第143話 店頭販売とかいう落とし穴
如月大我は恐怖した。久しぶりに昼食を外で食べようかと妹のイズミと一緒に訪れたチェーン店の牛丼屋、会計の際にレジの横で見つけてしまった『お家でお店の味』というキャッチフレーズの付いたレトルトの牛丼だ。
いやいや何をバカな事を言っているんだと何度思った事だろう。お家で店と同じ味が食べられるんだったら店に来る必要が無くなるじゃないか?それならどこかのスーパーにでも委託販売した方が絶対に儲けになるし、なによりこの商品を買うタイミングが散々食べて会計する時って…商売が下手としか言いようがない。もうこの場で俺が教えてやろうかな?
「これください」
「えっ…あ、ありがとうございます」
物珍しさについつい買ってしまったがあの店員の反応からするに、やはりレジ横からあの商品を手に取る客は相当なイレギュラーなのだろう。バーコード決済に不慣れで少し手間取ったりもするくらいにはレアパターンというか…まぁ理由は俺が先程述べた通りなんだろうが。
しかし思えばこんなレトルト食品に手を付けるのは何年ぶりだろうか?自分で調理が出来るようになってからは、たまにコンビニ飯や出来合いの物を買ってくる事は有れど…すでに出来上がったものを調理するとはなんとも新鮮に感じるな。湯煎とかするタイプだろうか?少し楽しみだ
とはいえ…
「もう食べた後だから今日は良いか…」
「流石の私も晩は別の物が良いわ」
「まぁ…あれだけ食えばな」
いつもならイズミにでも食べさせて少しだけつまみ食い、となる筈なのだがよりにもよって今日のイズミはブレーキのぶっ壊れた日だったらしく、キングサイズと呼ばれる2㎏程の牛丼を二杯も食べてしまっているのだ。どうせ晩には腹が減るだろうが、食べながらにして味変をしていたくらいだからもう牛丼の味は十分なのだろう。
となればまた後日に持ち込しか…
~翌日~
「…う~ん、今日もなんか牛丼って感じじゃないんだよなぁ」
「昨日の今日だから私も別に要らないわ」
~さらに翌日~
「流石に今日は牛丼食うかぁ…」
「それなら普通に作ってよ。兄さんが作ったほうが美味しいでしょ」
「にしたって…じゃあ買ったこれどうするんだよ?」
「知らないわよ兄さんが勝手に買って来たんでしょうが」
「ううん…」
そう、自炊できる人間が自宅で牛丼を食べたくなる事なんか無いのだ。
ハッキリ言ってしまえば適当に肉買って来た方が安いし、更に料理が上手ければ店以上の味は必ず出せる。店舗で食べてしまえば店の雰囲気も相まって懐かしさすら感じるが、自宅の景色と見知った器で食べてしまえばちょっと失敗したかな…?くらいの出来栄えになってしまうのだ!
とはいえお店の味を完全再現しているのかどうかが今回の論点だった筈。ついつい4パックも買ってしまったが一つくらいは味見しても良いだろう、となって今夜のワンプレートとして牛丼ではなく牛皿という形で実食する事にした。これくらいの量ならイズミからすれば小鉢と相違ないだろうし、こういう食べ方がベストかもしれないな。
しかし弱ったな…これを小皿に取り分けるとしてだ。プレーンのまま食べるとしたらかなり味気ないし、アレンジをするとしても店舗側がほとんどやってしまっているので「だったら店行って食えや」感が増してしまう。これを残り3パックもと考えるとなかなか骨が折れそうだ…考え直してくれあの時の俺!
「まぁ発想を転換させよう。牛丼に合いそうなメニューに寄せて行けば美味しく食べられるだろう…え~っと…牛丼に合いそうな…」
そんな料理は無い。なぜなら厄介な事に牛丼だけで完成してしまっているのだから。
これ以上どうにかするとしたら、家で作ったすき焼きに突っ込んで別の牛肉に擬態させるしか道は無いだろう。不法入国したすき焼きもどき達に彼らも混乱するだろうが、その少し薄めの色味のせいでこちらにはどれが不法入国者なのか筒抜けなのだから、自然とその部分を除けて食べてしまうに違いない。どうせちょっと美味しい味を吸った牛丼の肉が出来上がるだけだろう。
「何かいい案は…降りて来い俺の料理センスよ…俺に天啓をもたらし給えぇ…」
「今日はカレーが食べたいわ」
「それだぁ!!」
天啓というかイズミのアシストが有った後に大急ぎでカレーを準備し始めた。普段は何日も煮込む手の込んだカレーを作るのだが今日はそんな手間も必要ない。何故なら通常のカレーとは違い、出来上がった後にこの牛丼の素をトッピングするのだから!!
よく考えてみれば牛丼屋に行ってカレーを食べた事が無かった。評判はいいと聞くが立地的にも近くにカレー屋が有ればそちらの方に足を運んでしまうのが原因だろう…牛肉だとかハンバーグが乗っているだけなら、もっと安上がりに様々なトッピングをできる店が近くにあるのだから当然の話だが。
となればお持ち帰りでこのレトルト食品を買った時くらいにしかチャンスが無いのではないか?カレーに余計な深みなんかを出してしまえばレトルトの彼はあっさり負けてしまう事だろう。本来の実力を発揮できるように家庭的なカレーと一緒に食べる事にした。流石に店舗でもそこまで本格的な仕上がりにはなっていないだろうしな
「よ~し、これくらいでいいかな? 普段はイズミが食べてくれないから野菜が溶けるまでやるんだけど…まぁルーと肉だけよそえば分からないだろう」
出来上がりに合わせて湯煎していたレトルト牛丼をカレーの上に盛り付けていざ実食だ。確かに見た目や匂いは店舗で出て来た物と相違ない。肉だけ食べてみると少しだけ水っぽさが有り、味は薄まっている様に感じるだろうか?しかし今回に限ればこれも好都合、カレーと一緒に食べてみるとその薄味さが絶妙に良い。
ダシの味が主張しすぎればカレーとの相性はよくないだろうし、これを牛丼にして食べてくれと言われても物足りなさを感じてしまうだろう。本当に都合よくカレーのトッピングとして機能する塩梅で、なんならこの為に開発されたのではないか?と感じてしまう程に相性抜群だ。
「これはいいな、惣菜感覚で使えるのは案外当たりかもしれない」
「で、これいくらだったの?」
「2パック入りで300円」
「手間賃考えると並盛一杯くらいって感じね」
まぁ確かにこれ食うなら店で牛カレー食えよと思うかもしれないが、家に常備しておいて「そういえばレトルトの牛丼が!」と思い出した時に食べられる"高級なふりかけ"とでも言えばいいか?今回の件に関しては損したのか得したのかは五分といった所だが、今まで手を付けて来なかったレトルトというジャンルに着手するいいきっかけになったと前向きに考えるとしよう。
ありがとうチェーン店の店頭販売、ありがとうレトルト食品!
後日スーパーでレトルト食品を見た所、牛丼以上に完成形の食品が多かった事からレトルト料理に着手する計画は水の泡になってしまったが、たまの外食をする度にレジの横を少し気にしてしまう大我であった。




