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第145話 夏を迎えるにあたっての如月家



季節は7月も半ば。すでに全国的に猛暑日が続く今日という日に如月家では家族会議が行われているようです



「ダメよ、絶対行かなきゃいけない」


「死にたいのか? こんな地熱で長蛇の列に並ぶバカと同じ立場になる義理なんか俺達には無い」



何について言い争っているかと言うとそれはそれは死活問題というか…



【今年も開催!全国各地から集められた極上の食肉フェス!】



「年に一度の肉フェスに行かないとかどうかしてるの?」


「どうかしてるのは潤沢な財力を持ちながら間接的に自殺しに行くその姿勢だよ」



主催者もどうしてしまったのかと思う程に無茶なイベントだが、昨年は開催すら知らなかった為今になって酷く後悔しているらしく、そんな思いが余計にイズミを駆り立てている様だ。しかし大我の言うように如月家の財力ならば自宅で肉フェスを開催する事だって容易いはずなのに、どうしてイズミは頑なにこの肉フェスにこだわるのだろうか?



「そもそも全国各地から集まってるんだったらその大元から取り寄せた方が賢明だろ?」


「炭火で焼けるの?」


「む…」


「その各地から取り寄せた物を、自宅で、炭火で調理できるのかって聞いてるのよ」


「それは確かに…」



出不精なイズミがここまでこだわっているのは『極上の肉を炭火とともに楽しみたい』というシンプルながら至極真っ当な理由だったようです。確かに家庭のグリルで調理するのと炭火で調理するのとでは満足度は雲泥の差。室内で炭を使う訳にもいかないしこれには大我も一本取られたといった感じですが…



「じゃあまた大田さんの道場前を貸して貰えば…」


「結局外に出てるじゃないの」


「あっ…」


「猛暑がどうだと言っておいて兄さんが私の為に外出する事を面倒臭がっているだけじゃないの」


「いや別にそういう訳じゃ・・・・」


「じゃあどういう訳なのよ」



こう理論立てて反論されてしまうと、自分の意図を噛み砕いて説明する事も怖くなってしまいますね。見事にイズミの方が大我を説き伏せ、このまま肉フェスに向かう事が出来そうですが…?



「そもそも良い肉なら別に炭火で食べる必要も…」


「じゃあ私の食べたい牛、豚、鶏、鴨、猪の肉を兄さん一人で調理出来る訳ないでしょ」


「まぁ調理法次第では出来なくも無いけど…」


「全部を炭火で焼いて食いたいのよ私は」


「そうかぁ…」



これで勝負ありでしょう。イズミも念願の肉フェスに出向くとあっていつもより上機嫌に見えますね、そのまま熱中症対策まで準備している様です。もちろん日焼け止め対策も入念にしていますが30度を超える猛暑の中、長袖を着て行く訳にも行かないので頭を悩ませています。



「…なんか急に面倒になって来たわ」


「ほら見ろ! イズミはそういう所があるから嫌だったんだ!」


「仕方ないじゃない。日には焼けたくないけど熱いのはもっと嫌なんだから」


「じゃあなんでこんなイベント提案したんだよ!!」



そう、イズミの出不精たる所以は道筋をたてるまでは良いのですが、準備の段階でそれを辿る事が面倒になってしまう性質故。大我は今まで何度となくこういうケースを体験してきているので、今回もなんとかマイナスな意見を述べて事前に止めようと努力していたみたいです。



「いや…別に兄さんが全部やってくれたら行くわよ…」


「そんな事言って! 去年の海だって本当は3回行く予定だったのにあの1回きりだったろ!」


「今回はこれだけだから私の言い分も通るでしょ」


「そういう問題じゃありません!」



イズミとしては本当に行く気だけは有るみたいだし、実際に様々な肉の事を考えると今でもよだれが出て来るくらいには魅力的で…ただその為のやる気だけが出て来ない困った体質なのだ。時折自分の周囲だけ空間を切り裂いて気候に左右されず歩けたらいい。なんて空想に現実逃避する事も少なくはないという。



「じゃあもう行かないって事で良いね? 肉なら注文しといてあげるから」


「炭火も?」


「イズミの我が儘で俺達死んじゃうよ」



なにも大田家でBBQをする事に反対な訳では無く、自分の取り分が減ってしまう事を危惧しているらしく…しかもその場合には片付けだったり帰りの運転だったりも考えると気が滅入るというか。大我が主催でBBQするというなら自分もしてあげたいという気持ちになるのだが、今回の様に自発的な形で開催を迫られると尻込みしてしまう。生来の面倒臭がり屋さんなのだ



「そもそも用意されている物を現金という対価を支払って、楽に好きなだけその場で食べられる事が利点なのであって…イズミの場合は無償で俺がやってあげられるんだから無理に外に出る事なんか無いだろ?」


「そんな兄さんでも炭火の香りを体から漂わせることは出来ないのね…」


「一回燃えて来いってか?」



"炭火"この点だけを未だに口惜しそうにしているイズミに大我が出した妥協案は──



「うめっ、炭火うめっ」


「お嬢ちゃんよく食うねぇ! 次何焼きましょうか?」


「豚10と皮も10お願いします…どっちも塩で」



炭火と言えば焼き鳥だろう。それに牛串や豚串も最近では当たり前に注文できるのだからイズミの注文を網羅していると言っても良い。それに屋内で火を扱っている事からなるべく涼しくする努力も施されているので快適に食事ができる。大我の大好きなお酒も充実のラインナップで双方ともに大満足だと思われるのだが…



「フードファイター?」

「やば、写真とっとこ」

「なんか見てるだけでお腹いっぱいになって来るな…」



「イズミそろそろいいんじゃないのか…?」


「今焼き始めたばかりじゃない。まだ食えるわよ」


「…そうか///」



食べ終えた後の串の数でメチャクチャ食べている事がバレてしまい、鋼の心臓を持つイズミでも無ければ周囲の目が気になって落ち着かないという点だけが問題らしい。



「兄さんタレも」


「あぁ…わかった…」



小心者の大我は食も酒も思ったほど進まずにその体がやや炭の香りを発するだけにとどまった、少し夜風が涼しく感じる7月の一ページでしたとさ────



「最初からお持ち帰りにすればよかったわね」


「軽トラが必要になるからそれも出来ないんだよ!///」


「そう、残念だわ」



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