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第132話 大人になった事の利点

 


 世界を震撼させるほどの超絶美男子こと如月大我です。こんな美男子でももう25歳となり四捨五入すると30歳になるそうな。あんなにも若々しくギラギラしていた10代の頃は、どこか遠い昔の様に感じてしまいます。しかし大人になるというのは何も悪い事ばかりではなく…



「イズミ、兄さんはな、大人になった時にしてみたかった夢を、今だからこそ叶えようと思う」


「…具体的に」


「缶入りの飴を何種類もミックスして食べたりとか」


「勝手にしなさいよ」



 イズミは分からないのだ、いくら金持ちで飴なんか文字通り腐るほど買い漁る事だって出来たはずの幼少期に、それでも俺の中の倫理観がそれだけは許さなかった。なんだか下品で、飴を食べるというよりも悪ふざけをしている様な罪悪感も相まって、そこから一歩踏み出す事なんか出来なかったのだから。



 しかし大人になった俺はあの時とは違う。同じ様に飴を何個口に含もうが許される絶対的特権を大人になる事で勝ち得た──


 それが"社会的地位"だ



 これが有ると無いとでどう違って来るのかと言ったら、幼少期に食べたりした場合に怒って来るのは総じて大人である。「行儀が悪い」だとか「喉に詰まらせたら危ない」だとか。しかしこの年齢になって俺の事を叱れる人間なんて誰一人としていないのが現状で、世界最高峰の大学を出て金を持っている顔のイイ大柄の男。これが俺の手に入れた盾である



 もしも二種類の違う味をした飴を頬張れば女は少年の様でかわいいと喚き、男は過去の自分に重ねて懐かしむのだろう。これほどのスペックならば人を殺してでも称賛されるのではないか?そんな夢物語すらも現実に起きうるのが今の俺が立っている場所なのだ。誰も俺の事を止められない、世界は俺を中心に動いていると言っても過言ではない!



「でもそれだと味が変になるから一つずつ食べれば?」



 ちくしょう、なんだって身内に敵対勢力"ロマンの欠片も無い大人"が居るんだ。流石の俺もイズミに対しては強く出られない。「別にいいじゃないか俺が何個飴を食べてようとも…」この一言をどうにかイズミの神経を刺激しない様に伝えなければ…



「まぁイズミは保守的だからこのロマンが分からないんだろうな」


「は? バカにしてんの?」



 しまった。非常にしまったぞこれは。なんだって俺もムキになっているのか…幼少の折に布団に入りながら夢想するほどの事だったからこそ、つい口をついて出てしまったのだろう。まだ睨んでるよ怖っこの人



 切り替えていこう、もしかしたらイズミにも何か俺の様にやってみたかった事があるかもしれないし。今回はその二つを同時に達成する事でなんとかお茶を濁そう、なにもロマンを持っているのは男の子だけとは限らないだろうし。



「ま、まぁイズミにもやってみたい事の一つでもあるか。例えばどんな事してみたい?」


「牛一頭丸々食う」


「鬼かお前は」



 人間の積載量にはどう考えても収まらないスケールの物を要求されるとは思わなんだ。酒呑童子とかの逸話に残されてる災厄レベルじゃないかこの女。しかし人並み以上にスケールのデカい夢を持っていると解釈すれば流石俺の妹と言った所か、普通の人生ではつまらないのだから夢はデカい方が良い



「じゃあ一緒に買い物行こうか、俺も飴食べたいし」


「うん」



 * * * * * *



 しかし来てみたは良いものの流石にスーパーで牛の全部位が手に入る訳も無く、精肉店でも事前の予約なしでは手に入れる事は困難だろうから今日は代わりの物で許しを得る事に成功した。俺に焚き付けられたからかイズミもお菓子の同時食いに挑戦する様だ。中々お茶目でかわいい所もあるじゃないかと思ったのも束の間、手に持っている物に突っ込まざるを得なかった



「なんでチョコとガム一緒に持って来てるの?」


「やってみたかったのよ昔から」



 どうやら幼少期のイズミはチョコレートが溶けてなくなるのが惜しいと思ったらしく、どうにかして永続的にチョコレートを食べ続けられないかと思案した事があるらしい。その時に導き出した答えがこれ、味の無くなったガムにチョコ味を染み込ませればいつもより長くチョコレートを楽しめるかもしれないと。なんて可愛らしいんだろうか…だがイズミは一つ見落としている事がある、それは…



 チョコとガムを一緒に食べるとガムが消えてしまう事だ!!



 最初はその体験をしてみたいから一緒に食べようとしていたのかと思ったのだが、この感じを見るにどうやら何も知らずに本気でチョコ味のガムを作ろうとしているらしい…しかしここでそのメカニズム教えてしまえばイズミの驚く所が見れないのであえて黙っておこう。



 そもそもどうしてガムが無くなるのかと言うと、ガムとは元々熱や油によって溶ける性質を持っているので、一緒に食べてしまうとチョコに含まれている油分で跡形も無くなってしまうのだ。皆さんもうっかりガムを食べたまま眠ってしまった経験は無いだろうか?そして起きた時には口の中でガムが小さくなっていたと思うのだが、これは眠っている際に口の中の熱や唾液で徐々に溶けたのが原因だと思われる。



 まだ小さいながらも知った時には大層驚いたが、大人になってから知るイズミがどんな反応をするか今から楽しみだ



 * * * * * *



 家に帰って来て間もなく、俺は昔ながらの古めかしいドロップ缶を開け中から適当に二つの飴玉を手に取る。レモンとグレープか、これは中々僥倖ではないか。あからさまに合わなそうな味ではなく、どちらも酸味を基調とした味なのでもしかしたら素晴らしいハーモニーを奏でてくれるかもしれない。イズミもくちゃくちゃとガムの味が無くなるのを今か今かと待ちわびている様子だ



 ではまず俺の方から子供の頃の夢を叶えるとしますか…



 …うん、そう



 勝手に期待していた分だけ若干ガッカリだよ。口の中にはグレープ味とレモンの刺々しい酸味が同居して痺れる様な感覚が広がっている。美味しいかと言われればノータイムで美味しいと答えるが、意味は有るかと言われれば首を横に振るだろう。その程度の幸福感だ。なによりゴツゴツとしたフォルムのせいで幾分か痛みの方が勝っている



 子供のままで味わえばまた別の感想が届けられたかもしれないが、大人になるという事は何かを得る代わりに何かを失うのかもしれないと気付けた。この口に広がる甘酸っぱさは飴玉のせいだけではない様に感じる。俺の方はどこか寂しさの残る結果にはなったがイズミの方はどうだろうか?とふと視線を移すと、こちらでは俺の想い描いた結末になっていたらしく…



「兄さん、口の中からガムが消えたわ。飲んでないわよ? 私飲み込んでは無いけど…チョコを食べたら消えたのよ、ガムが跡形も無く。本当よ?」


「…実はなイズミ!」



 知識を得るという事は人間に許された特権だとも思うが、本当に人生を楽しむコツは無知で居続ける事なのではないかと学びを得た一日だった。



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