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第154話 アミューズメント施設に向いてない二人

 


 今日はイズミと二人で遊園地に遊びに来ています。「なにか特別な日か」だって?バカな事を言ってはいけない、俺達が特別な日に外出なんかする訳が無いだろう。


 何でもない日だからこそ、こんな所に来たわけで



「じゃあまずどれに乗ろうか」


「もう帰りたい」


「それは俺もだよ」





 せっかくの遊園地なんだからもっと楽しそうに…なんて普段の俺達を見ていれば口が裂けても言えないだろう。本来この時間は家で放送の準備をしているか、今日の晩飯の準備をしている時間なのだが…一体どんな気の迷いで遊園地に来る事になったか気になるだろうか?



 話せば長くなる。あれはつい2時間ほど前の事だ



 * * * * *



「イズミ、遊園地行くか」


「嫌よ面倒臭い」


「そんな事言ったら俺も面倒だよ」


「は?」


「とにかく準備してくれ。緊急事態なんだ」



 * * * * *



 という訳だ。何を言っているか分からないかもしれないが、俺という人間の生態はこういう物だと割り切って考えて欲しい。もっと深い話をすると、俺は産まれてこの方遊園地という場所に来た事が無くて、漫画とかで見るアトラクションの楽しさがまるで理解できなかったんだ。



 でも漫画の登場人物がどれだけ楽しそうにしていても乗りたいとは思わなかったし、どうして家の中で簡潔に済ませられないのか?バカじゃないのかこいつらは?とも思っていた。しかしよくよく考えてみればそれらの登場人物は皆、一人だけで遊園地に行ったりはしていなかったのだ。



 であれば、自分もいつか誰かと行った時にはこんな風に楽しめるのかもしれないな。そう思った事を今でもはっきり覚えている。



「イズミと一緒なら大抵の事は楽しかったからな。今日は挑戦の一日だ」


「なおさら帰りたくなって来たわ」


「じゃあまずコーヒーカップに乗ってみよう。回るらしいぞ」



 複数個の巨大ティーカップの中に人間を入れ、それを高速で回転させ三半規管を麻痺させんとする悪魔の機械に俺達は乗り込んだ。真ん中から突き出した円形のバルブを回せばその回転は勢いを増し、地獄の回転は加速していく。



 キャーキャーという子供の叫び声があちらこちらで響き、幼子たちも親から拷問を受けているらしい事が伺える。それに比べて俺とイズミは向かい合わせに座り、その表情は真顔のままだ。なにせ俺達は大人だからな



「じゃあ次はジェットコースターだ。メインだぞ」


「もういいでしょ。つまんないわよ」


「前の客からゲロとか飛んで来たらどうしような?」


「だから嫌だって言ってるでしょ…」



 遊園地と言えばこれだろう。様々なフィクションでも遊園地に来てこれに乗らなかった事はまずないと断言できる。カツ丼でいう所のカツであり、カツカレーでいう所のカツである。カツサンドでいえばもちろんカツである事は言うまでもない。それがジェットコースター、遊園地の大ボス的存在だ



「イズミは細いから安全バーすり抜けて飛んでくかもな」


「老朽化が原因で脱輪の方が現実的でしょ」


「確かにちょっと車輪とか錆びてるもんな」



 先程までわいわいと楽しそうにしていた前後の家族も発進前にはほとんど無言になっていた事から、やはり一般の乗客からすると怖い乗り物なのだろうか?確かに宙返りとかして不安を煽る様な設計になっているが、物理的に落ちる事の無い速度とレールの長さで設計されているからこそ、今俺達はこうして乗れている訳で。そこまで怖がることは無いと伝えてあげたいくらいだ



 それに日本最大級の落差で急降下するそうなので、頂点から見える景色は大層綺麗なのではないか?と俺は期待している。おっとそろそろ時間か?「やっぱりやめておけばよかった…」と後悔した子供の泣き声が発信の合図なのだろう。カタカタと車輪が鳴り、振動が体に響いて来た



 ドンドン傾斜を登って行き頂点へと到達すると、この園内を一望出来るだけではなく、遠くの山々までもはっきりと見える圧巻の景色に迎えられた。展望台で見るよりも遥かに開けた空間でまるで空でも飛んでいる様な感覚に陥る。これは確かに一度は乗ってみる価値ありだな、と思ったのも束の間…車体は傾き乗客たちの悲鳴と共に地面に向かって俺達は真っ逆さまに落ちていった。



 体に風と重力を受け、息苦しさは感じるがそれでも身近に死を感じるほどのスリルを味わえたかと言うと微妙な所だ。それよりも前の席に座っているお母さんの髪がずっと顔に掛かって邪魔くさく、それによる不快感の方が初見のジェットコースターの印象に勝ってしまうという最悪の結果となった。イズミみたいに束ねてくれれば良かったのだろうが、まぁ子供の世話でそこまで気が回らなかったのだろうと自分の中で勝手に納得する事とした。



「そこまでだったな」


「だから帰ればいいじゃない…」


「最後はお化け屋敷だな」


「何が兄さんをそこまでさせるのよ」



 お化け屋敷と言えば学園祭か遊園地か、というくらい漫画の中でも度々登場しては心霊系が苦手なキャラクターは泡を吹いて倒れるまでがワンセットとなっている。しかし俺もイズミも怖い物が大得意というか、基本的に肝が据わっているので行く意味なんか無いのでは?と思う方々も居るかもしれない。しかし昨今のお化け屋敷は怖がらせ方がやけに上手いらしく、その演出は映像作品と言っても差し支えない位の内容だと聞いた。



 これは怖がるための物では無く、そういった演出に触れる為の潜入という訳だ



「舞台は廃病院か、肝試しに来た俺達は不可解な現象にたびたび襲われる中でこのスタンプを集めるなければならない、か。なんで俺達は廃病院に来てスタンプなんか集めてるんだ?そっちの方が怖い」


「早くしてよ。一秒でも早く帰りたいわ」



 お化け屋敷の中は確かに凄いクオリティで、ここが遊園地の一アトラクションだという事を忘れてしまいそうなリアルさだった。道中にはスタッフが扮した幽霊やゾンビが俺達の事を驚かそうとあの手この手で襲って来たのだが、それを見る度に遊園地の入場口に貼ってあった『スタッフ募集! 時給1250円~昇給あり』という張り紙を見て笑いそうになってしまう。



『あ、この人達も時給1250円で働いてるんだ』とか『院長役だからこの人は昇給した人なのかな?』とか色々と裏側を邪推してしまうので、経営者は今すぐあの求人の張り紙を剥がした方が良い。スタンプ集めは別に楽しくなかった。



「よし帰るか」


「満足した?」


「…うん」


「絶対後悔してるじゃない。バカじゃないの?」


「まぁまぁ…いいじゃないか…」



 正直子供の頃に想像していたフィクションみたいな事故も起きなければ、そこまで窮屈な日常を過ごしている訳でも無いので非現実感を味わう事も出来なかった。というか人が多すぎて溜まるストレスの方が何倍も多かったというのが本音だ。



 それでもこの場所を訪れたいという人の気持ちは幾分か理解出来たつもりだ。そりゃ人が集まるわという場所もいくつかあったし、フードコートが充実していた事が意外な発見だった。あとは入場口の張り紙を剥がす事とやたらリアルなネズミのマスコットが不潔そうで気持ち悪い部分を直せば、これから先も運営に困る事はなさそうだと感じた。



「帰りステーキでも食って帰るか?」


「やったわ」



 それに遊園地本体というよりかは『これから家に帰れるという』この帰り道を楽しむ物なのかもしれないとも思えたのだが、それはやはり俺達の様な奇特な人間達に限っての事だろうか…?夕暮れがやけに清々しく感じた夏の午後、俺達はまた一つ大人になれた気がした。


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