第162話 メンヘラ兄貴
『メンヘラとは?』
主に自意識過剰であったり被害者意識の強い人。自分を中心にして物事が進まなければ満足がいかないという思考を無意識のうちに脳内で作り上げ、自分の思い通りに行かない事があれば『どうして自分だけ…』などと被害者意識が強い傾向にある。
また恋愛においてはこの感情の矛先が交際相手に向かってしまい、ちょっとした拒否反応に対しても過剰に落ち込み最悪の場合には自傷行為にまで発展するケースもある。少しでも意中の人と離れた時間を過ごす場合には、多くの人が思い出に浸る時間を喪失感と共に過ごすのがメンヘラと呼ばれる人種の特徴である。
「え? これ俺に言ってんの?」
視聴者が何を思ったのか『大我はメンヘラの気がある』なんて言うから遊び半分でメンヘラについての記事を調べると、そこにはまるで自分の事を名指ししているかの様な内容がこれでもかと書き連ねられていた。今までの人生において誰かからメンヘラだなんて指摘される事はもちろんなかったし、なんなら心の中ではバカにしている人種だったのに…
自分ほど男らしい人間も居ないと自信を持って言えるくらいには自分の事は男の鑑、いわば漢だとさえ思っていたのだが…しかし悲観することなかれ、こういう記事は大体誰にでも当てはまる様な事を書いてPV数を伸ばす事に注力しているサイトだからさ。うんうん、きっとイズミにも同じような経験が有る筈だ。
「無いわよそんな思考。まず自分を中心に世界が回るってどういう事よ」
「いやだってほら、自分の人生においての主人公って自分な訳だからさ…」
「そういう気の持ちようで生きるのは分かるけれど、根っからって事でしょ?」
「…まぁ俺は特殊な生い立ちだから」
「変わる機会なんかいくらでもあったでしょ?」
なんだこの妹は時々健常になりやがって…いつもは俺が振り回されてばかりなのにこっちが守勢に回るとこれでもかと正論の暴力で俺の頭を押さえつけて来る。というか俺くらいのレベルになると世界が俺を中心に回り始めるだけで、それに巻き込まれているのは俺の方なんだ。大学の頃だってどれだけの企業から声が掛かったと思っているんだ…それなのにまるで俺が自己中心的みたいに言っちゃって…
「なんで俺ばっかり…ハッ!?」
「ほら言った通りじゃないの」
いかんいかん!事の発端は俺なのにもかかわらず、なんでもかんでも被害者意識を持っていては人生を楽しむ事も儘ならない!そりゃメンヘラだなんだと言われますわ!これからはポジティブ思考で、常に隣にイズミが居る幸福を噛み締めながら生きて行こう!
「そこまで疑惑を払拭したいなら試しに母さんの所で何泊かしてみても良いわよ?」
「えぇ…嫌だぁ…」
「またヘラってるじゃないのよ」
だってこれはヘラるとかそういう事じゃないじゃん…?俺がどれだけイズミの事を大切にしているかを知ってるはずなのになんでそういう事言うの…?ってだけで、別に被害者意識とかで言ってる訳じゃなくて…イズミは俺が居なくても平気なの…?だとしたら俺はイズミにとって都合の良い男で召使いみたいな…ハッ!?
「危ないまたヘラる所だった…!」
「完全にアウトだったわよ」
しかしここまで自然にヘラっているという事は今までも無意識のうちに同じ様な状態になっていた可能性があるな…それも視聴者にまで気取られるほど分かりやすく。配信時間が長すぎてアーカイブを見返す事なんて無かったから気付くのが遅れてしまったらしい。でもまぁ一度気づいてしまえば矯正する事だって出来るはずだ、今この段階で気付かせてくれたことに感謝しよう。前向きに前向きに!
「うじうじ考えてても仕方ないからな! よし飲み直すかー! イズミお刺身持って来て~」
「いやよ面倒臭い」
「えっ……?」
「ほんと面白いわね」
今のはイズミがからかっているだけと分かったからダメージは皆無に等しいが、まさか自分がこれだけ打たれ弱いとは思わなかった…海外で度重なる人種差別を受けた時も、大学の論文を教授に横取りされた時も、何も感じなかったのは俺が奴等の事を同じ人間だと思っていなかったからなのだろう。イズミの何気ない一言の方が何倍も俺の心を抉る。
「ていうかメンヘラってそんなに悪い事か? 愛が深いってのはいい事なんじゃないのか?」
「当人はそうかもしれないけどそれを向けられる方が迷惑って事でしょ」
「イズミは俺からここまで愛されて迷惑か…?」
「まさか、私にとってこれは当然の権利よ」
「じゃあ別にいいじゃんね?」
なーんだ。世間ではメンヘラって地雷みたいなイメージが先行してるけど、しっかり理解してくれる人が居ればむしろプラスなんじゃないか。というかそこまで行くと俺がメンヘラどうのじゃなくて共依存の方に踏み込んじゃってるのか、これも俺達じゃなきゃ事件に発展しそうな危うい関係だな…
こういう時ほど実の兄妹で良かったと思えるな、俺達以外のラブラブ共依存カップルを見ても『でも血は繋がってないだろ?』とマウントを取って更にイズミへの愛を深める事が出来るんだから。その代わり子供が作れないから可哀想だとか言う人も居るかもしれないが、いわば俺達の関係は家系ラーメン。死のリスクという大きな足枷を背負ってでも止める事が出来ない、ブレーキの壊れた快速列車みたいな人生なのだ。我ながらいい例えが出来たな、イズミにも教えてやろう
「そう考えると俺達って家系ラーメンみたいだよな?」
「何よ唐突に気持ち悪いわね」
「なんでそんな事言うの…?」
如月大我25歳、職業配信者。人妻系AVと実の妹をこよなく愛するメンヘラである。




