第153話 土曜の牛の日
【土用の丑の日とは?】
間違えられがちだが"土曜"ではなく"土用"である。
土用とは中国の陰陽五行思想が起源として日本に伝わっているものであり、日本では夏場にしか存在していないと思われている。
しかし土用の日というのは年におよそ20日程度存在しており、それらはすべて季節の変わり目にある。
そもそも陰陽五行思想とは「万物は木、火、土、金、水の5つの元素から成り立っている」という考えのことで、これらを季節に当てはめた時に
「木は春」「火は夏」「金は秋」「水は冬」
の様に割り振られているのだが、「土は…なんか季節の変わり目な」となった。なんでも変わり目には「土の気」が盛んになるとの事で、それらの日を「土用の日」と呼ぶんだそうな。
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「だから土曜の牛肉食う日じゃないんだって!」
「別に由来とか聞いて無いわよ。うなぎで無きゃいけない理由が分からないんだけど」
「夏土用の"丑"の日には『う』が付く物とか黒い物を食べた方が良いらしいからな」
「じゃあ黒い牛食えば完璧じゃない」
「まぁそうなんだけどさ…」
さっきからただ牛肉が食べたいだけなのだが、イズミが言うようにそれならローストビーフで良くね?って話でもある。なんでも遠い昔うなぎの売り上げに伸び悩んでいた定食屋に平賀源内が「本日土用丑の日」という看板を出した結果飛ぶように売れたという説が最も有名だとされている。
他にも様々な逸話が存在しているがそのどれもに根拠や証拠は一切存在せず、いまだにどうして日本の夏土用の期間にだけうなぎを食べる事が盛んになるのかは分かっていない。しかし季節の変わり目には体調を崩しやすいので「滋養強壮に良いうなぎを食べましょうね?」という事で一応理には適っている。
「じゃあ結局肉で良いじゃない」
「まぁ結局肉で良いな」
という事で如月家の"土用の丑の日"は"土曜の牛の日"とする事に定められた
「じゃあどうする? 黒い牛にするならすき焼きか、それともローストビーフか…」
「何でもいいけど今日は米もたらふく食べたいわ」
「それなら今日は丼物でガッツリ行くとするか」
という事でイズミが食べるペースに合わせて量産出来そうな簡単かつ美味しい丼か…ともなればニンニクバター醬油で味付けしながら今日は砂糖ではなくみりんにして照りを出してみようか。まるで鰻丼かの様にすれば気分だけでも土用の丑の日だろう。
まずは牛バラ肉を大量に炒める前に、使用する分だけのニンニクを油の中で泳がせる。その都度油を引いてニンニクの香りを付けて、なんてしていたらとても間に合わないので今回はガーリックオイルを作って置く事に。そして今回使う醤油にも生のニンニクを浮かせており、こちらもニンニク醤油で滋養強壮バッチリ。うなぎも裸足で逃げ出すくらいの強烈な匂いだ。
まずはガーリックオイルをうっすらと引きそこに二人前の牛バラ肉を投入。全体的に色がついてきたらそこにバターを投入して牛肉に香りづけ。そしてバターが溶け切った事を確認してニンニク醬油とみりんを投入し、後は牛肉に照りが出るまで炒めて完成。それにしてもなんて激烈なニンニク臭なんだ…犬に嗅がせるだけで気絶しそうだな。
丼の中には米一合が肉を待ち構えているが、米の方には先程のニンニク醤油を少しだけ垂らしてやる。その後に満を持してガリバタ醤油で炒めた牛の照り焼きを白米の上に乗せて、このままではテーブルでも食べてしまいそうな形相のイズミの元へ。目を爛々と輝かせながら丼を掻き込むと、一言も喋る事無くそのあまりのニンニク臭に唸りながら、次々口の中へ丼の中身を運んでいく。俺も手を止めないようにしなければ間に合わなそうだ。
部屋の中には次々肉を焼くジュージューという音と、丼を掻き込むカチャカチャという音だけが響き、夏という季節を生き抜くための営みが行われた。冷房で冷えた室内にも関わらず、二人は汗だくになりながらもそれぞれの役割を果たす。よく食べ、よく働き、そしてよく眠る事が健康を維持する大切な三要素だろう。
「ごちそうさま」
「はぁ…なんとか間に合ったか…」
米は五合、肉は1.5kgをその胃の中へ納めたイズミは満足そうにニンニク臭い口臭のまま皿の後片付けに向かった。俺は自分用に残しておいたガリバタ丼を一口食べると、自分が想像していた以上にニンニクが主張してくる。あれだけ香り高いバターが奥の方から控えめに顔だけ覗かせている様な状況に、まだまだ改良の余地はありそうだと思いながらも、同時に酒にはよく合うぞと珠玉の時間をビールと一緒に楽しんだ。
「にしてもこれだけ滋養強壮が満たされるとギンギンになってしまうかもしれんな…」
「寝る前に"する"?」
「…いや流石にニンニクが気になって出来る気がしないわ」
「そうね。歯を磨いても気が散る程度にはまだ臭うもの」
そういう意味でも、やはり滋養強壮にはうなぎを食べた方がいいのかもしれないな…と大我は股座の大鰻を眺めながら思った。ニンニクのせいで元気になりながらも一線を越えられぬ生殺しのまま、二人は眠れない夜を過ごしたそうな




