第158話 人生とは残酷であるという話
最近は夏休みだからなのか?それとも今の時代はそういう人が多いのかもしれないが、どうにもセンシティブな内容の相談をされる事が多い気がする。
「はぁ、また死にたいのか…いっそ死んじゃえば?」
「それって自殺教唆になるんじゃない?」
「本当に死んだならな」
大抵この手の相談をしてきた奴は次の日からまたいつもの日常に帰っていく。もしも俺に相談した人の中で本当に死人が出ているのだとしたら、最期の瞬間に相談していた俺の下に警察から連絡が来る筈なのだから。結局は自分の胸中を吐き出す相手を探しているだけなんだろうし、別に俺も聞いてあげるくらいならどうという事も無いんだが…こうも立て続けだと励ましのバリエーションも尽きて来るから困っている。
「死にたい理由が年齢によく出てるな、こいつは新入社員になってから3カ月。こっちは高校2年でこれから先の人生が不透明になって来る時期だ。誰でも悩む時期に相談できる相手は身の回りにそれほど多くは無いだろうな」
そりゃ悩んでいる時期に相談する相手だって、家族や恋人でもない限り大体は自分と同じ様に悩んでいる筈なのだから、人の相談を聞いている余裕なんか無いだろう。自分の中で解決策を導き出すか、仏様の様な寛大な心で悩みを聞いてくれる人物でも探すしかない。だからこそ世界で宗教という物が栄える訳であって、今では俺も教祖様って事か。
「一応言っとくけどな…? 俺がお前らの姿勢を否定したからって他の配信者に相談するの辞めろよ? 配信して承認欲求と懐を同時に満たそうとしている奴なんてこの世で最も怠惰な人種なんだから、そんな人間から学べる事なんて何も無いと肝に銘じておく事だ」
弱った時には心の隙間を満たそうと誰かを頼り、耳障りの良い言葉をかけてくれればそれだけでなんだか救われた気持ちになって、後々になってその隙間は埋められていたのではなく付け入られていたのだと気付きまた心が壊れていく。
よくある話だ、その種類が金目当ての宗教家なのか肉体目当てのゲスなのかの違いでしかない。そいつらは『誰かに優しくする事は"得"を伴い初めて実行する事と考えている』まったく別種の人間だと割り切るんだな。
「でもそう考えると女にメンヘラが多い事って辻褄が合うだろ? そりゃ相談に乗るだけで金でも体でも選択肢が広がるんだから、搾取する側は親身になって相談受けるフリするわな。世の中で報道される詐欺事件で、女性の単独犯が極端に少ない事もこれが関係してるんだよ」
「例えば相談した男が詐欺師だとして、とても優しくして女を騙す。その女から金が出て来なくなれば稼がせて、集めて来た金額の多い女は恋人として囲い込み、一人では出来ない犯行に手を染め最後は二人仲良くお縄って話も珍しくはないだろ?」
「そうなりたくないんだったら誰かに相談なんかしないで、自分の中で折り合いつけるしか無いんだぞ! って事を俺は言いたいわけで、別にお前らの悩み自体を否定してる訳では無いから勘違いしない様に。」
まぁ気持ちは分からんでもない。金を持っていて頭の良い人間は世間的に言えば『人生で成功している人間』なんだから、そんな人間から人生におけるアドバイスをしてもらえば自信になるか心のよりどころになるかもしれないしな。しかしそんな考えを持っている人間こそ最も人生の落とし穴にハマる人種と言える。
そもそも金持ちは何故他人よりも金を持っているのか?それは生まれながらにして巨万の富に囲まれていた俺のようなパターンと、自分の力で金を稼いでいる人間の2パターンがある訳だ。俺みたいな人間は人生において"金を稼ぐ"というリソースを別の時間に使える訳だから自然と人よりも優秀な人間か、スタートラインが人よりも少し前だっただけのダメ人間かの2種類に分かれる。
しかし自分の力で金を稼ぐ人間には大切な心持ちが必要になる。それが『他人よりも多く稼ぐ』という事で、俺は生まれてから土地もビルもマンションもある状態でスタートしている訳だから、自分以外にライバルなんか存在しない。誰かを陥れる必要が無いからこんなにも他人に優しく育つ事が出来たわけで。
もしも自分が一般的な家庭から今の額と同じだけの年収を稼げと言われたら迷う事無く人を騙し、一歩先に抜きん出ようとしていたはずだ。そうしなければとても生まれ持った富豪との格差なんか埋めようもない。這い上がるという行為は誰かを踏みつけながら、自分よりも下の人間を作っていくという構造なのだから。
「だから死にたいと思うなら、試しに人生において自分はどちら側に立って生きて行くか? って事を考えて見るんだな。それが俺に出来る最大のアドバイスで、人生の真理とも言える。」
「その時に『どうせ死ぬくらいなら人を騙して金をたんまり稼いでから』と思うのか? 『人を騙すくらいならこのまま誰にも迷惑を掛けずに…』と思うのか。もし君の選んだ選択が後者だったなら、もう諦めるんだな。これから先の人生でいい事なんかそれほど多くはないだろうから」
"憎まれっ子世に憚る"
"正直者が馬鹿を見る"
今まで生きてきた人生の中でこれだけは疑いようのない事実だと感じた。努力をするには才能が必要だという人も居るが、俺からすれば人を騙す事の方がよっぽど才能だと思う。どこまでもお人好しな人ほど他人からあれやこれやと押し付けられて、自分の人生を他人に分け与えながら痛みだけを抱えていく。
しかしそれでも、そんな人生だとしても自分の信念のまま生きて行けば、もしかしたら身の回りには自分の痛みを共に抱えてくれるような人が増えていくかもしれないな。そればっかりは俺に相談されても答えることは出来ないが…
「他人に優しい人間ほど報われる世の中になればいいな。それだけは心の底から考えているよ」
俺達が生きているこの世界は漫画でも何でもない。運命的な出会いも無ければ、自分のした行いが必ず報われる訳でも無い残酷な世界だ。だからこそ俺は人に優しく出来る人にはそれを返す様に温和になれるのだ。
「でも兄さんは金もあるし頭も良いし顔も良いじゃない。」
「おまけに隣にはいい女だからな。良いかお前ら、俺を見るな。自分の人生がいかに小さく空虚な物なのかを思い出してしまう。」
「だからそのディスプレイというフィルターを通して、あくまでもフィクションとして俺の事を認識しろ。お前らが泣きながら地べたを這いずっている間にスカイダイビングしてるくらい次元が違うからな!」
言われるまでも無く視聴者達はあまりにも現実とは乖離した如月大我という存在を、最近ではドラマやアニメの創作物だと思うようにしているという。そうでもしなければディスプレイというフィルターを物理的に貫通させてしまいかねないからだと。
「よし、じゃあ今日はここまで。俺とイズミは風呂に入るのでお前らも風邪ひかないようにせいぜい生きろよ」
彼に一切の悪気はないのだが、いずれ誰かに刺されてもおかしくはない。と思う視聴者一同だった




