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第十三話  男と女が愛だの恋だの

 

 結局あの後視聴者から心配され、夜の配信もままならないのなら休んでくれと言われてしまった


 ジョンが家にいないのだから別に自分の部屋で寝ればいいのだが、なんだかまだその問題が魚の骨のように胸につっかえて取れない。自分の部屋で眠ろうとしたとて、ろくに眠れないだろう



 夕食を済ませ風呂に入り、あとは寝るだけという所でイズミの様子を見てみる。


 これで三回目の歯磨きだろうか。昼からフリスクをおやつ代わりに、それも主食レベルで食べていたイズミからはハッカっぽい匂いが絶えず香ってくる。横にいるだけで少し目が痛い



 いつもはしっかりと閉じられているはずのイズミの部屋は不用心にもドアが開け放たれている。これでは俺がいつでも入れてしまう状態だ


 あんなものいつも部屋で使ってたか?と疑問に思ってしまうオレンジ色に淡く光るライトまで置かれている。なんだかそれだけでも破廉恥な雰囲気を感じるのは自分の心が汚れているからだろうか?



 ──なんで俺たちはさっきから一言も喋らないのだろうか?



 まるで初夜を迎える新婚夫婦かのような緊張感に…いや、やめよう。ただの兄妹なのだから


 PCを持って自分の部屋に向かうイズミ


 …どうすればいいんだろうか?まさかイズミから招かれるなんて事もないだろう


 

 ──自分の足で…?イズミの待つ布団の中に入っていくのか…?兄妹なのに…?



 何を言っているんだ、兄妹だから大丈夫なんじゃないか…そうだ、何を言っているんだ俺は本当に


 こういう時はその…どういう段階を踏んで布団の中に?寝るかー…とでも言って入ればいいんだろうか?それだと格好がつかないだろうか?待て待て、なんの格好だ寝るだけじゃないか、いたって普通に…


 入ってしまったイズミの部屋。思えば今までこんなに意識した事が無かった、ただ洗濯物を持ってきてその中には下着も普通に入っていて、それでもやましい気持ちなんか一切沸かなくて…


 

 ──寄っている、イズミが端に。どうして?俺か、俺がそこに入って…いいんだよな?イズミ



 声に出せばすぐに解決するくだらない時間。不思議と喉が張り付けにされたかの如く動かない、緊張しているのか?俺が?どうして、妹と寝るだけのこの時間に…意識、しているのか?



 ──イズミも?



 とりあえず布団に。一枚だけの布団の中に二人。不釣り合いな広さの中で広がるわけもないスペースをどうにか折半しようとすると…こう

 向き合う形で、イズミが俺の胸に顔を預けるように…なるだろうか…?


 確かにイズミの方が俺よりも背が低いのだから当然と言えば…ただ枕の位置は同じなのになぜ…俺の腕を枕にするようにと背中に手を回しているのは俺の方だが…



 イズミの匂いを間近に感じる、いつもの事ではあるのに今は頭に当たる鼻息が邪魔ではないかと気を遣ってしまう。要らぬお世話だろうか?


 夜とは、こんなにも無音だっただろうか…?自分の血管を流れる血液の音まで聞こえるような静寂

 腕に抱いているイズミの脈打つ感覚まで伝わるほどに神経が鋭敏になっているのが分かる


 鼓動が少しうるさいだろうかと深呼吸する。息を吐くと気が散るだろうかと吐いているかどうかというくらいの量を少しずつ吐き出す。却って鼓動が早くなってしまう

 人と寝るというのはこんなにも難しいものなのか?というかずっと腕に抱いているイズミは苦しくないだろうか?



 寝た瞬間と起きた時の体の位置はいつも概ね変わっていない俺だが、もしかしたら慣れない体制でイズミに迷惑を掛けてしまうかもしれない…そう考えると最終ポジションを早いうちに決めておかなければ…ん?寝るってこういう事でいいんだっけ?



 一体イズミはどんな気持ちで俺と一緒に…



 イズミは完全に寝入ってしまっていた

 一定のリズムで寝息を立て体もわずかに上下している。

 一人で勝手に緊張して盛り上がっていたのか考えると一気に体から汗が噴き出してくる

 あ、でも汗臭いとイズミに怒られてしまわないか…



 いや、イズミはもう寝てしまっているのだから気にしても仕方がないか…



 あれだけ思案して気を揉んで、結局は一人相撲だったなんてとんだお笑い草だ



 それにしてもジョンに焚き付けられたからなのかは分からないが、俺もしっかり意識してるじゃないか…



 考えてみればイズミ以外の人間に対して愛してるなんて口にした事が無いのだから

 いや、イズミに対しても言った事なんてあっただろうか?

 自分の記憶にないって事は言った事が無かったのか?イズミに!?

 イズミ以外のどんな動植物にも言う機会なんか無いのにどうして?



 当たり前になりすぎていたのか…同じ布団に入っているだけでこんなにも新鮮な気持ちで狼狽えているのにな、となんだか自分が情けなくなってきた。



 自分の事を全能の神か何かだと思っていたのに、たった一人の妹の前でさえこんな有様なのだからこれからは少し改めなくてはいけないなと反省する。



「愛してる…」



 眠っているイズミの頭を撫でながらその言葉の意味を考える

 家族愛、兄弟愛、夫婦愛

 どれも近しいのに明確に分類される基準があるのが面白いな

 俺がイズミに抱いてる感情はどれだろう?


 今眠っているイズミの顔を見ているだけで、頭を撫でているだけで安心する


 これは家族愛だろうか?兄妹にしては仲が良すぎる気がするし、夫婦としては熱を持ちすぎている気がするな。


 であれば、この感情は今の俺だけが持つ特別なモノなのかもしれないな


 安心すると一気に眠くなる。今日はいつもよりよく眠れるかもしれないな


 暗い闇に落ちていく感覚の中、イズミの夢でも見ないかなと思ったのが俺の最期の意識だった




「……私も」


 必死に震える喉から吐き出した言葉は彼の耳に上手く届いただろうか…?



 念入りに準備したはずなのに、いざとなると意気地なく固まったままの私に兄さんが投げかけてくれた言葉を、ただ返すだけなのにこれだけ時間をかけてしまった…



 仕方ないじゃない。私は今、世界で一番愛している人の腕の中で抱かれているのだから緊張くらいして当然じゃない。


 間近で顔を見る事も出来ないから目を瞑って、見られもしないように顔を埋めているくらいなのだから…



 兄さんの腕はこんなにも硬いのかと驚いてしまう

 体はこんなにも大きかったかと鼓動が早くなる

 聞こえてないだろうか…?こんな間近で…

 いつもはあんなに偉そうにしているのに普通の女だと幻滅されるだろうか…?

 それとも、普通の女の子みたいに可愛い所もあるものだと、一般的な男女がそうするように私も兄さんからの寵愛を受ける事が出来るかしら…



 …返って来ない返事をねだるように恐る恐る顔を覗き見るともう既に兄さんは寝てしまっている様だ


 自分が馬鹿みたいだと思うとともに安心してしまう。内心ではとても怖かった

 今まで愛されるだけの生活だった私が、兄さんの求めるだけの愛を返す事が出来るのかと

 それで見放されでもしたら、この世界で生きていく事なんか出来る訳がないんだから



 私の人生の全てが、これから先の未来がこんな小さな空間に詰まっている事は幸福と言えるのだろうか?



 手放そうと思えばいつでも捨てられるこの小ささが、いつまででも隣にいられるこの狭さが嬉しくもあり時々怖くもなる。



 兄さんには世界のなんだって手が届く位置にあるのに、私の世界には兄さんしかいない。


 真逆の立場な私達がこれから先も今までと同じ様に生活していけるだなんて保証がどこにあるの?


 兄さんにとっての全てってなに?それが例え私じゃなかったとしても、私はこれから先、死ぬまでの人生を兄さんと一緒に…もしも、もしも叶うのなら…


 願わくば兄さんも私と同じ事を──




 翌日起きた大我は今までの人生で一番の幸福な朝を迎えたかもしれない


 目の前に愛する妹の寝顔があり、離れられないようにしっかりと身体を抱きしめられる形で


 昨夜のくだらない葛藤なんか忘れてしまうくらいに、こんな事なら毎日でもいいかもしれないと思う



 このまま寝顔を眺め続ける事が最高の人生の過ごし方なのは言うまでもないのだが、残念ながら朝の配信が迫っているため、少し揺らすようにイズミを起こす


 猫の様に手の甲で眠たい目を擦る所までも愛おしい。これが誰に対するどんな愛情だろうがどうでもいいじゃないか。俺は今日も明日からもイズミを愛し続けるんだから



 一晩寝るだけでこんなにもすっきりするならジョンに相談したあの時間がなんて無駄な時間だったんだろうと文句の一つでも言いたいところだが、奴も奴なりに気を利かせて出て行ってくれたんだろう。その気持ちを汲むくらいの情はまだ俺にも残っている。


 店の金を少し多めに包んでやるのもやぶさかではない思いだ



 朝の配信では昨日の事を事細かに聞きたがる視聴者たちに、ありのままを話した。

 驚くほど安心してすぐに寝入ってしまったと。二人とも朝の目覚めがすこぶるいい事から月に一回くらいは一緒に寝てもいいかもしれないと。


 それでも邪推してくる視聴者に、イズミと何かが有ったとしたらこんな配信なんか放りだして何日も消息を絶つだろうとだけ言っておいた。それでようやく納得する者が多数だった



 今日からまたいつも通りの配信に戻る事が出来るだろうかと話して配信を終えると、朝食を作りながら昨日の夢の内容を思い出す



 退屈な未来だけが約束された無限に広がる道の中で、たった一本だけ見えた光輝く道のその先に居たイズミと一緒に、どれだけ歩いたかも分からない平坦で変わり映えの無い道を何年でも何十年でも隣同士歩き、後ろから眺めてる俺の視界から見えなくなるまでずっと先まで…


 ──これからの人生もそんなふうに生きていければいいなと思える夢だった




 朝十時、昨日ジョンが起きてきた時間にジョンから連絡があった


 放送を見ての感想か、それとも店の金の催促かと思い見てみると、ビカビカと光る筐体から七色の光が発せられている画像と共に『パチンコって面白いね!!』という文面が添えられていた。



 とっとと帰ってくれる事を願いながら店の金を渡すのは帰国する日にしようと心に決めた。

 

 というか前のピザの件といいどこに金を隠し持ってたんだあいつは。と疑問に思う大我だった









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