第136話 避難所・兼・如月家
梅雨時期にタイミング悪く都心を襲った大規模停電、困窮した如月家に物資を届けに現れたおばさんズwith大田まさみは電力が復旧した後も変わらず居残り続け、絶賛気絶中の大我の事など気にも留めずに酒とつまみを広げスナックからの延長戦を始めたのだった。
「そういやさー…最近イズミちゃんはどうなの? 大我との…アレはさ…」
「アレってなによ」
「ほらそのぉ…義理の娘に聞く様な事では無いと思うけどよぉ…///」
「S〇Xならバチバチにしてるけど」
「いやん大胆!///」
普段なら大我に脳天をぶっ叩かれるに違いないこんな質問も今なら女だけ、誰も止める事なんか無くそれどころかどんどんヒートアップしていってしまう。男性の場合はここから下ネタに発展していくのだが、妙齢の女性が話の主導権を握るともなると性事情に片足を突っ込んでいる物ばかりで…
「ぶっちゃけどうなの? 毎晩とかじゃないと満足できないとか?」
「最初はそうだったけど今はもう一線超えたからか一緒に寝るだけの日が続いても満足よ」
「か~! 若いのにもったいないとは思う反面、その純情さがそそる!!」
「気色の悪い義母だねまったく…」
どんどん興奮状態に陥る大我の母・三沢晴香とは対照的に同じく大我の母・厳島カガリはいやに冷静で、それどころか暴走気味の晴香を嗜めるような姿勢を見せている。普段ならば一緒になって大我の下半身事情なんかを嬉々として聞き出そうかとも思えるのだが…こういう所は意外とデリカシーがあるというか、節度を持った距離感で付き合っているのだろうか?
「はは~ん…そういやカガリは男とは一回しかした事無かったとか言ってたよなぁ…」
「した事が無いのではなく必要を感じなかっただけだ。不純だ純だのの定義でもなく無駄でしかないだろ? それを大我という人工授精の子をもってして証明したんだよ私は」
「こういう奴に限って一人でえぐい事してるんだよなぁ~」
「してもないし、朝陽ちゃんだって生涯旦那だけなんだろ? 私とさして変わらないじゃないか」
「そうねぇ…」
もうイズミや大田さん以外はいい歳なので過去の男性とのそういった話に花が咲くかとも思ったが、思い返してみれば"腰砕きの三沢"などというビッチの代名詞みたいな通り名をもつ三沢晴香以外は性とは縁遠い人ばかりで、大我から歩くエロ同人なんて呼ばれているムッツリスケベの神田朝陽でさえも、旦那であり故人の神田慶二以外に操を許してはいないのだ。日常だけを切り取れば非常識極まりない彼女らも、貞操観念という一点に関してはかなり潔癖に思えるが…
「どうなの朝陽ちゃんも? そろそろ竿の一本でも欲しいとか?」
「そんな竿だなんて…私は今がとても楽しいから…特にそんな予定は無いかしら?」
「へぇ~…まぁこんな事言っても結婚経験が有るのなんて朝陽ちゃんだけだしなぁ…」
「なんなら明確に子供が居ると言えるのも朝陽ちゃんだけなんだがね」
ここに居る人間は全員が如月大我やイズミとの関係者ではあるのだが『卵子提供者』『代理出産経験者』『未亡人で一児の母』というなんとも歪な関係性だ。まともだと思われる者も約一名居るには居るのだが…
「イズミさんお風呂いつにしますか? 私はもう準備万端ですから!」
「別にまだいいわよ」
同級生かつ同性愛者なだけなので問題はなさそうだ。
こんな色濃い面子が居るのにいざ集まってみても話題はすぐに尽きて、何をするかと言うと配信サイトで動画を垂れ流すだけになってしまうのは暇つぶしが充実した現代の功罪と言えるだろうか?そうして誰とも言わずに動画を再生し始めるのだが、今回チャンネルの主導権を握ったのは厳島カガリだったらしく、部屋の中には萌え声と呼ばれる耳が蕩けてしまいそうな程のアニメ声が響き一同の注目を画面へと集めた
「おいなんだ急にビビったな…」
「そういえば忘れてたけど、今日は大手バーチャルアイドルグループのライブの日だったんだよ! 敵情視察は基本だからね…」
「まだやってるのねそれ」
「まったく事務所所属だからってお高く留まって! これじゃあ個人勢にいつまで経ってもチャンスが巡って来ないじゃないか!」
「だったらお前も事務所に所属すればいいんじゃね?」
「あー! ライブだって言ってるのに完全に録音なんだが!? こんな詐欺紛いの事で金を稼いで恥ずかしくないのかね!? どう見たってダンスもプロの着ぐるみだし!!」
「こんな人にはなりたくないですね…」
「そうね」
カガリと朝陽が細々と活動しているバーチャルアイドルというカテゴリには様々な競合他社が存在しており、男性のみが在籍しているグループや逆に女性のみの現代的アイドルの様な売り方をしている事務所も存在している。その中でも個人勢と呼ばれている事務所に所属していないカガリ達の様な人達は売り出し方やコネクションの問題などもあり中々陽の目を浴びる事が無い。
それでも今の活動にやりがいを感じ何年も続けている人も居るが、多くは目の前の高すぎる壁に絶望し人知れず引退していくのが現状だという。そんな若い人々に比べればカガリ達はまだ恵まれている方だというが、それでも登録者はまだ一万人にも満たない。口癖のように「何かきっかけさえあれば…」なんて呟いているのだが、当初その役割を担うはずだったのが如月大我だという事はすっかり忘れている様だ…
「そもそも匿名性を売りにしているからか知らんがね、事務所所属の人間は性格が悪い女が多すぎるんだよ! その醜い容姿のみならず腐った心までもキレイな絵で隠している人間ばかりで嫌になるね!」
「お前が言うなよ…」
「母さんなんか乳でも放り出してたら勝手に伸びそうだけど」
「実の母親になんて事させる気なの!?」
「それが乳出し界隈は最近、過激さを増して本格的なR-18サイトへの誘導が主流になって来てねぇ…」
「もう何でもありじゃないですか…」
普段から研究を欠かしていない証拠なのだろうか、次から次へと配信者界隈の知識や愚痴が出るわ出るわで、酒を飲んでいる事も相まって厳島カガリオンステージの開催だ。なんならこの様子をそのまま配信したらそっちの方が人気になるのではないかと考えたイズミだったが、責任を取るのも嫌なので気付かれない様に一人風呂場へと離脱した。
「そもそも年齢偽ってるとかで重箱の隅突いてくる奴等も居るがね! 年取った方がエピソード豊富で面白いだろうがって話だよ! しかし衆目が視線を向けるのは自称(ここ重要)若くて美人な!? ストリーマー崩れですか! 生身でも変わらないなら生身でもやってろって話だと思わんかね!?」
「今日はよくしゃべるなコイツ…」
「でもカガリさんも年の割には綺麗なんで"美人科学配信者"としてデビューすれば行けるんじゃないですか?」
「…当初は私もそっちの方で活動していた時期があるんだよ」
「え? そうなんですか?」
しかしカガリの容姿に注目が集まったのは最初だけで、次第に見慣れて来るとそこまで…それなら芸能人とかコスプレイヤーの配信行くわって人が多かったらしく、結局は鳴かず飛ばずで苦渋の決断でバーチャルの世界に足を踏み入れたのだという。
しかしこの経緯を聞いて時々言葉に鋭利さを感じる大田まさみが、また余計な事を言ってしまうのだった
「じゃあカガリさんも他の人と同じ様に容姿隠すためにバーチャルアイドルやってるんですね!」
「なっ…! わ、私はバーチャルにしか出来ない可能性をだね…」
「えっ!? 例えばどんな事ですか! 興味あります!」
「そ、それは…何歳になってもアイドルとか…」
「??? でも現実の地下アイドルにもそういう人達がいるってこの前テレビで…」
「あはは…そ、そうなんだ…」
見るからに先程までの勢いがなくなり口籠るカガリを晴香がニヤニヤと眺めていると、風呂上がりのイズミが帰って来た事に気付き、大田さんの発狂によって難を逃れたのだった。それからも自分の活動とは一体何だったのかとぶつぶつ呟いているカガリと、それを励ます朝陽や追い打ちをかける晴香と共に夜は更けていくのだった…
──ちなみに、大我はまだ起き上がる事が出来ていない




