第133話 如月大我昔話 『ネカマで姫になってみた編』
如月兄妹は今日も夜の配信に精を出している。そして雑談の最中にMMORPGの話題になった事をきっかけに大我の昔話に話題は移った
「そういえば俺も昔MMOやってたよ、もう今はサービス終了してるみたいだけど当時ではかなり革新的なシステムだったんだよ」
こう語る大我のプレイしていた物は『リアクトSEVEN』と呼ばれる日本でも最初期から稼働していたMMORPGだ。当時はオンラインでゲームするには月額課金が主流だった中で基本料無料を謳っていたのは先見の明が有ったとされていて、サービス終了した今でも根強いファンの多いゲームだ
手軽に遊べるスマホゲームの登場でどんどん優先順位が落ち始め、先日とうとうサービス終了が告げられた本作だが、古のネット住民である大我も当時はプレイしていたらしく、経験値稼ぎの場やレアドロップ品の相場なんかを有識者と共に懐古している様だ。
しかし大我の思いもよらぬ発言から雲行きが怪しくなってきた
「当時は俺も"ネトゲ―の姫"として名を馳せたものだけどな…」
【姫!?】
【ネカマ!?】
【くれくれ!?】
「そうそう、俺昔はゴリゴリにネカマしてて同じギルド内にアンチもいたんだよ」
ネカマとはオンラインゲームの中で女性キャラクターを操っているにもかかわらず、実際の性別は男性であるという場合に用いられるネットスラングの一種なのだが、多くの場合は姫と呼ばれる前にネカマがバレてギルドから追放なんて話も珍しくはない中、なんと大我はチャットのかわいさだけでギルドにおける確固たる地位を築き上げたというのだ
「ネカマ志望の皆が直面する一番の関門は女性言葉を使いすぎて粗が出て来るという部分だろう、しかしその程度ではまだまだ姫の道は遠い。プロは言葉なんか必要としないんだ…」
【kwsk】
【言ってて恥ずかしくないのか】
【真顔で何言ってんだ】
「まずは挨拶からリアクションまで全て顔文字を使う事、これで可愛らしさとミステリアスな雰囲気を演出するんだ。そして段々と男達が感じ出すんだ…『あれ? この子もしかしたら本当に女の子なんじゃ…?』ってな」
「しかし今までの経験上、実際に女の子だった試しがないからな。最初は出会い厨だと思われない様に警戒しながらにじり寄って来るんだけど、そこで最後の一押し。普段は使わない"言葉+顔文字"で女子アピールをする事でチェックメイトだよ。誰も俺の事を男だなんて思わなくなって姫のために働く実直な奴隷騎士の完成だ」
なまじ知能のある人間に顔の見えないネトゲなんかやらせると、ここまで容赦なく他人を利用する悪魔が出来上がるのか…視聴者もネカマをしていたという事実よりも、ある種の洗脳を見せつけられている雰囲気に戦々恐々としている。しかし如月大我の悪行はこんな所で留まる事は無かった…
「そこからはもう簡単だ、ギルド内で俺に気に入られているかどうかのカースト制度を導入する。ここからは普通に喋って好感度ごとに呼び名を変えていく。最上級は"○○ぴょん"と呼び、時にはハートまで付けてやる。これだけで親衛隊にでもなった気になるんだろうな、実に御しやすくいくらでもアイテムを貢がせる事が出来たよ」
【悪魔か】
【童貞を何だと思ってるんだ】
【まさか…あの時の姫はお前だったのか!?】
人間の事を物扱いするかのような物言いに狂気を感じ、この放送内だけでも少しばかりの反感を買っている様にも見えるが、同じゲームの中ではきっとそれ以上だったのだろう。大我もいい事ばかりでは無いと語り出したのはまだ姫としても駆け出しの頃、ギルド内部からアンチが生まれた時の事だった
「実は本当の女がギルド内に紛れ込んでいたらしくてな、その頃の女性ユーザーなんて当時のレアドロップアイテムよりも稀少だった訳だから俺も焦ったよ。そいつは『女の自分から見てもちょっと度が過ぎている。気持ちが悪い』という話を切り出してきてな」
「だが腹に据えかねた事が原因なのも分かるが、姫が誕生してから急に『自分は女だけど』なんて言い出すバカがどこにいる? もちろん俺はそこを突いたよ。『自分の待遇を羨んでネカマしている』と言ってね。たとえ今までの言葉の端々に女性らしさを感じていても、状況証拠が揃いすぎていたんだよ」
それまでの間にどれだけ親睦を深めていようとも所詮は顔も見た事のない他人、大我の言うように匂わせる事も無く急に性別を名乗り出すなんて怪しさ満点だった訳で…正気を保った唯一の人間はあえなくギルドから追放されたのだという。こうなってしまっては独裁政治に拍車はかかり、ギルド内には"我々はアンチを排除した同士である"という空気感が流れ、もちろんその中心に居るのは姫である如月大我だった訳だ。
「こうなったら後は俺の指示する方に進み、欲しいと言った物資は競争の中で俺に貢がれる。優秀な働き蟻がなんでも身の回りの世話をしてくれたわけだ。するとどうだろうか? 俺は段々と何の目的も無い童貞に囲まれるだけのネットの世界に飽きてログインの時間が減り…今に到るって訳よ」
自分が満足すれば後の事情なんて知らない、というサークルクラッシャーのお手本とも呼べるムーブだ。しかし当時のオンラインゲームでここまで姫プを完遂する事の難しさは2000年代初頭のネットを知っている人からすれば分かっていただけるだろう。今ほどネットの中にバカは多くなく、現実世界から爪弾きにされて猜疑心に溢れた人々の溜まり場だったのだから。
というかネカマをしてまで上位カーストに立とうなんて思う方がどうかしてるのだが…
「まぁこんな感じでネトゲに飽きて、また掲示板とか徘徊してスレッド荒らしてたら動画投稿サービスが始まったって感じだから、相当昔の事だよなぁ懐かしい…あの頃のギルメンは元気にしてるのだろうか? もし見てたら姫に連絡ください」
【最悪刺されるぞ】
【ワンチャン死んでてもおかしくない】
【ガチで連絡来たら気まずいどころの話じゃないなw】
こんな昔話をしても今の子達には半分程度しか伝わらないのは大我も寂しいかもしれないが、当時からネットを見ていた人間が今でもネットに身を置いている方が稀少なのかもしれない。今のネットは息苦しいなんて言う人も居るけれど、当時だって今ほど何でも出来たわけじゃなくて、その中で試行錯誤しながら面白い物を共有するのが面白かった。
人々がネットに住んでいると言っても過言ではなく、今では考えられないだろうがネットをしている人間は大体友達だと思っていた。そんな空気感が好きだった人達は一歩引いた目線でネットから半引退状態、昔でいう所のROM専になっているのだろう。だから最後に伝えた『連絡ください』というのもあながち冗談ではなく、懐かしい話をしている間に昔の空気を少しでも味わいたくなってしまっただけなのだ。
放送が終わり風呂にでも入ろうかという時に携帯に一通のメッセージが届いた。そこにはこんな事が書かれていた
『どうも。あの時ギルドに所属していた"はるポッポ"です。あなたに追い出されてから交友関係を一から築くにはネットの世界はまだ狭く、リアクトSEVENは引退する運びとなってしまいましたが、まさかあの時の憎き姫が私のよく見ていた配信者さんだとは驚きでした。今では笑い話になっていますが私は許していませんのでそのつもりで。今度ご飯でも奢って下さいよ"アキラ姫"^^』
送信主には三沢晴香と書かれていた。
俺は何も返信せずにイズミと二人で風呂に入った。まさか俺を産んだ女を追放してギルド内で姫プをしていただなんて、智将を自負していた当時の俺にも想像なんて出来なかった。出来る訳ないだろそんなもん。
何の因果か人と人はどこかで繋がるモノなのだろうか?不思議な気持ちになりながら床に着くとイズミから携帯を手渡され…
「着信来てたわよ」
「誰から」
「厳島カガリ」
「・・・」
俺は更に嫌な予感がしたのでその日は電源を切って眠った。よもやとは思うが…いや考える事はよそう。もしも本当に当時の知り合いだとしたら明日から姫プを強要される事間違いなし、面倒な事この上ないので目を背けて夢の中に逃げ込むが吉だ──
しかしその日の夢も俺の事を逃がしてはくれず、様々なブランド品を買ってはカガリと晴香に荷物持ちをさせられる俺の姿が…これが正夢にならなければいいのだが




