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第146話 水族館を楽しむ喜び

 


 夏は家の中にいるだけで気が滅入るというか、これから更に暑くなればどこにも出歩かなくなるだろうという経験則が俺の足を水族館へと運んだ。数十センチのガラスを隔てた先の景色は、見ているだけでも涼しげで真夏に来ても良いのだが、そうなればイズミはもっと文句を言うだろうし…仕方が無いのだ。



「なまぐせぇ」


「魚だって好きで生臭くなってる訳じゃないんだからさ…」



 俺の妹である如月イズミはとにかく臭いに敏感で、野菜を食えば草の匂い、魚を食えば生臭いと肉以外の物は食ってくれないのだ。食べなければ問題なく魚と触れ合えるだろうかとも思ったのだが、実際問題水族館なんて生で魚を食える俺でさえ少し生臭く感じる。イズミからするとこの眉間に深く刻まれた皺も当然の事だと言えるかもしれない。






「でもほら見て! シロクマが氷のプールで遊んでるよ!」


「…犬と変わらないじゃない」


「普段から凶暴なあのシロクマがこれだけリラックスしてるんだよ!? 今かなり貴重な映像をイズミは見ているんだぞ!!」


「凶暴な所なんか見た事無いわよ。ていうか人の一人でも食ってる所の方が見たいわ」


「なんて凶暴なんだお前は」



 鬼も苦笑いするレベルの残虐性を内に秘めたイズミを引き連れ次に俺達が訪れたのはペンギンさんパークだ。ここでも普段から寒冷地に生息しているペンギンの為にそこかしこに雪が敷き詰められており、その上を腹這いで移動するペンギンたちの可愛さったら…もうプライスレスだね。



「ほらイズミ、美味しそうにイワシを沢山食べてるよ。俺達もあげてみたいね?」


「うわっ…口の中キモっ…なにあのトゲ…きっしょ」


「普段隠れてるんだから良いじゃない。俺達だって結構キモイ内臓してるんだからさ。」



 確かにペンギンの欠点と言えばあの口の中と、やたらギャグテイストの骨格と、思いっきりヒレでビンタしたら成人男性でも骨折する威力があるくらいなんだけどさ…なにもそんなピンポイントに攻めてやる事も無いじゃないか。俺はペンギンがどれだけグロテスクな歯をしていようと、よく見たら虚空を見つめ続ける目が怖かろうとも愛し続けてみせるよ。



 そして水族館と言えば様々な深海生物だったり、熱帯魚だったりを個別で展示しているスペースが有るのだが、今回は珍しくカブトガニも見れるとの事で俺は人知れずテンションが上がっていた。カブトガニと言えば今や人が服用する薬に毒素が無いかを確認するため、その血液が研究所で用いられている事はかなり有名だと思う。なので最近は専用の博物館が出来たりして水族館で個体を見る事が少なくなってきているのだ



「うわぁ、やっぱカブトガニとハンマーヘッドシャークはなんか特別感あるよなぁ…一万年後とかに人間が作ったって言ってもバレなそう。」


「ホームベースじゃない」


「急に大喜利みたいな事言い出すな」



 しかし水族館に来たくなる目的とはまさにそこなのだ。動物園であれば可愛くてもふもふの動物達と直に触れあえる部分が最大の魅力だが、水族館と言えば濡れてぬるぬるの生き物たちと触れ合う事なんてそうそう出来ず、せいぜいがイルカに水を掛けられて帰るくらいだろう。



 であればイズミが言ったように○○みたいな生物たちを見る事の方がメインになるというか、展示されている生物の中でもかなり癖の強い生き物たちを見ては(これ絶対人が作ったろ…)みたいな生物の神秘に胸をときめかせるのが、たまらなく男の子心をくすぐられるのだ。



「ほら見て見てチンアナゴ。もうこれ最初に発見した人が狙ってるよね。」


「珍アナゴって線もあるでしょうに」


「いやこの穴に出入りする棒状の生き物は"チン"アナゴだろうね…」



 他にも珍しいクラゲだったり見ていると脳内がバグを起こしてしまいそうになる。このカブトガニと、チンアナゴと、そしてこのクラゲはどれも同じ一つの海の中に生息している訳で。もしかしたらこの水族館に来る前から顔見知りという可能性すらあるのだから。彼らの事を知らなかったのは陸上で生活している我々だけで、海中にもある程度のコミュニティが存在している可能性に頭がどうにかなりそうだ。



「もしかしたらチンアナゴの方がジンベイザメとかと仲良くってデカい顔してるのかもしれない…」


「ジンベイザメ側にはどんなメリットが有るのよ」



 そんな事を言っているといわば水族館のメインディッシュ、水中トンネルの目の前まで来てしまった。厚い防水ガラスの中を大小様々な魚たちが仲良く遊泳している様子を、通路を歩きながら下のアングルからも眺める事の出来る神コンテンツである。これが無ければ水族館に来た意味がなかろうて



「ねぇ、このガラスが割れたらどうするの?」


「それ多分ここ通る時に何万回もされてる話だと思うぞ」


「じゃあ何万回も割れなかったのだから大丈夫そうね」


「そういう事になるな」



 この巨大な水槽の中にはエイも居れば、アジやサバなんかも回遊している。しかもサメすら同じ水槽の中にいるというのだから、数匹の魚が血まみれで浮かんだりする事故が無いのかと心配になる人も居るだろうが、そこはやはり水族館。魚たちの生態はよく分かっている様だ。この水槽に入れられているサメは常に満腹状態を保たれているのだとか。



 そもそもサメだってお腹が空いて無ければ別種の魚を襲う事は無い訳で。彼らは殺戮の為に生き物を襲う訳ではなく、あくまでも空腹の際に捕食行動を取るだけなのだ。ちなみにだがこの水槽内には居ないシャチに関しては、孤立したサメを数匹で囲んではボロ雑巾の様にイジメまくり、死体すらも弄ぶそうなのでとても同じ水槽になんか入れられないのである。流石海のギャングと呼ばれるだけの事は有るな…ちょっと引くわ。



 水中トンネルを抜けた事で多くの人々は水族館の終わりを感じるのだろうが、俺にとってはここからがメインと言っても過言ではない。トンネルを抜け水族館から出ると何が待っている?そう、水中には生息していないが水辺に生息してるので水族館で展示しましょうか!となった可愛らしい動物たちのオンパレードが待っているのだ!!



「こ、コツメカワウソだぁ!! んぎゃわぃぃぃぃ!!!」


「ひぇぇ!!! アライグマがリンゴ洗ってりゅうううう!!!」


「カピバラもおりゅんだがあああああああ!?」


「うるっせぇなコイツ」



 結局水族館内をまわった時間の倍以上を館外で過ごした俺達は、帰りに回転寿司でご飯を食べて帰った。動物園の帰りに焼き肉を食べたいとは思わないんだが、水族館帰りはなんか無性に魚を食べたくなるのだ。



 それは無意識化で彼らの事を捕食対象以外の目線で見る事が出来ていないからなのか?どうしても足が生えていなかったり、日常的に目にする生物では無いからか食べようとするハードルは低い様に感じてしまう。俺が今食べているエビだって、陸上に生息していれば虫と同様の扱いをされて今ほど食べられていなかったかもしれないしな。



 ヴィーガンの方が挫折した場合には決まって魚の肉を最初に食べるというし、どこか罪悪感を持たないという暗黙のルールが魚には有る様に感じる。考えてみれば豚や牛を捌く事の出来る人間なんて身近には居ないが、魚に関しては一般的なサイズであればいくらでも居るだろう。昔から根付いている"当たり前"になってしまっているんだろうな。



 だからこそ俺はこの回転寿司で魚一匹一匹に感謝をしながら食べなければならないのだろう。その為に無意識のうちに寿司を食べようとしていたのかもしれないな…



「兄さん、からあげとハンバーグ寿司追加で。あとステーキ寿司も頼んで」


「イズミもたまには魚に感謝して食べてみなさいよ」


「いやよ。くっせぇ」


「なんてやつだ」



 まぁ俺がイズミの代わりに感謝させて貰うとしよう。お魚さんいつもありがとう。あと正直アクアリウムよりも外のカワウソに熱狂しちゃってごめんね。あれは無理だわ。正直帰る時に(最初からここ来てればもう少し長く遊べたのになぁ…)とか思っちゃってごめんね。




 最後まで魚に大層失礼な兄妹であった。



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