第166話 歴史に触れるという事
今日はイズミに無理を言って俺の行きたい場所への付き添い…もといデートとでも呼べば良いのだろうか?その割には隣を歩くイズミは退屈そうだし…まぁ何はともあれ日本の歴史を紐解く歴史資料館というイベントに同行して貰っている。
今回のイベントではいつの時代かを限定せずに、日本の歴史においてターニングポイントとなった事件や、有名な合戦を取り上げ少しでも若い人から歴史に興味を持って貰える様に…と考えられた物だそうで。ならば元から歴史好きの俺みたいな人間が来るべき場所ではないのか?と言えばそうでもなく。家族連れでお父さんがハツラツとしていたり、歴女と呼ばれる歴史大好き女史の姿も珍しくは無かった。
つまりは家族であるイズミを連れた俺も有資格者という訳だ
「ほら見てみなイズミ、これが新選組の陣羽織だぞ」
「そんな物テレビで何回も見たわよ…」
「そうだろう? でもな、この陣羽織の青色って本来の色では無かったとされているんだ」
「そうなの?」
ふっふっふ、流石のイズミもこれだけ身近な新選組という話題には食いつかざるを得ないみたいだな。実は現在まで語られ資料としても飾られているこの誠の字を背負った陣羽織に"本物"は一着も存在していない。新選組隊士が着ていた本物は現代まで一切残っていないらしいのだ
では今この資料館に飾られている青色の物や、様々なゲームアニメに出てきている青色の物は創作なのか?と言われればそうでもなく、確かにこの色で新選組としての活動をしていた時期というのもあるにはあるのだ。それは結成から一年までの事で、それ以降は上下ともに黒色でその時代には『上下黒ずくめであれば新選組だとすぐに分かった』と言われるほど、当時有名だったのはそちらの衣装だったとされている。
「ドラマとかでは結成から描かれる事が多いから、現代ではこっちのイメージが先行しちゃってるんだろうな」
「まぁ今の時代にはほとんどがイメージで伝わってるでしょうからね」
「そうだな。不確かな情報も一緒に伝わっているかもしれないし」
「だからこそ楽しめる都市伝説的な逸話もこっちの武将に存在してるんだ」
上杉謙信 / 上杉 輝虎
上杉謙信と言えば戦国時代を知らずとも知られている超有名な戦国武将の一人であり、その背に武神・毘沙門天の名を冠した旗を背負い戦場を駆けたという逸話も有名だが、なんとこの上杉謙信は"女性だったのではないか?"という説が存在しているというのだ。後世に伝わっている肖像はどうみてもヒゲを蓄えた壮年の男性なので、まさかと思うかもしれないがそれを根拠とする説がいくつかあるのだ。
「月に一度謙信は尋常ならざる腹痛で部屋の中にこもりきりで、これを月経では無かったのか? とか他にもスペインの方で見つかったとされる伝記には、上杉景勝の叔母として書かれてたりな」
「そこまで詳しく分かってたらもっと早くに修正されてるはずでしょ?」
「そうなんだよ、実はこの説ってのがなんとも弱いというか…信憑性皆無だけどそうだったら面白いよね? 程度の話しでな…都市伝説くらいの認識に留めておいてくれ」
「身も蓋も無いわね」
一部の歴史好きを除いてはこの説に信憑性があると唱える人も居るだろうが、実はそこまで核心に迫るというか、実際に資料として提示された明確な証拠が一つも存在しないのだ。スペインで資料が見つかっているのだろう?と言う人も居るだろうが、実はその資料で女性とされているのは"謙信の甥である上杉景勝の叔母"というだけの話であり『会津の上杉景勝は叔母の所有する潤沢な軍資金を持っているぞ』という程度の報告書だったという話である。
だからそれは謙信女性説を後押しする…なんて事を言われてもそもそもスペインから発見されたという資料を見た者は誰一人としておらず、更には上杉家が会津において潤沢な資金を手にしているのは上杉謙信の死後であり、これでは件のスペイン人が見たとされる女性が謙信であるはずが無いのである。
その他に列挙されている"謙信女性説"のどれもに歴史的価値のある証拠は存在せず噂や妄想に留まる程度の話しか存在せず、一方"謙信女性説に対する反証"こちらの方には様々な証拠というか事実として語られている部分に矛盾は存在せず、結果としては火を見るよりも明らかに上杉謙信は男性であったとしか考えられないという結論になった。
「じゃあさっき兄さんが言ってた事も嘘ばっかりだったって事?」
「まぁ嘘というか、未確定であり想像の余地も存在する。的な?」
「でも火を見るよりも明らかなんでしょ?」
「常識的に考えたらな。でも俺達が実際に見た訳でも無い事を信じすぎるってのも良くない事だから念の為な?」
「そんな事言ったらこの資料館だって無意味じゃないの」
「聖徳太子だって教科書から消される時代なんだから、俺らは出された物を咀嚼するしかないんだよ」
実際に見聞きした訳でないのなら誰にも正解とは言えず、正解に限りなく近い説として信じるしかない訳で。それこそ沖田総司が美少年だったとされる資料は一つも存在していないのだが、当時は沖田に求婚した女性が剣の鍛錬を理由にフラれると、あまりのショックで自殺未遂までしたとされる逸話が残っている。これを信じるのならばかなりの美男子だと思われるが、二十四という若さで亡くなってしまった事も相まって沖田に関する資料が極端に少ない事が様々な説を上乗せされる。
しかし数々の創作物では絶世の美男子であり剣の達人として描かれているのだから、結局人間とは信じたい物を信じる生き物なのだ。だからこそ歴史を紐解こうとすれば※諸説あり。なんて表記も珍しくないし、そこから様々なストーリーを空想し胸を熱くする事だって出来る訳で。日本の歴史が愛される要因に、これらの中心人物に関する不確定な要素があってこそと言っても過言では無いだろう。
「たとえば司馬遼太郎が小説を書いている頃実際に沖田総司と会った事の有る人に取材したそうなんだけどな、とても優しく子供と遊ぶ時間も少なくなかったと言っていたらしいんだ。だから顔がどうであっても女性が身投げを考えるくらい人格の出来た人だったとも言えるよな?」
「実情を知らなければ後付けで埋めるしかないのね」
「俺達が生きている間にまた新事実が出ないとも限らないしな」
初めは仏頂面を崩さなかったイズミも徐々に興味を持ってくれた様子で、今日は来た甲斐があったってもんだ。しかし帰り際に新選組の顏ハメパネルで写真を撮る事だけは断固として拒まれてしまった。ならばと今後もイズミを歴女とするべく布教活動を怠らないようにすると、俺も歴代の蛮勇達のように固く誓った日だった。




