第151話 夏なのでナイトプールに行きます~後編~
【前回のあらすじ】寂れたナイトプールを貸し切った如月大我一行はろくに泳ぎもしないイズミの為に食べ物を買いに向かった。するとそこで待ち構えていた物静かな女性は店側から大我達になるべく金を使わせるよう言われ差し向けられた刺客だったのだ。さらにはなんと如月家のマンションを日夜守り続けている守衛の大野卓三53歳の娘『大野楓』である事が分かったのであった。
「なるほど…確かに昔見せて貰った写真の少女に似ていると言えば似ている…」
「あの…もしかして如月さんって…?」
「君の父親の雇い主だよ、家のマンションの前には今日もあのくたびれたおっさんが居るだろう」
「そう…だったんですか…」
それにしても驚いた、あの小太りでうすらハゲの大野さんにこんなしっかりしてそうな娘さんが居るとは。やたら使い古された地味な眼鏡をしたテンプレの様な日本人といった感じだが、昨今のベタ塗りメイクに比べれば薄すぎる程度の化粧も気にならない位には顔立ちも整っている様に感じる。大田さんが釘付けになるほどのスタイルの良さも相まって、漫画に出て来るアイドルの原石とはこういう感じなのかもな、と思わせる見た目だ。
あの父親の容姿を考えてみればよほど奥さんの遺伝子が優秀だったのか?だがそんな彼女も俺の事を出し抜こうとしたのは事実だし、なんなら今となっては"大野さんの家にはびた一文利益を産み出したくない"とより一層決意を固めるきっかけとなってしまった。
なんか嫁さんに逃げられたとは言ってたものの、これくらいの年頃の娘が一緒に住んでくれているのなら大野さんも悪い人では無いんだろうな。ただ常日頃からどうにも俺が邪魔して欲しくないタイミングに限ってミスをしたり、人の顔色を窺って生きて来たせいでもあるのか愛想笑いのタイミングが雑だったりするだけで。
こっちが何気ない世間話をしている最中にも食い気味で笑われたりするとそれだけでムカつくんだよ。別に笑う所じゃなかったはずなのにな…とか後々になってもモヤモヤさせる。言うなれば彼は人をイラつかせる天才なのだろう。直接なにかされた訳でもないが、どうにも幸せになって欲しいと思えない。それが大野卓三という人物の総評だ。
「それで大野さんの収入だけじゃ贅沢も出来ないからこんな所で深夜にバイト?」
「はい…奨学金で大学に入ったは良いものの…何をするにしてもお金が足りなくて…」
「大我さんが出してあげればいいじゃないですか。こんなに胸が大きいんですから」
「イズミの方がデカいしそれは関係ない」
隣でピーピーさえずっている大田さんにくれてやるくらいならそれもやぶさかではないが、なんなら借金地獄に喘いでるあのおじさんを救ってやったのも俺な訳で。そこから親子2代にわたって金をむしり取ろうと言うのか?何の義理が有ってそこまでしてやらにゃならんのだ。自分の親の不始末くらい自分でどうにかするのが子供の役割だろうが、恨むなら親父を恨むんだな。
「という訳で俺達はこれ以上この店に利益を生み出す事は無いからな。残念だったなハゲの娘よ」
「そこをなんとか…なりませんか?」
「そうですよ大我さん、親に迷惑かけられる事に関しては大我さんも負けてないでしょう?」
「だからこそだ。子供が親を甘やかして得する事なんか何一つない。不満ならすぐに家を出て縁を切るがいい」
今回だってあのババア連中のせいでこちとら配信も出来ない夜間に遊びに来させられてるんだから。親という生き物は誰が頼んだ訳でも無く、勝手に子供を作ったくせしやがって感謝して欲しがる俗物なんだよ。大人として成熟した証に家から出て、あのおっさんには一人寂しい部屋の中コンビニ弁当でも食わせておけばいいんだよ。"自分の為だけに金を使い幸せになる"それが子供から親に出来る最大の親孝行なんじゃないのかね?
「でも実家暮らしの私から言わせて貰えれば、生活費とバイトで得た自分のお金って別ですからね?」
「その金を生活費に回せないから貧乏になるんだよ。債務者の借金スパイラルってそういうモノだぞ」
「大体二言目には『親が~環境が~』と言ってる割にはその環境や親から自立する意思も見せない。そういう甘えた性根が今の自分を形作っている最大の原因だと気付けないんだから、結局は自分の責任なんだよ」
「うっ…」
「何もそこまで言わなくても…」
大田さんは自分の為に生きられない彼女に過去の自分の姿を重ねているのかもしれないが、曲がりなりにも一度社会に出た事の有る大田さんと、絶賛キャンパスライフを過ごしている彼女とでは立場が違う。社会の厳しさ、人間の汚さや残酷さを学ばないうちはいずれ父親の様に誰かに騙され足を引っ張られるに違いない。ここで俺が甘やかす事は今後の人生に影響を与える一因になりかねないのだ。
誰かの人生を背負ってやれるほど、俺の心に余裕はない。
「分かりました…今回は騙すようなことをしてしまい申し訳ありませんでした。私から上司の方に断りを入れておきます…」
「そうだな、いずれこの店も潰れるだろう。新しいバイト先でも探しておくと良い」
「そんな薄情な…」
大田さんはまだ何か言いたげな表情をしているが、俺は帰り支度を始める為に先程注文したポテトのみ持ってイズミの元へ戻る事に。そういやまだ大野さんが家に来たばかりの頃に言ってたな…
紅葉が一面に咲き誇る季節に産まれたから"楓"にしたんですよ
なんて
季節の移り替わりに新たな環境を作る力が秋の木々には有るのだが、彼女にもどうかそんな楓の葉の様に強くたくましい女性になって欲しいと願う。それがせめてもの手向けになればいいんだが。
「あの…大我さんはああ言ってますけどお父さんは今日も頑張って働いてますから…あまり気を落とさず…」
「あはは…私、先週誕生日だったのに…ついてないですね…」
「あ?」
おい待て、今なんて言った?『先週誕生日だった』と聞こえたんだが?季節は夏真っ盛りだぞ?なんだって紅葉の"こ"の字もない季節に楓が誕生日を迎えるんだ?今までの話を加味すれば間違いなく大野さんの娘な筈だが…なにがどうなってるんだ?
「おいちょっと、どういう事だ? あんた秋に産まれたから楓って名前なんだろ?」
「あぁ…実はそれお父さんの勘違いでして…」
「娘が産まれた時期を勘違いする親がどこに居るんだよ!?」
「話せば長くなりますが…当時はお父さんがまだ一つ目の借金を背負っていた頃でした…」
楓ちゃんが言うにはその頃連帯保証人の大野さんは借金取りに捕まり漁船に乗せられていたそうだ。それで停泊していた港から妊娠中の奥さんに電話した所、出産予定日が秋頃になると伝えられたのだとか。出産に立ち会う事が出来ないのを悲しみながらも考えに考えて娘の名前を"楓"としたらしい。結局出産予定日が速まりこの時期になってしまったのだが、当時の奥さんは大野さんが無事に帰ってくる事は無いと思っていたのだと。
そこでせめてあの人が考えた名前だけでも…と名付けられたのが大野楓という彼女の名前だったらしい。
「今ではお母さんが出て行ってしまったので、お父さんは未だにその時の事を知らず私の誕生日を10月だと思ってるらしいんですよ…」
「もろもろ悲惨すぎるだろ…」
「大我さん…やっぱりここで食べて行ってあげましょうよぉ…あまりにも不憫すぎて…」
「う、うぅん…」
そんなこんなしていると注文した物があまりにも遅いとしびれを切らしたイズミが憤怒の表情でこちらに歩いて来た。このままでは自分の命が危ういとなりふり構わずキッチンの裏に準備してある物をすべて持って来てもらう事に。イズミは大層満足そうにしていたが、持ち運びの際に泳ぐ事に飽きた母親たちがやたらめったらに酒を頼み始めやがって…
結局この日は安い車一台買えそうなほどの金額を消費して家路につく事になったのだった…
* * * * * *
「うぅ…いててて…」
「お帰りなさいお父さん」
「おぉ…楓も帰ってたのか…なんだか今日の如月さんは不機嫌そうで、しこたま頭を叩かれてしまったよ…」
「そうなんだ、大変だね…」
楓はなんとなく光景が目に浮かび笑いそうになったが、一生懸命働いている父に悪いと口元の笑みを押し殺した。しかし自分達親子は運が良いのか悪いのか?雇い主と客という真逆の立場ながら、如月大我という大金持ちとの接点が出来たおかげで今日もこうして生活する事が出来ている。
「でもお父さん楽しそうだね」
「まぁ…時々理不尽に怒られる事は有っても、前みたいにお土産くれたりもするからさ。良い人なんだよ基本的には」
「そうだね。私もそう思うよ」
「ははは…楓にもいつか会わせてあげたいけど、ハンサムだから父さん心配だなぁ」
「ふふっ、そうだね」
深夜3時に交わされる家族の会話もそこそこに、大野家ではかなり遅めの晩御飯。今日はなぜかいつもより少し豪華な焼き魚が食卓に並んだのだと──
「いててて! ほ、骨が喉に!!」
「ゆっくり食べないからだよ、ほらお水飲んで?」
貧しいながらも親子は今日も幸せそうだったそうな




