第130話 究極の選択
人間は様々な娯楽を生み出しそれを消化して生きて行く者だ。技術の発展により供給されるコンテンツが増えた現代でも暇を持て余す時間というのは産まれてしまうもので…
「イズミはさー、究極の選択ってどんなの想像する?」
「…世界を選ぶか、一人の女を選ぶか」
「そうなんだけどさぁ、でも俺達って必ずお互いの事を選ぶだろ?」
「そうね」
「じゃあ俺達にとっての"究極の選択"って何になるんだろうな?」
話題が無くなった時に脳を使って楽しめる極論を突き詰めていくといった趣旨の娯楽なのだが、こと如月兄妹に関してはお互い以上に尊重するべき対象が存在しない為に『海で○○と○○溺れていたらどっちを助ける?』なんて問いにも、お互い以外の選択肢は存在しない物としてみなされる。質問する側としては甲斐が無いに違いない
そんな訳で今回は渦中の二人でお互い適度に頭を悩ませる事の出来る命題を探そうというのだ
「例えばイズミには母親の朝陽さんが居るんだけど、それでも俺の事を選ぶだろ?」
「ノータイムでね」
「友人の大田さんなんか語るべくも無いというか」
「まぁそこまでは言って無いけどね」
「となるとお互いの趣味から精査していった方が良いか…」
人間関係が希薄というか、薄情な体質の二人には人間を助けようなんて気はさらさら起きなかったのだろう。という事で如月大我には"酒"如月イズミには"食"をテーマに究極の選択をしてもらう事となった
「じゃあイズミに質問です、今後の人生で食べられる肉が一種類に限定されるとしたら何肉を選びますか?」
「…なによそれ」
「世界的に決まったんだよ、これ以上食べたら家畜さんが可哀想法案」
「…この世の地獄じゃない」
普段はこんな言葉遊びには相槌だけを打って煙に巻く事の多いイズミも、対象が自分の管轄内の事であれば真剣に頭を悩ませ考え込んでいる様子だ。なんせ食肉大好き人間のイズミは"牛・豚・鶏"この三種類の肉で形成されているといっても過言ではないのである。にもかかわらずそれらの中から一つを選ばなくてはならないなんて、身が引き裂かれる思いだろう
「…ちょっと待って、鶏肉を選ばなきゃ鶏卵も鶏ガラスープもダメなの?」
「ダメです。他の肉選んでるのに鶏ちゃん殺しちゃ可哀想だから。」
「クソ喰らえねその法案…」
ピリピリとしたムードがこの部屋を支配しているが、イズミは今まで自分が食べてきた中で一番美味しかったものを頭の中に思い浮かべる事にした。バリエーションが少なくなるのなら長期的に楽しめる食材を選ぼうとしているのだ。しかし考えてみれば鶏卵なんかトンカツを作る時のつなぎに使われたりしているし、インスタントラーメンを食べようともスープはどれも鶏ガラベース…
もうこれは鶏を選ぶ以外ないのではないかと詰みかけていた
「これは鶏でしょ。逆に兄さんだったらどれにするのよ」
「俺はね、魚肉かな」
「…ズル過ぎるでしょ」
「仕方ないだろ彼らを分類するには魚類として呼称するしか無いんだから!」
あまりにも抜け穴が大きすぎる気がするが、確かにこの質問に対しては大我の言い分も筋が通っている。海鮮の中の分類で貝類だとかと差別化しているが、講義的に言えば"魚肉"その中にも赤身だったり白身だったりで混在しているのだから。つまりこの前提であればマグロだろうがカツオだろうが何でも食べられる魚肉最強なのであった
「これじゃあなんだか兄さんの一人勝ちみたいで気分が悪いわね。私からも質問するわよ」
「ドンと来なさい。俺はこういうの一人で妄想するのが好きだったからな、大体の回答は既に頭の中に在る」
「一種類しか酒が飲めなくなったらどれにする?」
「……むぅ」
あれだけ胸を張っていたのに押し黙ってしまった大我は、普段から好き勝手に飲んでいる酒の事は想像だにしていなかった。というのも酒を飲むようになったのは二十歳を超えてからで、そんなくだらない妄想をしていられる時期では無かったからだろう。様々な種類を楽しむようになったのは最近の事だし眉間に皺を寄せて真剣に悩んでいる様だ。
「…それってワインも白と赤で分けられる感じ?」
「あえて分けないわ。その方が選択肢が広がってワインに未練が残るでしょ?」
「くそ…こっちの魂胆はお見通しか…」
大我はワインの種類が隔たればすぐにでも選択肢から抹消するつもりだった。しかし兄の事を知り尽くしたイズミがそれを許すはずも無く、未だにどれか一つに絞る事は困難を極めていた。そもそも先程と同条件であれば料理酒やみりんも使う事が出来なくなるので、お酒に合う料理にすら縛りが加わってしまいもはや雁字搦めだ…
他の酒に比べると優先順位は一段落ちる焼酎にだって、芋や甲類焼酎があるのだから無下には出来ない。正直こうなってくると断然一軍のつもりで考えていたビールでさえ、一番選択肢が少ないんじゃないのかとさえ思い始めた…国産以外の物で楽しめると思っている人も多いかもしれないが、これは大我自身が様々な国を転々としてきた都合で結局国産に落ち着いてしまっているのが原因だろう。
ならばと日本酒を見てみるが今度は逆に日本でのシェアが強すぎて選択肢が少なすぎる。結局"高い物は良い物"という認識が強まって薄利多売のメーカーが全然増えない!と大我も憤慨しているくらいだ。ワインに追いつけと言わんばかりにスパークリング清酒が浸透し始めた昨今でも、まだまだ選択肢に乏しい気さえする
そしてそんな如月大我が選んだ酒類とは──
「なんか酒飲みたくなってきたな…」
「私もさっきの話から腹ペコよ。早くご飯にしましょう」
「そうだな、じゃあ今日は肉の三種プレートでも作っちゃおうかな~!」
「やったわ」
唐突に質問が打ち切られたにもかかわらず、出題者のイズミは起こる素振りすら見せないのは所詮これが暇つぶしの域を出ないからだろう。それどころかこの日の食卓を余計に彩る事になったのだからイズミも本望というか。いつもせこせこと忙しくしている二人にしては珍しく「まぁ、たまにはこんな日が有っても良いのだろう」と思えるのんびりとした一日だった




