大我はまんまと引っ掛けてやったと随分得意気に笑っていた。




