第164話 据え置きゲームの世代交代
ゲーム業界では夏休み商戦も終わり、ここらで落ち着きを取り戻すかと思われていたのだが今年は数年に一度のお祭りなのである。
「ついに出るのかトラステ5が…」
トライステーション5とは数年前に発表されていたものの、価格に対してその無茶ともいえるスペックを実現するために去年の発売を見合わせ延期されていた。それがこの時期に発売すると分かったのは今年に入ってすぐの事だったが、ゲーム業界において二度三度の延期なんて珍しくも無く誰もが期日通りに発売するとは思っていなかった。
しかし開発は間に合わせて見せた。この何でもない時期に目玉商品を
「予約が混み合って抽選になる!? ここ数年でそんな事無かったぞ!!」
「どうせ間に合わせで作ったから在庫が無いとかなんでしょ」
「急かす消費者の声が裏目になったって訳か…もしも抽選から漏れてしまえば次回の予約まで手元には届かない、と」
宣言通り発売出来たは良いものの、とてもじゃないが予約数に対して在庫の数が足りないと判断しての数量限定販売なんだろう。この時期を逃してしまえば次の販売がいつになるかのアナウンスも無い事からかなりの時間待たされる事は必至だ…なんとしてもこのワンチャンスをものにしなければ!!
「複数端末での予約は出来る訳だから、俺とイズミに加えて大田さんとか朝陽さんにもお願いしよう。連絡しておいてくれ」
「分かったわ」
「他には…複数店舗もやってみないとな」
こうなれば恥も外聞も捨てて使える物は何でも使い、たった一台のゲーム機に全力を注ぐ。ただ指先を動かしているだけなのに額には脂汗が滲み、その目は真剣そのもの。俺は好きな物に関して一切の妥協はしない主義なのだ!
「母さんから連絡あったわよ」
「なんだって!?」
「ほら」
『大我ちゃんごめんなさいね~…もう晴香さんから先にお願いされちゃって、大田ちゃんとカガリちゃんも一緒に予約する事になってるの~(泣』
「あんのブスババアがぁ…! 姑息な根回ししやがってからに…!!」
「似た者同士ね」
まさかこんな所に伏兵が潜んでいたとは…確かに晴香もかなりのゲーム好き、今回ばかりは親子だとかは関係なくゲームを愛する者として対立を余儀なくされているって訳か。面白い、アイツが育てる事をしなかった俺の人生が、どれだけの幸運に彩られた人生だったのかを今回の抽選で見せつけてやろうじゃないか。
しかしこうなっては俺達の受けられる抽選数は二回ずつのみ、この勝負は圧倒的不利な状況から始めなくてはならない。とりあえず大野さんと娘にもやらせるとして、これで四人…本当ならジョンにも抽選させるつもりだったが、今回は競争率の高さと転売対策の為に本人確認が出来なければ受け取れないのだと。海外でも問題視されているのか転売ヤーめ
「となるとこれが俺の持てるフルパワーって事になるのか…晴香はどうせスナックの従業員にも予約させてるだろうから…まさかこんな所で交友関係の狭さが仇になるとは…」
「猫も杓子もそんな必死になってまで欲しい物かしらね」
「そりゃそうだろ! これ買っちゃえばもうしばらく最新機器なんか出ないんだから!」
昨今はスマホゲーの躍進により各ゲームメーカーも勇んで界隈に参入するが、思う様な成果を上げられずにリリースと撤退を繰り返している印象だ。なぜ過ちを何度も繰り返すのかと訝しむ人も多いだろうが、これにはのっぴきならぬ事情があるのだ。それは携帯ゲーム機の衰退と完全版商法の存在である
前述のとおりスマホゲーが今や覇権の時代に、据え置き機にはもう何年も触れていないという人も少なく無い筈だ。リアルタイムで更新されるスマホゲーは日課と称したある程度の拘束時間が発生し、しかも基本料無料なので何個も掛け持ちする事が当たり前になって来ている。そうすると仕事や学校を終え、家に帰ると数個の日課を消費し食事、入浴。
これに加えて据え置きのゲームを空き時間にねじ込む事で、ようやっと家庭用ゲームが遊ばれるのだ。しかも話題の新作が出た所でオンライン対応をしていなければレビューを待って安くなってから買えばいいし、更に足を引っ張るのが完全版商法の存在だ。
新作と銘打って前作+DLC同梱版に工数を割き、しかもおまけ程度の新規ストーリー追加するだけでフルプライス1万円。最近の大手ゲーム会社はこんな事ばかり繰り返しているのだからスマホゲーの事をバカに出来ないだろう。それどころか通常販売されている物こそが"不完全商法"なんて皮肉られるくらいユーザーからは不評を買っている。
こんなゲーム業界を取り巻く環境に、中々ヒット作を出せず携帯版リメイクを繰り返して据え置き機ともシェアの別れる携帯機は撤退するしかなくなったのだ。
「そうなるともう俺らに残されたのはPCゲーか据え置きだけなんだから、新作くらいは早めに抑えて次世代のゲームに触れてみたいだろ?」
「新作って…発売したばかりでろくなゲーム出て無いじゃない」
「まぁ、それはそうなんだけどさ…」
確かにイズミの言う通り、いざ買ったとしても無料でDL出来る出来の悪い知育ゲームみたいなやつや昔は売れていたのに迷走を繰り返してファンに見放されたゲームの最新作など。早期に購入する事でワクワク感は生まれるが選択肢は狭まり、結局前作ハードのゲームを互換機能で遊び『画素数が凄い!』と興奮する事で時間を潰すのだ。
「まぁ最近のはゲーム機で映画とか見れるし、動画サイトを通して綺麗な画質を…」
「それってPCで良くない?」
「…まぁまぁ。新作ゲームとかはPC版で発売されるまで時間かかるからさ」
イズミは特にゲームに対しての思い入れが無いからかズバズバと正論で俺の心を攻め立てる。しかし忖度なく語ればイズミの言う通りである。正直全部PCで良い。配信サイトも見れるしゲームも見れるし曲の保存もスマホとの連携でデータの保存も。画素数なんて良いモニターさえ買えばそれなりに出るしゲームの面白さは画質の良さではない事は言うまでも無く。
しかし…
それでも…
だからといって…
「だって欲しいんだもん!!」
「そう」
後日、抽選の結果が出たのだが人生不幸続き"生まれた瞬間から詰んでいる男"こと大野卓三が見事予約の権利を勝ち取ったのだ。我々はそのまま野放しにしていては貧乏を理由にして、転売に手を染めるだろうと差し押さえに向かった。
「よくやった大野さん。人生一が今日出たね」
「ゲームの事はよく分からんですが、お役に立てたなら何よりで」
「今日は豪勢にすき焼きにでもするがいい。佐賀牛持って来たから娘と一緒に食ってくれ」
「あ、ありがとうございます…」
「なんだ露骨にガッカリしやがって。グラム2000円の高級肉だぞ?」
「その…差し出がましいようですが…それなら㎏500円のお肉4㎏の方が…」
「すまん。貧乏舐めてたわ」
それでも娘にはいい経験をさせてやれると喜んでいたので、これぞまさしくwin-winの関係と言えよう。あとは発売日を待つのみ、当日発売のゲームに目を通してもやはりめぼしい物は無さそうだ…それでも発売が決定している注目タイトルの事を考えればこの時間ですらも楽しめるってもんだ。
「よし、じゃあ配信で自慢すっぞ!!」
「兄さんって本当に性格が終わってるのね」
この煽りも込みで最新作は発売日に手にしておきたいのだ。案の定抽選に外れた視聴者は阿鼻叫喚だったが、その声が心地よく今日はよく眠れそうだ。




