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第159話 完全に昭和の柔道大会

 


 今日は大田さんが都内の社会人も参加できる男女混合の柔道大会に参加するとの事なので、母親たちの足代わりとして俺達も同行する事に。非常に面倒ながら晩飯の買い出しついでに観戦くらいはしてやろうかと、体育会館二階の応援席より眺めている所だ。



「流石に大柄な柔道男の中だと大田さんは目立つな」


「大田ちゃん大丈夫かしら…? あんなに小さいのに…」


「まぁ今回は並々ならぬ意気込みだったから大丈夫じゃないかね」



 なんでも大田さんは実家の道場再興の為に今回の大会出場を決めたという経緯が有ったらしく、それを聞いた時は(まだ諦めてなかったのか…)という感情の方が先に来てしまったが、まぁ親孝行なんて出来る内にしておくのが吉だろうから殊勝な心掛けだと珍しく褒めてやりたいくらいだ。



 しかしこんな柔道漬けの益荒男(マスラオ)ばかりが出場している大会で優勝した所で、界隈での名誉が得られるだけで新規の顧客が参入するイメージが沸かないのだが、それは俺の杞憂なのだろうか?



『それでは第一回戦の大田まさみ選手、バイソン・岡本選手は中央へ』



「バイソン・岡本ぉ!? なんだそのプロレスラーみたいな名前は!」


「驚くのは名前もだが、あの筋肉の質感を見るに彼は黒人とのハーフだな。黒人特有のバネが有り瞬発力に優れたその筋肉は柔道にもってこいだ。手強いぞ」


「そ、そんなぁ~…頑張ってぇー! 大田ちゃーん!」



『一本! 勝者大田まさみ!』


『押忍!』



「・・・」


「いや大田ちゃん強すぎんか?」



 あれだけ知った風な口を利いては見たものの、そういえば大田さんって結構柔道強かったんだった。あの長い手足じゃ小柄でパワーも持ち合わせている大田さんから懐に入られるともう成す術は無いだろう。総合格闘技ならリーチの長さを活かした牽制も出来るだろうが、相手との接触を主にしている競技性が大田さんの体格とマッチしているな。



 こりゃ何事も無く優勝まで突っ走りそうだ。もう帰ろうかな



『それでは第二試合! 大田まさみ選手、怨選手中央へ!』


「怨って…まさか本名って訳じゃないよな…?」


「さっきの試合を見てる限り柔道とは思えない動きをしてたんだが…」


「むっ…! あの構えはジークンドー…!」


「知っているのかね大我クン!?」



 とある俳優が功夫の末にたどり着いたとされるその成り立ちから、その名称を聞いた事の有る人は多数だと思う。いわゆる格闘技オタクからは武術と呼べるかも曖昧な物とされているがその風評とは裏腹にどこまでも実践的。身を守る為だけに『打つ・蹴る・投げる』それら全てに対する対抗策を持つと言われ、中には実践ですら使う事は憚られる危険な技も存在すると言われているが…



 流石の大田さんと言えど、ここが潮時…か



『一本! 勝者大田まさみ!』


『押忍!』



「・・・」


「すご~い、何もさせないで勝っちゃった~!」


「おい大我、さっきから適当な事ばっか言いやがって」


「い、いや! 言ってる事自体は間違ってないだろ!?」


「やれやれ…これだから頭でっかちの格闘技オタクは…」



 こいつら完全に俺の事を舐め始めやがったな。イズミに至ってはポテチ食った手を俺の袖で拭ってやがる…もしかしたら平常運転なのかもしれないが一番やめて欲しい。しかし次はいよいよ準決勝だ、流石の大田さんでもここまで強者との連続した試合により疲労の色が見え始める事だろう。



 ここらで大物を相手に無様に組み伏せられる大田さんの姿を期待して観戦するとしますか



『準決勝! 大田まさみ選手、拳道荒田(けんどうあらた)選手は中央へ!』



「拳道荒田と言えば全日本選手権を三連覇中の猛者!! 元はボクシング選手として活躍し、そのハンドスピードの速さを買われ柔道家としての人生を歩み始めたという異色の経歴を持つ、新進気鋭の柔道家じゃないかッ!!」



「もう分かったよ。大田ちゃんが勝つんだろ?」


「いっぱしの無職が勝てる相手じゃない。なんせ向こうはこれで金稼いでるんだから」


「さっきからそう言って負けてばかりじゃないか」


「別に俺が負けてる訳じゃないだろ!」



『一本! 勝者大田まさみ!』


『押忍!』



「もう良いよ!! あいつが優勝だよ!」


「何で拗ねてんだよ…」



 何度か組み合った事があるにもかかわらず、大田さんは想像以上の馬力で次々と一本の山を築いていく。てっきり大田さんは俺との体格差に苦しんでいるのだと思っていたが、今日の対戦相手から見れば俺でも小柄な方だと言えるだろう。もしかして俺が異常に強いだけで大田さんも人間としては規格外の才能の持ち主なんじゃ…



『それでは決勝戦を執り行います! 大田まさみ、ジュラシック万場選手は中央へ!』



「おいなんか2m以上ある化け物出て来たぞ…?」


「もういいよ、どうせ大田さんが投げて勝つから。俺の身長差講釈は胸の内に秘めておくよ」


「やめないか! 今までの傾向から言えば大我クンが勝つって言った時には…」



『一本!!』



「あっ!!」



『勝者、大田まさみ!!』


『押忍!』



「ほれ見ろ。ワンサイドゲームじゃないか」


「マジかよ…」



 今回の優勝は俺以外の目から見ても絶対にありえないと思われていたらしく、取材に来ていた新聞社からは注目の的となり、本来の思惑通り「実家の道場を余す事無く宣伝できた!」と大田さんは自分の優勝以上に嬉しそうにしていた。



 翌日の新聞には小さいながらも『天才柔道美少女! 前職はCAという異色の存在に迫る!』という記事が掲載され大田家では数日の間話題になったのだとか。



「昔取った杵柄だと思っていたが…意外とまだまだ様になるものだな」


「大我さんを投げ飛ばす為に特訓してたおかげでしょうかね?」


「今なら投げられるかもしれんぞ、試してみるか?」


「え…い、いいんですか…?」


「遠慮なく頭蓋骨を砕く勢いで来なさい」



 大会の日よりも険しくなった表情に大田さんの本気度が伺える。きっと道場が栄えたとしてものどに刺さった小骨の様に、俺の事を忘れられないのだろうなと考えるとわざと投げられてしまおうかとも思った。しかしここは武闘家としての矜持を尊重する事こそが大田さんの為になるのだ…俺はそう言い聞かせ腰を深く落とした。



「ふぐぐぐぐっ…!! んぎぃぃぃ!!」


「全然持ち上がらないね。やっぱ八百長でもしてたんじゃないの?」


「ぬぐぃぃぃ!!!!!」


「人が飯食ってる前で気が散るからやめなさいよ」



 大田さんの心底悔しそうな顔を見て俺は明日からも元気に生きられそうだとホッと胸を撫で下ろした。大田さんの道場が復興した際には引き出物の一つでも送ってやろうかという気になったが、それが一体いつになるのかは俺の目をもってしても分からないのであった…





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