表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
134/216

第126話 子の背中を見て育つ親

 


 三沢晴香は連日連夜の飲み歩きを息子である如月大我から注意され、現在は自宅にて療養…もとい半監禁状態で過ごしている。四十もそこそこの肉体に二日酔いになるほどのアルコールを毎日浴びせ続けるのは遠回りな自殺だと言われてからようやっと休肝日を設ける事に同意したのだが…



「にしても暇だな…」



 酒と共に友人との交流の場でもあったスナックへ足を運べなければそりゃ暇にもなるだろうというものだが、弟と二人暮らしをしていた頃の退屈が当たり前の日常に戻る事が出来ずにいた。今まで自分はどうやって暇をつぶしていたのかも思い出せず、熱心にプレイしていたスマホゲームをやってみても手が進まずにすぐにまたボーっとする時間だけが過ぎていく



「…動画でも見るか」



 無音の時間に耐えかねて動画投稿サイトにて何か気になる動画でも無いかとオススメ一覧を眺めていると、件の実子が現在料理配信をしている事を知る。普段から会っているのだから何もこんな時にまで息子の顔なんか見る必要は無いだろと最初の内は思っていた晴香だが、あまりにも自分好みの動画が見つからなかった事で渋々この配信を見る事にした。



『じゃあ今日はこの塩の作り方も教えるね? まずは揚げたニンニクと…』



 放送タイトルには"簡単おつまみ小エビの素揚げ"と書いているが、塩まで作るとは随分手の込んだことをしているんだな…と晴香も興味が惹かれ、ものの数分で配信外面に釘付けとなっていた。大我が今作成しているのは揚げ終わった小エビにまぶす自家製のガーリックソルトだそうだが、揚げたニンニクを細かに砕いて粗めの岩塩と合わせるだけの簡単な物。これならものぐさな晴香にも作れそうなハードルで…



「…なんか酒飲みたくなって来ちまったな」



 小エビとにんにくは効果抜群だったようだ



 * * * * * *



 冒頭でも述べた通り最近ではスナックでの酒宴が日々のルーティンだった為、もちろん自炊なんかする訳も無く久しく買い物には来ていなかったのだが、暇を持て余した事と自分の息子から特大の飯テロを喰らった事で重い腰を上げて小エビと生にんにくを買いに来てしまった。いつもは身内だけで飲んでいるせいで上下はスウェットが当たり前になっていたのだが、流石に一人でそんな恰好をしているのも恥ずかしく思い今日はジーンズなんかを履いている



(…ちょっとキツくなったか? いやいやまさか…昔から太らない体質なんだから考えすぎだろ。久しぶりだから違和感のせいだろうな、そうに違いない。)



 なんて現実逃避をしているが、中年太りの恐怖は誰にでも訪れる。それは三沢晴香も例外ではなく確かに少しずつ肉が付き始めているのだが、普段から食っちゃ寝を繰り返している割には進行も遅い様に感じる。やはり見た目も同年代に比べて若々しく見えるのは細胞自体が衰えていない証拠なのだろうか?…まぁそれも"今は"という話だが



(え~っとにんにくと、エビ…小エビってこれか? なんかデカく見える気がするけど…? まぁカメラ通してだったから小さく見えたのかもな)



 晴香が今手に取っているのはどう見ても赤エビである。通常サイズよりも少し小ぶりではあるのだが、小エビの様に殻全体を揚げて一口で頬張るなんて芸当をしようモノなら口の中は血だらけになること請け合い。しっかりとしたヒゲや脚の硬さを持つ"刺身用の"エビだ。料理が不慣れな晴香がそんな事に気付く訳も無くにんにくも買ってそのまま帰る事に。



(そういや酒も無かった気が…いやいや! 今日は休肝日なんだった…)



 こんないかにも酒に合いそうな料理をするというのに、そもそも酒が飲めない事を今更になって思い出した。じゃあ作る意味も無いのか?と言えばそうでもなく、単純にテレビでラーメン特集をやっていたからラーメン屋まで出向いたくらいの感覚だからエビの素揚げは食べたい。そして酒も飲みたいというのが本音だろう



「はぁ、そんじゃ始めるとしますか…間違ってもあれだから大我の見ながら作るか」



『息子の料理配信を再生しながら自分でも作ってみる』と聞くとなんだか仲睦まじい親子の交流のようにも思えるが、この母親に関しては日頃の不摂生を咎められた事が原因なのでなんとも感動しづらい話である。久しぶりすぎてどこに油が有るのかを捜索する事から始めなければならないのだが、ただ揚げるだけとはいえ本当に大丈夫なのだろうか?



「え~っと…まずはエビの臭み取り…? 片栗粉と酒…酒なんか飲んじまったからなぁ…まぁいっか。死にゃしないだろ」



 こんな調子で調理を始めるのだからガサツだと言われるのだろう。もしも味が悪ければ見本にした大我にクレームの電話でも入れ兼ねないのがこの女の怖い所だ。そしてここで晴香は"ある事"に気付く



「…やっぱ大我のエビ小さくね?」



 そう、三沢晴香の買って来た赤エビとは明らかに2サイズほど小さい小エビを大我は洗っているのだからそう思って当然。ヒゲの長さも全く違うし小さめのボウルに数十匹も入っているのだから、自分の手元に置かれているエビと比較すれば自分が間違えて買った事は明白だった



「…あいつダイエットでもしてるのか?」



 ダイエットが必要なのは自分だろうに。自分のエビを気にする素振りも見せず、ご丁寧に"海老(刺身用)"と書かれているパックも剥がしてしまいもうメチャクチャだ。この赤エビもまさか人間に捕食されるとは思っていなかっただろうが、そのうえ刺身でも食べてくれないのかと無念な思いをしている事だろう。しかしその怨嗟の声は三沢晴香の耳に届く事は無かった…



「えっと、油を熱して…塩を作るのか。スライスニンニクを油に入れてカラっとするまで…カラっとってなんだよ時間で言え時間で!」



 * * * * * *



「おぉカラっとしてきた!」



 どうやらしたみたいだ。後はそれを取り出して少しの間キッチンペーパーの上で油を切って砕く。この後は塩と和えるだけで完成なのだが…どうしても食欲のそそるにんにくの香りに抗えず一口つまみ食いすると…



「…あ、あぁ~、やっぱ大我のレシピにもあるんだし酒買ってこないとな…息子が言う事は素直に聞かないとな…うん」



 息子の言う事を素直に聞く気があるなら決して酒なんか飲まないだろうから大丈夫なはずだ。晴香は火の元の安全を確認して気怠いはずの外へ出る事になったのだが、その口元に笑みが浮かんで見えたのは気のせいだろうか?



 * * * * * *



 ところ変わって放送中の如月大我は視聴者と懐かしのRPGについて語っている様だが、そこに一通のメッセージが届いた



「それでレベル上げる時にな──あ?なんだ晴香か…なんだこれ?」



『アタシも作ったぞ。味は美味いけど頭と脚は取った方が良いな』



「…これ赤エビじゃねーか。そりゃ痛いに決まって…」



 しかしあの怠惰な晴香がまさか配信を見て、それどころか自分から作るだなんてにわかには信じられなかった。表面を見るにしっかり塩まで自作したんだろうと分かる出来栄えに素直に感心している様子の大我だったが…



「…おいこれ酒じゃねーのか?」



 不慣れな撮影にうっかり確認もせずに送信してしまったのだろう。放送中にも関わらず電話で説教された晴香は「酒使えって言ったお前が悪いだろ!」と逆切れしていたがエビの間違いを指摘された時に恥ずかしくなりすぐさま電話を切ってしまった。



 三沢晴香が再び料理をする日が来るのだろうか?その日は手伝ってやってもいいかと口元を緩ませながら思う如月大我だった



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ