第155話 サービスエリアは万病に効く
春先から夏にかけてはどこまでも続く快晴の日々が珍しくなく、何をする訳でも無いのに外に出たくてたまらない日が何度もある。そんな日には俺達兄妹が決まってドライブしに行く場所が有って、それがサービスエリアだ。
旅行シーズンなんかには高速道路を突っ走り疲れた人々のトイレ休憩の場として使われる事が主な役割だが、俺達にとってはそれ以上に有意義な場所でもあり
「今年も来てしまったか。北海道夕張メロンソフトの季節が」
「これ沖縄の豚でしょ? 顔ごと食えるの?」
そう、サービスエリアもこの夏休みシーズンが稼ぎ時なのだから、日本全国のご当地名産が各地方ご自慢の品を持ち寄りこぞって売られているのが特徴だ。これだけ聞くと道の駅を想像する人も多いだろうが、サービスエリアにおいてはその場で食べられる調理済みの物が大半で、フードコートでは小腹の空いたトラックドライバーなんかもメインの客層になっている。
車での来客が主という事で俺の大好きな酒類はなりを潜めているが、イズミはさっそくアグー豚の事が気になっているらしい。高級ブランドにもかかわらず串焼きやソーキそばなどに惜しげもなく使われているのは驚きだな、どこか安価に取引できる店と提携でもしてるんだろうか?調理師目線ではそっちの方が気になってしまう。
流石に夏場に生ものを店頭販売する訳にもいかず、海産物は一品も見当たらなかったが代わりにと販売されている干物の種類には目を見張るものが有った。まるでおもちゃを前にした子供の様にあちらこちらに目移りしてしまい、未だに何も口にしてはいないのだがイズミはそろそろ痺れを切らしたようだ。
「もう好きなだけ見てていいから串物だけでも大量に買って来てよ、車で待ってるから」
「まぁまぁそう言うなよ、そんなすぐ食べちゃったら早く帰る事になるだろ?」
「それでいいじゃない」
「なんか…もったいないだろ?」
「アホらしい…時は金なりなんでしょ?」
「それはまぁそうだけども!」
確かに悩みすぎるのは良くない事と俺も分かっているんだが…こう各地から一斉に押し寄せられるとかえって買いづらいというか…かまぼこ一つとっても岩手の有名企業の物で一本1800円もするんだぞ?都内から車で10分そこらしか走ってないのに、まるで小旅行にでも来たみたいでついつい浮足立ってしまうのだ。
「じゃあ買う物だけでもかごに入れて歩こう、イズミもなんか欲しいのあるでしょ?」
「とりあえずジャーキーと豚の顔買いましょう」
「俺が言うのもなんだが、ジジイの晩酌みたいなラインナップだな…」
ざっと見てもフルーツや果汁100%ジュースもそこかしこに並んでおり、ジュースはもちろん瓶に入って陳列されている。700㎖で600円はかなりの価格だが、飲んでみるとやはり味の奥行なんかがまるで別物で、来客用にでも買っておけば客人から一目置かれる事間違いなしの逸品だ。リンゴジュースだけでも青りんご味が有り、みかんに至っては果肉入りまで…これは俺も買わねば損だろう!
俺はその足のまま魚の干物にも手を伸ばし、ホッケの開きとシシャモを買うと生うにの瓶詰すらも買ってしまった。完全に旅行気分の良くない流れになっているぞ…確かに瓶詰めされたウニはまず間違いなく美味しいんだが、勘の良い方々は手に取った瞬間に違和感を覚えるはずだ。
そう、この瓶はやたら分厚く作られているのだ
ただでさえその細長さから容量が少なく見えるのに、しっかり重さが感じられる様に分厚く作られており、期待したほど食べられない設計になっているのだ。そりゃ確かにご家庭で生うにが食べられるのにこれだけ安価で、そうそう美味しい話も無いだろうな、と。でも味は間違いなく本物なので、たまに自分へのご褒美として買ってみるのも悪くないだろう。
「え~っと、じゃあ後はソフトクリームでも食べながら…」
ドンッ!
「お?」
「あ、ご、ごめんなさ…」
「あら、酷い有様ね」
足元を見ると小さな男の子が尻餅をつき"つい先程までソフトクリームだった物"を手に涙ぐんでいる。そして俺のズボンの裾にはしっかりバニラとチョコのミックスが染み込んでいる最中だった。なるほど、確かに俺がよそ見したという部分もあるがこの動揺具合を見るに走ってたりもしたのだろうか?手に持っていたのが串物で無かった事だけが幸いか、ご両親にはしっかりと教育していただきたいが今はこの子供が泣き出さない様に気を遣ってやらねば。
「おう、大丈夫かクソガキ」
「ヒッ…」
「クソガキって」
「あ、いや…小僧、坊主か?」
「ド下手くそじゃないの」
しまったな…今まで子供相手に講義をした事も教鞭をとった事も無かったのがこんな所で響こうとは…大体ぶつかられたのは俺の方だしどうしてその後のケアまで俺が気を遣わなくっちゃならんのだ。なんなら泣き出す時も「すいません、ちょっといいですか?」と一言断りを入れてからにするべきなんじゃないのか?泣けばいいってもんじゃないとはよく言ったものだ。
「ふっ…ふぇ…」
「おい泣くな坊主。人相のせいで勘違いされる」
「そうだ、お前にはチャンスをやろう。一度の失敗だけで復活の芽を摘んでしまう今の日本の社会に俺が一石を投じてやろうじゃないか」
「また長々と訳の分からない事を」
「まぁ見ておけ。よし、お前の運命を選べ小僧」
「へ…?」
俺は自分の手に500円玉を握り、右手と左手を前に突き出した。このどちらか片方を選べばこの少年は何事も無く元の日常へと帰る権利が与えられ、もし失敗してしまえば俺が直々に親の元まで連れて行き、この少年は事件を知った親にこっぴどく叱られる事だろう。俺にとってはどうでもいい二択だが、この時分の子供にとって親とは絶対の権力者。親から怒られる事と学校でのうんこがタブーな事は言うまでもない。
「右手か左手か、正解したら俺が新しいアイスを買ってやろう」
「うっ…でも…」
「早くしろ、選ばなければ親を探して叱って貰う」
「あぅ…うぅ…じゃあ、こっち…」
「右手か。良いセンスだ」
「付いてこい、さっきより一種類多くミックスさせてやろう」
こうして俺の分のアイスと少年にも新しい物を買っていたのだが、あまりにも遅いと思ったのか母親が様子を見に来てしまい、結局彼の起こした事件は隠ぺい前にあえなく発覚し、俺の目の前で母親からげんこつされる所を見るハメに。気の毒には思ったが、これも親が施せる教育という物なのかもしれないな。クリーニング代を受け取るようにとしつこく言われたが、俺は懐から札束を取り出し黙らせるとその隙に家族とは別れ、本来の目的であるご当地品を買って足早にサービスエリアを後にした。
「しかし意外な場所で漫画みたいな事は起こるもんだな」
「とても漫画とは呼べないみっともなさだったけどね」
「…子供との付き合い方なんか一生分かる気がせん」
「そう? でも結局泣き止ませたじゃない」
「まるでピエロか手品師みたいにな…」
大我的にはもっとスマートな方法での解決が望ましかったらしいが、そう上手くはいかなかったみたいで…不器用ながら努力した結果が今回はたまたま実った形だろうか?
イズミに気付かれないよう、大我は左手に握ったままだった500円玉をそっと財布にしまい込んだのだった




