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第134話 芋を蒸かしてなんとする

 

 梅雨を目前に控えた如月家では例年通り俺の活動時間が格段に落ちる事は分かり切っているので、今のうちに家から出ないで済む様に食料の備蓄を買い込む事に。出来る事ならばあいつらの世話になんかなりたくないので、家庭内で済ます事が出来るならそれを優先するべきだろう。



 という訳で今回買いに来たのはジャガイモ。調理も簡単だしお腹も膨れるしなによりどんな調味料にも合う。保存食としてはもちろん、平時においても最高峰の食材だと思っている



「それじゃあこれを…何キロくらい食べそう?」


「分からないけど一日一箱くらい目安にすれば安全じゃないかしら」


「これで7kgだぞ…?」



 しかし普段の食事風景を見ているだけに有り得ない話ではないと感じてしまい、それに自分も食べる事を計算に入れるとこれくらいでも案外どうにかなるのではないか…?と安易な考えと共に計21kgものジャガイモを買って家に帰る事に。飲食店でもやっているのかと尋ねられたが「いえ、これ妹が食うんですよw」とか言うのは流石に恥ずかしかったので、言葉を濁して足早に店を後にした。



「梅雨の時期だけでこんなに消費するかなぁ…別に芋以外の物だって食っていいんだぞ?」


「いいじゃない、楽だし美味しいし」



 なによりも魅力的なのがこの"楽で美味い"という部分だろう。芋なんて蒸しても揚げても焼いても煮ても、何しても芋のままだからがっかりする事なんか万に一つも無い。しかもイズミ好みのこってりとした調味料とも相性抜群だというのだからこれだけ買い込むのもよく分かる。



 日本人の口には米の方が良いのかもしれないが、海外では肉や魚の御供にたびたび登場するのがこのジャガイモだ。ジャーマンポテトにしておかずの一品にするもよし、グラタンにして主食にするもよしとどこの国でも愛されている万能食材。もはや『ジャガイモさん』と敬称を付けて呼んでもいいくらいの大御所だ



 ただ今回は梅雨の時期という結構な長丁場なので美味しくいただく事も重要ながら、何よりも飽きない事を優先して調理方法を考えていかなければならない。グラタンだって毎日作っていれば味に飽きなかったとしてもチーズのこびり付いた耐熱皿を洗う面倒臭さの方が勝ってしまい、どうしても長続きさせるのは難しいだろう。



 そこで俺達が辿り着いたのがこの調理方法"蒸す"である



「よく洗って泥を落として、新芽取って皮も剥くんだけど怪我しないように気を付けるんだぞ?」


「別に皮付いたままで良いわよ。面倒臭いし」


「まぁ…それもいいだろう」



 豪胆なイズミには必要なかったみたいだが普通はジャガイモの皮を剥く時に使うこのピーラー、これはジャガイモの唯一の欠点と言っても過言ではない特徴として『皮が剥き難い』という点がある。このゴツゴツと歪なフォルムは、直線的に皮を剥く事に特化したピーラー相手に完全に喧嘩を売っている。くの字に曲がっている芋なんか見ると腹が立って仕方がない



「じゃあこのままで行くけど…濡れたジャガイモをキッチンペーパーで包みます。そしてその上からラップを巻いて…これで完成」


「このままお湯にでも入れるの?」


「それでも出来ない事は無いだろうけど、今回はもっと簡単で…このまま電子レンジにぶち込むだけ!」


「…本当にそんなんで出来るの?」



 もはや料理とも言えない雑な段取りにイズミも疑いの眼差しを向けているが、実は本当にこれだけで簡単に蒸かした芋が出来上がるのだ。他にも耐熱ボウルにジャガイモと少しだけの水を入れる事でも同様の物が出来上がる。なんて優秀な食材なのだジャガイモさん



「これ出来たばかりで熱くないの?」


「クソほど熱いよ。なんならレンジから取り出すのだけでも一苦労」


「そこもどうにかしなさいよ」


「まぁまぁ、ちゃんと用意してますよ」



 実は先程の皮を剥く工程でも使おうと思っていた便利道具を用意していて、それがこのゴム手袋だ。これを装着しながらピーラーを扱えば万に一つも怪我をしようがない。水産工場なんかでも使われている厚手の物であれば、出来上がって灼熱のジャガイモもレンジの中から救い出す事が出来るのでおススメだ



「こうやって少しずつ様子を見ながら竹串を刺してみるんだ。それでスッと串が通ったらもう大丈夫。第二陣の芋を入れてしまおう」


「文明の利器ね」


「それと生活の知恵だな」



 そうして取り出したジャガイモはまだ人類には早すぎる温度の様なので少し休ませ、俺はおもむろにベーコンを焼き始めた。



「それ明日の朝の分じゃないの?」


「実は一回やってみたかった事があるんだ…」



 ベーコンとジャガイモならばジャーマンポテトを作るのではないのか?と予想されている方が多く居るだろう。しかし俺はここに同じ食材を使い、まったく似て非なるバケモノを作り出そうというのだ!それがこれだ!



「出来た! これが如月大我特製の"ゲルマンポテト"だ!」


「兄さんそれ私も。私にも作って」



 普段は冷静沈着なイズミが興奮気味に催促するのも無理はない。なぜならこのゲルマンポテト、蒸かした芋を一つ丸ごと使用して、その体を二枚のベーコンで包んでいるのだ!そしてお好みでこの上から黒胡椒やマスタードをかけて貰って、そのまま丸かじり。なんて贅沢なんだ



 芋をレンジに入れて、ベーコンを焼くだけなのだから何が調理か?と言われるほどの簡易的調理もどきの漢飯。しかしこういうものが溜まらなく美味しく、隣で食べているイズミも満足そうにバターを追加しておるわ。それはやりすぎだろうがわがままカロリークイーンめ



「他にもマヨネーズで食べてる時に飽きたらジャガイモを潰して、塩胡椒で味を整えればポテトサラダもどきにもなるしな。食いかけでも次の日の備蓄になるんだから大したもんだよこいつは」


「サラダとかいいからもっと味の濃い物作ってよ。梅雨時の楽しみにするわ」


「まぁ…体壊さない範囲でな…?」



 他にも俺の秘伝のレシピを伝授していると付けっぱなしにしていたテレビからは梅雨前線が都心に接近中との嬉しくない知らせが届いた。昨年は大田さんのせいで散々なシーズンとなったが、今年は何事も無く終わりそうなので安心してダウンしておこう。


 そんな事を夢に見ている大我だった…


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