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第127話 コンビニ飯のありがたみ

 


 今日も今日とて金が有り余って仕方がない。これが如月兄妹の本音であるが、常日頃から必要以上の贅沢なんかしていたら本当に美味しい物でも不味く感じてしまうだろう。そんな成金思考になりたくない一心で普段から節制というか、一般ランクの食生活を心掛けているのだが…



「今日は少しだけ贅沢をしたいと思います」


「あら、特に何かの記念日って訳でも無いのに」


「そう、何でもない今日みたいな日はコンビニ飯に手を出してみようと思う」


「…そう」



 イズミは露骨にガッカリしている様に見えるがコンビニ飯なんて高級品だぞ。あれだけの量しか入っていないのに既製品というだけで何食分もの金を要求される、その割には一定以上の満足感を得る事も難しいのだから始末に負えない



 しかしそれらをダイヤの原石と見立てる事で退屈な日常に何か活路を見出せないだろうか?と考えるのがこの如月大我という男の生き様よ。四の五の言わずにコンビニに行くぞ!



 * * * * *



 入店早々かなり小さめのかごを手に店内を見て回る。最近では本当に品揃えが充実しているというか、見つけてしまうと欲しくなる物が増えた印象だ。そこまで味が変わる訳でも無いのにコンビニオリジナルのスナック菓子なんかもついつい手に取って見てしまう



「明太子味か…今まで幾度も口にした事は有るが、本質的な明太子に出会った事はあまりない気がするな」


「本質的な明太子って何よ。どうせ本物なんか使って無いんだから当然じゃない」


「それがな、この煎餅なんか未だに正体不明の"サラダ味"って通り名でやってるじゃないか。他にも"BBQ味"ってなんだよ…とか思わない?」


「まぁ…そうね…」


「彼らはそれでも受け入れられてる訳だから。そういう説得力が足りないんだよ世の明太子味って」



 この世界に通じている人から怒られかねない話題だが、それにしたってなんだか雑すぎやしないかね?と前々から思っていた訳で…裏を返して言えば本物の明太子が嫌いな人でも食べられる商品なのは素晴らしい企業努力と言えよう。俺のような人間が厄介な客だとは分かっているのだが、何度も裏切られて来た後遺症だとでも思っていただきたい



「だとしても『もしかしたらこいつこそは…』と思って何個か関連商品を買ってしまうからいけないんだろうな。初見時の吸引力は抜群なんだよなぁ…」


「吸引力で言えばこっちの方が凄いじゃない」



 そう言ったイズミが立っている目の前にはキレイに陳列されたパンの山が。確かにこれは食いしん坊なイズミに限らず、通り過ぎ様に新商品と書かれた菓子パンを手に取ってしまう事だろう。コンビニの菓子パンって主食にする訳では無いんだが昼食にするには打ってつけの味付けというか、なんだかジャンクで満足感を得られるので学生なんかには大層人気だろうと容易に想像がつく。



 というか育ち盛りの男子学生以上に興味津々な妹の様子を見れば嫌と言うほどに理解出来るな



「この揚げパンにソーセージ挟んだのと、ベーコンエッグ…カレーパン…」


「おいおい弁当買いに来たのに他の加工場で作られたパン買って帰るのか?」


「弁当だって流通ルートは別じゃない。嫌なのよ温めの時間待つのが。あと肉まんとチキンもね」


「相変わらずイズミは風情が無いなぁ…」



 コンビニ弁当に生まれる風情ってなんだと思われるかもしれないが、如月家にとっては流しそうめんくらいの頻度でしか食べないので珍しいと言えば珍しいのだ。イズミ好みの弁当だって山ほどあるのに、確かにコンビニ飯なんて北海道に行った時のセイコーマートくらいでしか食べてなかったな。あれは店で作った出来たてだから例外だったのか…こんな怠惰な妹に育ててしまった兄の監督責任は想像以上に重たいのかもしれないな



 まぁそれもいつもの事だし俺は俺で弁当でも選ぶとするか



 ホイホイとかごの中にパンを乱れ入れていたイズミに対して俺の方は存分に吟味して今日のコンディションに合った商品をピンポイントで打ち抜くつもりだ。この麺類ゾーンは気になるんだよなぁ…ペペロンチーノはまだわかるけどコンビニ弁当のレベルでボンゴレなんか作れるのか?とか気になっていたんだけど…海鮮類を外した時の衝撃は計り知れない物が有るのでそう易々と手は伸びない



 以前気まぐれにスーパーで買った海鮮丼の生臭さは酷い有様だったからな…浜辺に打ち上った食材だけで作ったのかと思ったほどだ。アレがトラウマになって未だに回転寿司でも貝類は特に警戒してしまう…調理済みだとしても悪いが海鮮類は遠慮させて貰うとしよう。となるとスタンダードなバラエティコーナーだ



 うんうん、日の丸弁当に生姜焼き弁当なんかは不味く作る方が難しいというか、流石に意図しなければ平均以上の物が納品されるはずだから安牌としては申し分ない。しかしそれではコンビニ飯としての楽しみが薄れてしまう、この店イチオシ!とでも主張してくれれば自然とそちらに目が行こうというものだが…あいにく季節の新商品なんかも見当たらず自らの審美眼を信じるほかなくなってしまった



「…これはいいかもしれないな。そんなつもり微塵も無かったのに完全にこれ用の口になってしまった…凄い吸引力だ」



 俺が手にしたのは"四川風麻婆丼"本場中国で働いていた身からすると絶対に"四川のしの字"にも届いていない事は容易に想像できるが…まぁ開発者がわざわざ"~風"ってつけてるんだから文句があるなら買わなきゃいいんだけども…それでもこの色味と豆腐を見て一瞬で引き込まれたのは紛れもない事実なのだからありがたく食べさせて貰うとしよう。原点方式で採点するのは日本人の悪い癖だ、実際に食べて加点で褒める事を意識しなければな




 * * * * *



 自宅へと帰る道中でもう数個のチキンを平らげたイズミはまるでデザートでも食べる様に菓子パンを手に取り、何の躊躇も無くまた咀嚼を繰り返している。この様子だと数世紀後には妖怪コンビニ荒らしとして活動していてもおかしくはないだろうな…あれはあれで美味そうだ



 しかし俺の本命はこの麻婆丼。嬉しい事に花椒まで付いているのだからこれだけでも評価はぐんぐんうなぎ上りだ。やはり中華に欠かせないのは痺れだよなぁ…なんて感傷に浸っていると俺の背後からまた袋を開ける音が聞こえたので、自分の弁当が妖怪コンビニ荒らしに奪われない内にさっさとレンジで温める事にした。こういう二層式の弁当って温めの際にムラが有るらしく、余裕があるなら持ち帰ってからの方が賢明らしい



 そして具合を確認しながら温める事数分、よく知った匂いがレンジの外まで香って来た。頃合いだろうか?



「おぉ~! これは想像以上に…ひき肉は少なめだがそこはコンビニ飯、仕方あるまい。花椒は後でかけるとして…うん、米もいい具合に温まってるな」



 この二層構造を上げ底だと非難する声も多いようだが、正直自炊した方が何倍も安価で食事が捗るのだから俺からすれば富裕層の怠慢にしか感じられない。こんな問題がSNSで定義されている内はまだまだ日本も捨てた物では無いんだろう。俺ならこの麻婆丼を二日に分けて食えるね



 しかし今日は贅沢をする日だと決めているのでそのまま白米の上に麻婆を全掛け。美味しそうな香りに釣られてイズミも寄って来たか…しかしこれは兄さんのだぞと身体でブロックしながら一口食べてみる…



「あ、美味しい。なんか家庭的な感じがする。普通に美味しいやつだこれ」



 そう、決して四川風でも無いし500円以上の価値があるとは言えないが普通に美味しい。友達の家でこれが出てきたら「○○くんのお母さん料理上手だね」とか言えてしまうくらいには高クオリティだ。花椒をかけるとせっかく完成しているこの弁当が別のベクトルになってしまわないか不安になったので、まずは一部分だけかけて食べてみる…すると



「う~ん…あぁ~そっか…ちくしょうやられた…」



 何にやられたのかと言うと、そもそも花椒が美味しい訳だからこっちの方が美味いに決まっているのだ。普通に美味しい麻婆豆腐に花椒なんか掛けた日にはグレードアップするに決まっているんだから。そうなってくるとこれは弁当の勝利なのか?と頭の上には疑問符が浮かんで来る



 いやそもそも"食べる直前にかけて召し上がり下さい"と書いてる訳だからこれも商品の一部である事は間違いない。間違いないのだが…これは果たして企業努力と呼べるのだろうか?花椒なんか中華に掛けたら大概丸く収まるチートもいい所じゃないか。なんならこれに500円払ってると思った方が腹立って来るわ。だから甘い誘惑に負けて花椒なんか掛けるべきじゃなかったんだ…「○○くんのお母さん花椒で誤魔化してるだけですやんwww」とか考えたくなかったよ…



 結論から言うと美味い。しかし価値に見合うのはあくまでも"花椒込みでの評価とする"これが俺の出した結論だ…




 ──しかし翌日本気で麻婆丼を作ってみた所、とても500円程度では収まらなかった時に初めてコンビニの企業努力を感じた如月大我だった




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